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ver.5.0-31 地雷原を全力疾走

―――時間の流れというのは、人によって感じ方が異なっている。

 小さいときは、物凄くゆっくりに感じ取り、大人になるにつれて早く感じ取る…理由は色々とあるようだが、大抵の場合はそういうものだ。


 だがしかし、ここでは大人も子供も関係ないようだ。

 時間の流れそのものが、おかしくなる空間なのかもしれない。


 ほんの数時間と思っていても、実は数時間数十時間…いや、場合によっては何年と経過していてもおかしくはない。

 かといって、確かめるすべもなく、おかしなこの空間の中で常人が正気を保つことが出来るわけがないだろう。



(…出来ればその常人だと思いたかったけど…こういう中で、私は人ではない化け物みたいなものなんだなって身に染みるね)


 時間を確認しようと腕時計を見たら電池切れになっているのはまだいいとして、蠢いていた屍が早送りのコマのようにあっという間に風化していく様子が見える。

 周囲の壁も何もかも、あっという間に傷んでひび割れたりする中で、変わっていないのは自分自身と…あのひび割れた空間からはみ出ている、何か不気味な触手のようなものぐらいだろうか。



 場の状況の変化に気が付き、慌てて母を全力で放り投げたのでどこに行ったのかはわからないが、目まぐるしく変わっていく空間の中でミントはそう考えていた。



 母に連れられて、突撃した怪しい組織の隠れ家っぽい場所。

 毎度おなじみの何かのやらかしかと思っていたのだが、どうやらその規模がとんでもないレベルだったらしい。


 ここに、人ならざる身であある真祖の自分がいてよかったかもしれない。

 人だけであれば、このおかしな時間の中に身を置くことは不可能なはずだから。



(…あれが、ここの元凶だと分かっていても、動けないと意味ないけどね)


 そう、人ならざる身だからこそ平気だとしても、対応できなければ意味がない。

 とっさの判断でどうにか身を守れはしたのだが…いかんせん、人を守るのは下手すぎたというか、母を投げ飛ばした際にもう少し自分を気遣えばよかっただろう。


 崩れ去るがれき程度、真祖の身ならば霧状になるなどの手段を冷静に取れたはずだ。

 ぼろぼろになっても回復力は高いので、すぐに元に戻ることもできたはず。



…けれども、身を顧みないで動いたからこそ、とっさの防御手段にまでは思考を回せなかったのが良くなかったのかもしれない。


 ずきずきと痛む胸の中央に手を伸ばし、外せないことを理解する。

 崩れ落ちてきた中で、鉄筋むき出しのものもあったようで…何の因果なのか、無防備だった胸元に盛大に突き刺さったのだ。



 吸血鬼を討伐する方法の一つとして、胸元に思いっきり杭を刺すというのがある。

 それは吸血鬼云々関係なく確実に死亡するのではないかと思える方法だが、吸血鬼より上位のはずの真祖の身ならば効果もそこまで見込めなかったはずだろう。


 しかし、この空間は…あの謎のひび割れから突き出た触手による影響なのか、そんな概念すらも打ち砕くようなものにしているせいか…どうも、効果を発揮してしまったらしい。

 即死とまではいかずとも、貫かれたこの身は動けなくなった。



 時間の流れがおかしいのか、すぐに滅されることはない。

 そもそも、この程度の一撃で致命傷と言い切れるわけでもないが…限界はある。


 血は止まった、同時に体の動きも止まる。

 死にはしないだろうが、生き続けることもできないような、おかしな感覚が流れ始める。


(動けない、思考はできるけれども、感覚がおかしくなってくる)


 生きているのか死んでいるのか、その狭間が分からない。

 突き出して何も動かなくなったあの触手の目的は不明だが、そのせいで周囲に多大な影響を与えており、色々なものをおかしくしてしまったのだろう。

 それに巻き込まれる形で、命を取すことはなかったようだが…それでもこれは、生きていると言えるのだろうか。


 物言わぬ屍のような体。

 考えることが出来たとしても、どうしようもない。


 ふと、どれほどの時間が流れたのかはわからないが、気が付けばゆっくりとあの触手が自分の元へ迫ってくるのが目に見えた。


 物凄く遅く、微動だにしてないのではと思っていたが、時間の流れ方がおかしいだけで、本当は物凄く早く動いているのかもしれない。


 それがこちらに来る理由は何なのか?とどめを刺すためか、それとも別の目的があるのか。


 じわりじわりと迫ってくうちに、触れてもないのに相手の考えが読めてきた。


―――ああ、都合の良いところに、良さげなものがあると。




 触れられてしまえば、それでおしまい。

 自分自身が失われて、あの何かにされてしまう。

 恐怖を感じ取るが、動くこともできないこの状況は…もはや、絶望しか感じ取れない。




 叫びたい、心の底から。

 声が出ない、恐怖を放てない。


 逃げ出したい、この場所から。

 体が動かない、目の前の現実から逃れることが出来ない。


 助けを求めたい、誰でも良いから。

 求められない、この空間に誰かが入ることが出来るのか、伝える手段もわからない。


 絶望の中にあっても希望がないか探し求めるが、その暗夜の中に希望の光が灯ることが無い。


 どれだけあがいただろうか、どれだけ考えただろうか。

 途方もない時間の流れの中で、繰り返し…そしてもう、逃れようのないことだと理解させられる。



 目の前にはもう、あの触手がいる。

 あとほんの十センチ、たったそれだけの距離で終わりだろう。

 私が私でなくなり、私は失われる。


(ああ、こうなるんだったら、本気で…彼に、伝えるべきだったのかな)


