♯17
「うおおお、戦車すげー」
イリスが手綱をとるドワーフの戦車は、郊外の道を滑るように走って行く。予想以上に揺れが少なくて、砂利道をトラックで走ったらこんな感じじゃないだろうか。
「うん、全くだね。ドワーフの戦車は流石だよ」
戦闘の御者席にイリス、真ん中にフラム、最後尾の一段高い所にオレ。城から大分離れた此処でも、街道では彼方此方でドワーフ軍が、要害の建築工事を急ピッチで進めている最中だ。
オレ達の戦車は、最後尾のオレが斧の先端の尖った部分に、獣人軍の印である青と白の吹流しを付けて、それが風に流れ揺れている。更に乗ってる三人が、獣人にエルフに竜人と実に目立つ組み合わせだ。気が付いた将兵達は、みな工事の手を止め敬礼で見送ってくれた。
「アユム君、エルフや人族の女性が使う魔法には、攻撃系と防御系の二種類があるんだ。そしてそれらは同時には展開できない。切り替えるにも術者によって変化するけど、必ず時間がかかるから、両立はしないと思ってくれ」
「フラムさん、攻撃系って炎だけになるんですか?」
「水系とか風系もあるけど、攻撃力が低いから戦闘ではあまり使わないかな」
「なるほど、攻撃と防御の切り替えにはどれ位の時間が?」
「個人差が大きいけど、私はふた呼吸分くらいだ。あと術者が味方だと認識してる相手はシールドに出入り自由だけど、中から攻撃するとシールドが壊れてしまうから気を付けて」
フラムさんに、アタッカーとしての前衛と、サポート役を担う魔導師の役割分担のレクチャーを受けているうちに、戦車の進路に広範囲から黒煙が上がる前線が見えてきた。
石畳の街道の両側、草木と低木の茂る場所には、何層もの丸太のバリケードが築かれ、最前列が燃え上がり、乾燥が悪いためなのかすごい黒煙を上げて燻っている。風向き次第ではみんなが燻製になりそうだ。
街道は開いていて、そこに背中を向けた戦車がズラッと並び、最後尾に据え付けられた、大型のバリスタが真ん中を抜けて来るウーズを次々と破壊していく。
ウーズの移動速度は、人が歩く程度かやや速いくらい。数が多いので、戦車は撃っては後退を繰り返しながら、前線を下げつつ闘っている。
バリケードが切れる両端では、獣人の部隊が抜けてくるウーズを肉弾戦で数を減らしていて、その後ろでもドワーフ達が組み立て式のバリケードを運んできて、後退して来た獣人軍と入れ替わりで火を放つ姿もみえる。
何が凄いって、全軍が工兵であるかのように、後退しながら陣地を次々と構築して行く手際が見事すぎる。
側面の平原の一角が轟音を立てて崩れ、突如出来た大穴にウーズが大量に落ちて行くのが見えた。次の瞬間、穴から大きく火炎があがり、かろうじて這い上がってきたウーズも、ドワーフが数人がかりで運んできた丸太のぶちかましを喰らって再度穴に落ちていく。
ウーズの群れの動きはV字型に誘導され、着実に進んではいるが、一方的に数を減らし続けているようだ。それでも、黒煙で見えないが、オレの感覚では、ウーズの大軍は街道の遥か向こうまで長く続いていた。
そして厄介な事に、後方のウーズほどサイズが大きく、車の様な大きさの物も多数混じっている。バリスタの矢が核まで届かなくなったら、一方的に押し切られる可能性もある。
「アユムくん、中央は安定した遠距離攻撃の的になってるから、我らは戦車を降りて、右翼へいってみよう」
「了解です」
イリスが戦車を街道に停車させて、獣人兵と打ち合わせをして戻ってくる。
「フラム、あんたの部下が右翼で大暴れしてるってさ。凄いの連れてきたじゃないか」
「転移石は貴重だからね、優秀な者を連れてきたよ。さあ、此方も腕がなる。さっそく参りましょう」
イリスがニヤッと笑ってオレの肩を叩く。
「アユム、私の鼻はこの黒煙のせいであまり効かない。アユムが敵の流れを読んで、抜けてくる敵の所へ誘導してくれ。周囲から突出せずに、後退ははやめだ、行け」
「了解」
全身から力が湧きあがってくる。筋肉が大きく膨らみ無敵感が半端ない。今なら一人で敵を殲滅できるような気がする。
「行きます」
「後ろは任せてくれたまえ!突き崩すぞアユムくん」
オレを先頭に三人が前線に飛び込んで行く。
犬人達が横並びで長槍をしごき、出てくるウーズを次々と突き倒している隣に躍り出たオレは、両手斧を縦横無尽に振り回して、周囲のキューブを粉砕しながら進む。核を突かないと死なないし、再生するとは言っても、丸ごと木っ端微塵になってしまえば関係ない。
イリスに特訓された通りに、円を描くように切っ先の動きを、途切れることなく次へと繋いでいく。一瞬の貯めで出来る隙には、尻尾のぶちかましで対応して行く。
オレの進路を塞ぐウーズは、ボーリングの見事なストライクのように綺麗に吹き飛び粉々になって崩れて行く。
「いいぞアユム! やるじゃねーか」
「すげえぞ、アユム。ブチかませ」
犬人兵達から声援が飛んできて、前線の熱気が一段あがったような感じだ。
闘いの中に身を置くと身体が熱い、血が滾る。一つ残らず粉砕してやる。
オレは得物を求めて前線を横断していく。身体は熱くたぎっているけど、頭の一部は冷静で、敵の奥へは入り過ぎないように、前線を支えるように左右に動く事が出来ている。
イリスがオレの打ちもらしを潰してくれて、フラムさんがシールドで敵が進入して来ない領域を確保して、オレの所へ集中しようとする敵の数を、上手に抑制してくれている。
