♯15
爺さんの名はハンクという。元々、坑夫の頭として長年働き、このホール鉱山でも全盛期の時に、現場監督のような任務で働いていたそうだ。とっくに引退して年金生活だが、じっとしてるのが嫌で金の掛からない趣味、そして出来れば小遣い稼ぎが出来そうな事。そう考えて始めたのが、かって知ったるかつての職場で、一人こつこつと希少金属を狙ってみる事だったという訳だ。
もちろん許可証もないし、入山料も払ってないし、そもそも閉鎖されてる所への無断進入なので、たいした罪じゃないらしいけど、完全にアウトである。
「おい、ハンク爺さんとやら、こちらにいらっしゃるのは王国の祭司長サーラ嬢だ。もしかして、お前が役に立てば、今回のコレはお目こぼしがあるかもしれないぞ」
アドリア参謀が、ハンク爺さんに顔を近づけて囁いてるんだけど、アドリアさんって一見目がイってるように見えるし、口を開けると真っ白な犬歯が凄いから、爺さんも食われそうな恐怖を感じるのか、眼が限界まで開いている。
「出来る事なら、な、なんでもするぞい」
「話が早くて助かる。私達はこの廃鉱にベーゼが湧いたんじゃねーかと思って捜索中だ、爺さん何か心当たりがあったら吐け」
「ベーゼ……じゃ、と」
爺さんは目を見開いたまま硬直してしまった。
「その顔は何か思い出したか。全部喋るんだ。気になること、違和感を感じた事、さあ」
アドリア参謀が意外と優しい声で促すと、爺さんは少し落ち着いて、思い出すように喋り始めた。
「水が、あ、いや、鉱山では漏水とかもあるんだが、此処は昔からそういうのはない場所なんじゃ。だが昨日、ワシが大穴を下りて来て、歩きやすいように途中で松明を灯して、大穴の底に放り込んだら、松明の明かりに照らされて大きな水溜りが三ヶ所できててな、あ、こりゃあかんわいと思って、どこから染み出してるのか調べようと底に到着したら、水溜りは何も無かったんじゃ」
「今我らが降りて来た時も、水溜りはなかったな」
「水の匂いもしなかったな」
イリスとアドリアが、顔を見合わせて頷いている。
「爺さん、命拾いしたかもしれんぞ。総員一旦撤収する。爺さんも付いて来い」
アドリアの指示で総員が集結して縦坑のほうへ撤収を開始する。
「ねえイリス、感じる限りの空間には怪しそうな生物は動いてないけど、やばそうな感じなのかい?」
「思い当たるのはウーズというベーゼだ。私も実際に見た事はないし、獣人国には現れた事も無い。昔エルフの領土に現れた時の記録を読んだだけだ。ウーズと言うのは水とかゼラチンみたいな塊で、やっかいな事に身体の変形が自在で、岩の割れ目に染み込む事も出来るし、個体化して岩を動かすことも出来る。基本的には殴っても蹴ってもダメージは無い。核があって、それを破壊しない限り何度でも再生する。火には弱いはずだ。魔法が使えぬ者とは相性が悪いタイプだな」
総員が警戒しながら横穴を後退し、まもなく大穴の縦坑に到着しようとしたその時。
「まって、みなさん止まってください。嫌な感じがします」
サーラの言葉で縦坑へ出ようとしていたオレは立ち止まり、兵達もそれぞれに一歩引いて隊列を組み、武器を構える。
「上だ! 縦坑の一番上の天井から染み出してくるぞ。数が多い」
オレの感知に、遠く上の縦坑の天井にから染み出して来て、つららの様に伸びながら垂れ下がるものが数十本見える。そして、縦坑の外周、螺旋階段の天井からも、彼方此方でぶるぶるゼリー状のものが膨らみはじめていた。
天井から落ちてきた、ひと抱え位の塊がホールの灯りに照らされて、半透明に透けて向こうの景色が歪んで見える。