 いつまでも踏み出せずに、一緒に過ごしていた時間。

 それが心地よくて、自ら動いて崩したくないと思っていた。

 代り映えのしないそんな、何気ない日常が…本当に、楽しかったのだ。


 悠久の時を過ごし、人とはいつか別れが来るだろう。

 それを理解していたからこそ、どこかで踏み出せないところがあった。


 これはもしかすると、そのほんのわずかな一歩を突っ走れなかった自分への、報いなのかもしれない。

 代償が大きすぎるような気がするが、人ならざる者が人と過ごすのは、それほどのものが必要だったのだろう。



(でも…それでも私は…)


 あと数十ミリ、あと数秒。

 刹那の中で、走馬灯のように日々が思い出されて、動けないはずの肉体に涙が湧き始める。

 どうしようもない状況だとしても、私は…



「…まだ、ここで…終わりたく、ない!!」


 抗おう、例え蟷螂の斧だとしても、最後まで。

 私は私であり続けたということを、覚えてもらおう。

 例え、こんな状況になっていることを彼が知らなくても、それで良い。


 動けないはずだった肉体に、力をみなぎらせるようにありったけのものを振り絞る。

 身動きしただけでも終わるだろう。


 それがどうした、私は私であり続けるために生きるのだから。


 あと数ミリ、あとコンマ数秒もなく、終わってしまう。

 それでも、そこに私がいたということを、残すためにも―――







バチィッ!!

「---え?」


 もう終わるかと思われた、そのほんのわずかな時間。

 そこに全力を注ぎこみ、目をそらさずにいた中で、それは起きた。


 触れようとしていた触手が何かに弾かれ、大きくのけぞるさまを。

 何か障壁にでもぶつかったようで、理解できないかのような感情を読み取れる。


 無理もない。私もわかっていない。

 けれども…ああ、これはそうなのだと、すぐに理解した。




 気が付いた時には、目の前には黒い雷が落ちていた。

 雷鳴を鳴り響かせ、その放電は触手を襲いつつも、ミントの身を襲うことはない。


 そして、雷と共に影が差し…そこに立っていたものを見た。




 何度も何度見たことはあったが…矛盾しているようだが、これまで見たことが無い姿を、彼女/彼はしているようだ。




「…は…春?それとも…黒き女神?」


 そこにいたのは、最後の時に最も会いたかった人物。

 同時に、重なるようにあるのは、この世界に再度降臨して見せた黒き女神。


 いや、どちらでもない。

 混ざっているようでありつつも、その黒は変わらず、一つの存在。

 


 驚愕の余り、動けないはずだった肉体の瞼が思いっきり見開く中、彼/彼女はその存在を揺らがせながらもミントに手をかざし、黒い光を浴びせた。

 すると、先ほどまで動けなかったはずの、感覚が失われていた肉体に自身が戻るようなものを呼び起こされて、動けるようになる。


「…」


 何を考えているのかはわからない。

 ただ一つ言えるのは、感情としては…強い怒りが垣間見えるだろう。


 ああ、敵なのかそうでないかも定かではないが、今この時ミントはあの触手に同情した。

 相手はやらかしたということを。

 そのやらかしの代償は、ミントが感じ取っていた代償とは比較になることが無い。


 しいて言うのであれば…支払うことなく、終わることが幸せなのかもしれない。


 



 相手は、どこの誰ともわからない正体不明の怪物。

 ここで行われていたことを考えると、人知の及ばないどこか外なる世界の、手を出してはいけないような存在だったのだろう。

 だが、相手が悪すぎたようだ。


 手を出してはいけないものに手を出そうとした、それだけで怪物は堕ち、咎人という存在にされてしまう。


 終わりを告げるのは―――女神の、一撃。



 逃げようとするが、はみ出ているその触手は戻り切れない。

 自ら切断して逃れようとしても、その元となったものからたどり着かれてしまう。




 ソレ、は感じ取る。恐怖というものをここで今、初めて。

 それが、最後になって、後に残るものは何もない。



 たった一瞬、されども一瞬。

 先ほどまでミントが感じた時間よりもはるかに短いというのに、ソレ、が感じた時間はどれほどのものだったのだろうか。


 わずかな時間も永劫に、終わりの時は果てしなく遠い。

 ようやく到達したかと思えば…その時にはもう――――の存在は失われていた。


 今までやらかしたことの末路が、そうなのか。

 それは誰にも分らない。


 いや、分かるとすれば…文字通り、全てを失ったということだろう。


 もはや、語られることはない。

 存在そのものが、内からも外からも、未来永劫失われたのだから…



ある意味お約束なのかもしれない

そんなもの、やられたほうにはたまったものではないが

まぁ、ここまでの所業を考えると…納得できるのだろうか?

次回に続く!!



…シリアス、疲れる…

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