全く負ける気がしない。
身体も疲労とは無縁で、むしろもっと戦いたいと意気込んでいる。けれども、オレ達が居る右翼が、後退するどころか押し返す勢いになってしまい、左翼と中央の後退から取り残されつつある。潮時かもしれない。
「イリス、右翼だけが前に残ってしまっている。みんな下がろう」
「ああ、良い判断だ。みんな下がるぞ」
イリスの合図で、犬人達も息を合わせて順次後退して行く。
各人が群れの行動を常に意識しながら動くのは、獣人軍の最大の強みだそうだ。無線機とか無いのに、綺麗に面で後退して行く様は見事としか言いようがない。
「ふふっ、アユム君、良い手際だ」
フラムが後退しながら、両手の上に火球の大玉を作り、ウーズにぶつけると、小さなものはそのまま全て燃え尽き、大きなものは身を削られて嫌がって下がっていく。
その時、ウーズの群れを掻き分けるようにして、車サイズのでかいのがオレ達の方へと突進して来た。
「フラムさん、でかいのが来てます」
「アユム君、真ん中をへこませる。トドメを刺せ」
フランさんが高くかざした両手の上に、巨大な火球が現れ、放たれた火球が突っ込んできたウーズのど真ん中にぶち当たり、突進を受け止めて大きく食い込んでいく。
「うおおおお」
オレは電信柱に突っ込んだ車のようになっているウーズの前に踊りだし、両手斧の先端で中央の核を貫いた。ウーズは水風船を割ったように弾け、ドロドロと溶けだして流れていく。
後退するオレの背後をイリスが援護してくれて、フラムさんが前に出てきて合流すると、シールドのお陰で楽に後退が出来る。
「見事だったよアユムくん、さあ、下がるときは風のようにだ」
フラムさん、華奢な身体つきなのにイリス並みに速い。感心しながらよく観察すると、どうやら風魔法で自分を押してるような感じだ。こんな使い方もあるんだね。
全体の布陣の形が、程よく整ってきて、さあもうひと暴れと、すこしべたつく両手斧の切っ先を、空気を斬る様にひと振りして、前へ出ようとしたオレの脳裏に、得体の知れぬ大きなものが、後ろの方で蠢く影がみえた。
「フラムさん、敵の後ろでなにか大きなものが動いてます」
「大きさはどれくらいかわかるかい?」
「まだ、高さはそれ程、でも横に大きく拡がって繋がってます。街道の幅より広い。前後にも長くて池のようだ」
「そうか、それはまずいな」
フラムさんが、腰から縦笛のようなものを取り出し、それを空に向かって掲げると、パシッという空気音と共に、空に赤い狼煙が真っ直ぐに上がった。
「敵のボスが現れた可能性アリの信号だよ」
フラムさんが説明してくれる。
フラムさんが連れてきた五人のエルフが居ると思われる場所からも、次々と煙球があがり、全軍が緊張して待ちうける中、オレの頭の中では、池のように広がった大きなモノが、後ろから流れてきた部分と合流して膨れ上がり、その高さを急速に増しながら立ち上がる様を感じていた。
予想以上にでかい、大型のダンプカーを並べたような感じだ。
ほぼ綺麗な立方体で、そいつが長方形に伸びては縮み、伸びては縮みしながら進んでくる。
中央後方にある、ドワーフ軍の車輪の付いた高見やぐらからも目視出来たのか、中央の動きが激しくなって行く。ブオオオ……とラッパが吹き鳴らされて、全軍に次の要衝まで撤退の合図が出た。
用意されていたバリケードに次々と火が入り、潮が引くように軍が後退して行く。バリスタを搭載したドワーフ軍の戦車隊が下がる時間を稼ぐのは、単独での移動速度に定評のある獣人軍だ。オレ達もそこに混じって撤退のしんがりを勤める。
「確かにでかいな」
フラムさんの見上げる先には、炎と黒煙の立ち込める戦場に、小さなウーズを押しつぶすようにようにして、前へ出てくる先ほどよりも大きくなった壁の姿があった。
「バリスタでは完全に無理だ。大きすぎて魔法でも無理だな。これは厄介だぞ」
巨大なウーズはその大きさの為か移動速度が速い。
小さなウーズを踏み潰しながら前に出てきて、炎をあげるバリケードの前で一旦停止した。
炎の熱さを確かめる様に少し触れた瞬間、巨体に似合わない素早さで一旦離れ、燃えるバリケードを迂回するように、横方向へと移動を開始する。だが、ドワーフの工兵部隊が、その進路に取り残されていた組みたて式のバリケードに火を放つと、一つ一つは小さな炎なのだが、余程火に触れるのが嫌なのか、巨体が火に触らずに隙間を抜けることが出来ずに立ち止まってしまう。
「どうやら時間稼ぎは出来るが、あのサイズにトドメを刺すのは、余程集中してやらねばならんな」
フラムさんが、難しい表情で前線を見ながら呟いた。
「フラム、アユム、私はドワーフ軍の指揮官に掛け合ってくる。これは街道の要衝では、向かえ撃つのがままならず飲み込まれるだろう。城の投石機が使える位置まで引き込んで、一気に叩く方が良いと思う」
イリスの言葉にフラムも頷いた。
「そうだな、投石器で油の樽をぶつけ、それに火魔法で点火すれば」
「ベーゼのバーリン風カリカリ焼きの出来上がりだ」
イリスとフラムがニッコリ笑っているけど、なんていうか、こんにゃくの天麩羅といった感じかね。
あのデカイやつをやっつけて物語は無事ハッピーエンドだ。オレに出来る事は少ないかもしれないけど、最後までやってやるぞ。




