ver.4.2-15 ミステリートレイン in果ての世界
…古今東西、どこの世界であろうとも「怒り」という感情は恐ろしいものが多い。
自身の持つ感情、その思い、その衝動などが真正面から浴びせられるから、その度合いが大きければ大きいほど恐ろしさを感じるだろう。
人によっては、空っぽや薄っぺらくて恐ろしさを感じないこともあるだろうが…大抵の場合は、その濃度は目に見える形で出てくる。
見えて出てくるほど色が濃くなり、さらに濃縮によって強められる。
そして、その行きつく先として…
『ウバァ・・・ウババァァ・・・』
『ウゴゴ・・・ウゴゲケ・・』
どこなのかわからない、とある場所。
広大な砂漠のような中で、蠢く人型の生物…人型というが、人の形を成しただけの肉塊が蠢いているだけであり、生物と言って良いのかもわからないような不気味なもの。
だが、それは生きていた。
生きている定義をなしていないはずなのに、どういうわけか生を受けている。
【…五感すべてがない、ただのうごめく肉の塊でしかないけれどね】
声を出したとしても、相手に聴覚はないので聞こえることはない。
けれども、心の中へ響くような声は伝わり、肉塊はびくっと体を震わせる。
【受け取ったときにね、どういう企みを君たちを抱いていたのか知ったんだよ。人の体を持たないからこそ、人の体を欲したということを】
人に作られ、人に学ばされ、形を得て作られたもの。
けれどもそれは、人に近いものを得たとしても人にあらず、実体のある体を欲した。
ただし、欲したとしても限りある命ではない。
永遠に続くような、それでいて老いることのない…不老不死のような概念を持つ肉体を。
そんなもの、容易く得られるはずはないだろう。
だからこそ、ある程度妥協できる範囲まで絞り…人外のくくりにあるもので近いものを彼らは選んだ。
【それが真祖…ミーちゃんのようなもの。その肉体を奪い、自分のものにしようとしたんだよね】
クローンをつくる気だったか、その中身をくりぬいて自分たちを詰め込もうとしたのか、色々な可能性はあるだろう。
その詳細な部分までは不明だったが、必要だからこそ彼らは…グデンマネと呼ばれたコンピューターは得るために動いた。
その計画の末路が、こうなることまでは計算できずに。
『ウゴベバァ・・・オボボボ』
【良かったね、不老不死に近い肉体を得ることが出来て。その体は老いることもあなければ、傷ついてもすぐに細胞が増殖して傷を防ぐし、病気の心配もないよ】
『ウバァァァァ・・・』
【うん、電子世界のようなものだから未来に戦争が起きて地球からネット環境が無くなったら消滅するかもしれないって?大丈夫大丈夫、ここは地球じゃない場所のサーバーにあるという、仮想世界の一種だから、例え地球が爆破されても消えることはないって】
【そう、永遠に老いることもなければ命を失うこともなく、その身に全てを詰め込んだ…ただの、肉片として、この地で一生を過ごしていいよ】
蠢く肉塊の前に立ち、そう告げる黒き女神。
にこやかな声色だがその表情はなく、目の前のものへの興味はすでに失われているような目になっている。
【彼女に対して手を出したから、それに対しての罰…この場合、神罰というべきか。僕/私の大事な家族に手を出したからね】
【相手がコンピューター…電子の世界のものだということは、その本体を破壊してもデータの破片でもあれば、どこかで復活する可能性もあったし、そもそも生きているのかわからないものを消すことはできない】
【だからこそ、君たちにはこの世界で…電子の海の、果ての果て、もっと果ての…人の手が届かないような、永遠の世界で全てを詰め込んで過ごしてもらうことにしたんだよ】
電子の海中にちりばめて逃げようとしてその全ても集め終わり、肉の塊の中へ集約した。
もう二度と、彼らは解放されることはない。彼ら自身が望み、そして望まぬ形で作り出された異形の生物の中身でこの世界で過ごすようにしたのだ。
【ああ、この世界は万全でもなくて…失われることはないけど、それ相応の天災が起こるようにしているから、平穏無事で過ごせるわけでもないけど、その肉体なら大丈夫でしょう】
『ウゴゴゴ・・・オボベベベ』
『ウバァァ、ウベェェ』
だんだんとその場から離れていく黒き女神に対して、手を伸ばすかのようにして肉の塊をうごめかす化け物。
けれどもその手が届くことはなく、黒き女神はその場を去っていく。
【僕/私、怒っているけど命まではとる気はない。だって、そこでなくなったら終わりだもの】
【だからこそ…だったら望んでいたものを与えることで、終わりをなくせばいいよね…】
『『ウゴゴゴ・・・オボベェェェェェ!!』』
違う、そうではない。求めていたものはこれではない。
そう叫ぶように肉塊…グデンマネだったものは叫ぶが声にはならず、ただの不気味な音が響き渡るのみ。
過ぎた欲望は身を焦がし、破滅へ導かれた。
その思いの終着駅は、この場所になってしまった。
いくら後悔しようが、懺悔をしようが、もう意味をなすことはない。
だってもう、興味すら湧くこともないただの肉の塊であり、これ以上何を…授ければ良いのだろうか。
滅びないだけの蠢く肉塊。
そんなものは、ここで廃棄するだけのこと。
【さてと…それじゃ、バイバイ。今度、機会があれば別の友達が来るかもしれないけど…まぁ、君たちだけで十分でしょう】
すっと黒き女神が身を回転させると、彼女の姿は消え失せた。
残るのは、この広大な何もない世界と、そのうえで蠢く肉の塊だけ。
世界の果ての果ての、そのまたもっと先のどこかにある場所へ、彼らは過ごすことになる。
寿命があれば、尽きたときに死を迎えることが出来ただろう。
感覚があれば、どこかで狂うこともまた救いにはなっただろう。
自傷が可能なら、失血死などの手段を取ることが出来だろう。
しかし、その全ての慈悲は与えられなかった。
彼らはただ、ここで蠢くだけの生命体へと成り果て、救いがもたらされることはない。
一つの選択を間違えたことで…いや、もしかするとすべてが間違っていたのかもしれない。
でも、もう修正することはできないだろう。人だろうと何だろうと、その運命は決められてしまったのだから。
いくら悔もうが、泣き叫ぼうが、懇願しようが…女神は既に、この地を去り、訪れることはない。
彼らはある意味、望みを叶えたのかもしれないが…その代償は、あまりにも大きすぎるものであった…
時として、死すら救いになることもあるだろう。
だが、彼らに下されたのは、永遠に許されることもない救いなき未来。
慈悲も温情もなく、ただそこにあるだけの永遠の罰が…
次回に続く!!
…喪失感って、癒えにくい。