ボトッ、ボトッと大きな音を立てて次々と落ちてきて、マズイ事に天井からはまだまだ湧いてくる。
行き止まりの場所に追い込まれてから、退路を塞がれるとか最悪だ。オレが調子に乗って、暗がりで見えなくてもわかるとか言ったから、アドリアが判断を誤ったのかもしれない。オレは頭が痺れる様な感覚を覚えて、身体が動かず立ちすくんでいた。
「獣人は頭を押さえつけられるのが嫌いさ。イリス、サーラ嬢を頼む」アドリアが叫ぶ。
「野郎共、強行突破だ! 私に続け!」
獰猛な猫科の動物の咆哮が洞窟に反響すると、獣人軍の全員が猛々しく牙を剥き、表情ががらりと変わる。
「行くぞ!」
アドリアが先頭を切って螺旋階段へと突進していく。
両手に嵌めた小手から伸びる二本の爪を、吼えながらウーズに叩きこむと、その外皮を一気に突き破り中の核を粉砕して、その衝撃でウーズが水風船を割ったように炸裂してしまう。
殴ったり、蹴ったりが効かないというのは何だったのか。
「うおおお」
獣人軍が吼えながら猛烈な突進を開始して、行く手に落ちてくるウーズを次々と粉砕しながら進む。螺旋階段にたどりつくと、勢いにのった獣人達が駆け上がる螺旋階段は、粉砕されたウーズの破片が散らばり、殲滅されて後には何も残らない。
アドリアが螺旋階段の手すりから身を乗り出し、強靭な脚で手すりを蹴飛ばして、一気にひとつ上のループへ乗り込んでいった。虎の様な咆哮と共に、単身で阿修羅のように大暴れして敵の数を減らし、部隊が追い付くと凄いジャンプ力で、またもうひとつ上に先回りして行く。
参謀って頭を使う役職というイメージだったけど、あれじゃ完全に猛将だな。兵の皆も凄い。多分、単純に力が強いとか、脚がはやいとかならオレが一番だろう。でも心構えとか、戦士としての力量は、オレがチーム最低かもしれない
その時、オレの感知が今までより数倍大きいウーズが、天井から垂れ下がってくるのを感じた。
「アドリア、出るな! デカイのが狙ってる」
オレ達が追い付いて来たので、更に上へ向かおうとしていたアドリアが、間一髪踏みとどまり、そこに上から車のようなサイズのゼラチンの塊が落ちてきて、更に触手の様に伸ばした身体の一部を上の階段の縁にかけて落下方向をずらし、アドリアを丸ごと飲み込もうと階段に飛び込んできた。
とっさに横に飛んで、包み込もうと伸びてきたウーズの身体を切り裂いて階段の上へ逃れるアドリア。ウーズは階段を床から天井までいっぱいにしながら、縮めた体をアドリアへ伸ばそうとする。
今度は何も考えずに身体が反射的に動いた。
ウーズの透けた体の中に核は見えている。オレはウーズの後ろまで一気に迫ると、渾身の力で両手斧を核めがけて叩きこんだ。
固いゴムの様な外皮を突きぬけると、一気に斧の先端は核へと迫り、ウーズは慌てて核の周囲を固くしようとしたみたいだったが、その抵抗は間に合わず核が粉砕され、ドロドロに溶けたウーズの残骸は、階段の縁から大穴の底へと落ちていく。その間、僅かに数秒。
「前進!」
アドリアの咆哮に、一瞬止まった獣人軍は、怒涛の突進を再開。遂に縦坑の上、ホールまで辿り付いた。ホールでは待機していた十名の戦士が、持って来た油をまいて火をつけ、出口まで全員が後退するまでの時間を稼ぐ。
イリスに抱えられたサーラ嬢と、お付きの女性が縦坑から飛び出してきて、虎人の小脇に荷物のように抱えられたドワーフのハンクと、しんがりを勤めていた犬人兵が五人出て来ると、待ち構えていた待機部隊が油の入った樽の中身を階段に流し、松明を放り込むと、ドンッという音と共に真っ赤な炎と煙が上がる。
「縦坑から離れた場所だと、ウーズは少数です」
「よし、出口まで後退、アユム先頭で行け。サーラ嬢も前の方へ」
猛々しい表情で笑みを浮かべながら縦坑を睨みつけ、アドリアが自らしんがりにつく。
「縦坑の底にびっしり溜まったウーズが、横壁を這い上がって来てます。気を付けて」
オレはアドリアにむかって叫んだ後、隊列の先頭まで一気に駆け戻り、先陣をきって出口へ向かった。
出口までは距離はあるけど、ここで落ちてくるウーズは僅かだ。湧きだすウーズをみて解ったのは、縦坑の天井の上に大きな空間があって、そこから出てきてるものが多く、残りは大穴のしたの他の横穴から沸き出している。
最初に通過した時は、貝類のように割れ目を内側から塞いで、姿を隠していたのだと思う。襲ってくるなら、今は敵にとってチャンスだが、こっちの横穴には隙間が少ないのだろう。
アドリアのはるか後方、大穴の中は溢れだすようにウーズが湧き続けている。まいた油と松明のバリケードの手前で溜まっているが、炎が消えたら一斉に寄せてくるだろう。
「よし、出口だ」
横穴を抜け出し、鉱山の前の広場に出た時。オレ達の視界に飛び込んできたのは、輜重部隊の馬達がウーズに襲われ、留守場をしていたドワーフ達が、岩山の上から次々と落ちてくるウーズの群れを懸命に叩き潰している姿だった。
今までは此方が先手をとる形で、出てくる敵を次々と仕留めていったけど、今度は広場に多数の敵が集まってきている。
更に街道横の山の斜面の上からも、無数のバスケットボールを転がしたかのように、ウーズが転がりながら落ちてきている。綺麗に弾んでいるので、転落死とかはしないのだろう。更に不規則に弾むせいで、広範囲に一気に展開しつつある。
一つ一つは小さくても、的確に核を突かないと、武器にまとわり付かれ、重石になるだけでなく切れ味も数段落ちる。最悪の場合はそれを放棄しなくてはならない。正面の面で埋められている所に突破をかけると、此方が少数なのが災いして被害が出てしまうだろう。
しかも横穴の奥の方では、火が消えたら津波のようにこちらに押し寄せようと、大量のウーズが蠢いている。
「外でこれだけの数が共食いも無く統一された動きをしている、闇の王できまりだな」イリスが呟く。
「若干予定と違うが上手く釣れたな。前回の『カ・ア・アイ』に比べて良い滑り出しだ。このまま敵に優位を与えず潰したいものだな」アドリアが、少しのんきな感じでそれに答える。
え、今現在って、まだピンチじゃないっすか? おれの怪訝そうな表情に気が付いたアドリアが、ちょいちょいと街道の先を指差した。
あ、なんか来てる。
こっちに向かって近づいて来る舞い立つ砂埃。馬の蹄の音、百を越えるような人の数。そして、視界に青と白の吹流しを立てた、獣人軍の騎馬隊の姿が現れた。
谷間に反響して此方まで獅子の咆哮が聞こえる。
「野郎共、獣王の突撃で開いた穴に合流するぞ。その後は全軍でこの場を離脱する」
一気に数が増えた獣人軍は、力でウーズの群れを圧倒し、坑道から大量のウーズが溢れて来たので、監視の部隊を少数残して全軍いったん城砦都市バーリンまで戻る事になった。場所が確定したので、これからはドワーフ軍が主軸となる共同作戦に入るらしい。
獣王とアドリアは、当初から少数のアドリアの部隊で誘いをかけて、敵を確認したら撤退。後方で待機していた獣王の全軍は支援にくる手だったらしい。
イリスは、聞いてはいなかったけど、兵の配置から察していたそうだ。オレにとっては色々考えさせられる緒戦だった。
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