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 ボースハイトには文字が存在する。

 国どころか、この世界の住人でない二人にとっては、表意文字であったことが唯一の救いであった。

 懐疑的ながらも受け入れてくれたユースティアのもとで過ごすこと二週間。持ち前の頭脳ですぐに文字を覚えたレイは、政務官の一人として活躍していた。

 国が混乱しているなか、国の南方にあるユースティア領は比較的安定していた。プテリュクス王国に近い立地ではあるものの、領主である第四王子ユースティアの人柄が、官と民の心を一つにしていた。解析のスキルと、この世界には存在しなかった、統計学を用いて高精度の気象予報を行った。

 温暖な気候のユースティア領の主要産業は農業であり、天候はかなり重要視されていた。

 慣れない文字に苦戦しながら政務を行っていると、政務室の扉が勢いよく開かれた。

「レイ! レイはいるか!」

 国民から『仁愛の王子』と呼ばれているユースティアが、珍しく声を荒げて部屋の中に入ってくる。ただし、その声に怒りの感情が含まれている様子は微塵も感じられない。

「――殿下、こちらに」

 レイは慌てて椅子から立ち上がり、立膝を付こうとするが静止する。周りの政務官も一斉にユースティアに顔を向ける。

 金銭的な余裕のない下級貴族であれば別だが、通常領主が政務室に顔を見せることはあまりない。

 領主は別に領主の部屋があるのが普通だ。ましてや、次期王位継承権を持つ人物など、滅多なことでは会うことすら珍しい。

「楽にしてよい。それより、レイ。今日も当てたそうだな!」

「ええ、まあ」

 両肩をがっしりと掴まれ、レイはどうもできないでいた。当てたというのは天気のことであろう。レイは日没前に、明日の天気を予測し、発表していた。今日で連続五日間、レイは天気を的中させていた。

「予言者か、または神の子であるか。どちらでも良い。今は何をしておる?」

「不作となった土地の原因究明とその対策方法の立案です」

 ユースティアはニヤリと笑った。

「この数日で分かっている。『今しておる』と口にしたことは、実は既に終わっておるのだと。そして、知らぬところで物事を進め、気付けばお前の策で溢れかえっているのだろうな」

「――買い被りが過ぎます。昔聞いたことがある話をまとめ、ひとつひとつ試しているだけにございます。上手くいくかどうかは、私にも分かりません」

 ただ、上手くいかなかったことは『実施している』などとレイは口にしない。

「……それで、原因とやらは掴めておるのだろう?」

「はい。対策は数年単位で行うこととなりますが、長い目で見れば安定した収穫が見込めるものと思います」

 頭を下げるレイに満足しながら、ユースティアは一つ疑問を抱く。

「ところでリオの姿が見えないが、どこへ行ったのだ?」

「リオなら大通りの中央市場に行っているはずです。何でも、情報収集がてら不正が行われていないか視察するそうです」

 ユースティアは不安な表情を浮かべる。

「一人で大丈夫なのか? ここは国内でも比較的他国と近いゆえ市場も大きい。商人も百戦錬磨の者たちばかりだ」

「そこは大丈夫でしょう。昔からリオは口が巧い。私としては思いがけないものを持ち帰ってくるのではないかと期待しています」


◆ ◆ ◆


 ユースティア領、中央市場。

 ボースハイトでも二番目に大きい市場であり、立地の関係から他国から多くの商人と貿易品が流入する。そうなると必然的にトラブルも増える。

 特に輸出と輸入に関するトラブルは最近増加傾向にある。

 リオは市場の入口にある、貿易管理事務室を外から眺めていた。

「なんであいつの商品は良くて、俺の商品はダメなんだ!」

 怒声が市場に響く。門を通過した商人を指差して、もう一人の商人が門の外で騒いでいた。

「何度も言う通り、定められた関税をお支払い頂かないことには」

 国内産業を守るためには、関税という仕組みが必要不可欠であることは間違いない。

「俺もあいつも同じ国で『小麦』を仕入れたんだ。あいつは支払わないで、俺だけが支払わなきゃいけない理由がどこにある!」

「間違いなく国内産の小麦だったから関税を取らなかった。それだけのこと」

 事務官が厳しく言う。

 トラブルの臭いを、リオは嗅ぎ付ける。そして貿易管理事務室を後にすると、先ほどの商人を探した。


「すみません」

「いらっしゃいませ。何のご用で?」

 商人を探し出したリオは客を装って近づく。

「パン屋の見習いをやってるんですが、親方から練習用に安い小麦を買ってくるように言われてしまって……。ただ、なかなか見つからなくて」

 商人はリオの言葉に心でニヤリと笑う。

「それならいい商品がありますよ。隣国、ラントヴィルト産の小麦です。一袋銅貨2枚、どうです?」

「ラントヴィルト産がその値段で? お安いですね」

「それは独自の仕入れルートがあるんです。内緒ですけどね」

 そこまで商人に言わせて、リオはニヤリと笑った。

「あの、親方から産地の確認だけはしっかりするように言われてるんです。外国産なら貿易事務所の証明書があるはずですよね?」

 一瞬、商人の顔が曇ったのをリオは見逃さなかった。

「親方がすごく厳格で、証明書がないと仕入れるなって言われててるんです。確認させてください」

「……ああ、証明書か。おかしいな。さっきぶつけてしまったね、その時剥がれたのかもしれない」

「それでは、管理事務室で再発行して貰いますので、お名前、教えてください」

 苦しくなった商人は、大切な商品を置いて逃げ出した。

「ようやく本性見せたな。逃がすかって」

 商人はすぐに警備隊に囲まれていた。

「皆さん、お疲れ様です。――さて、とりあえず牢に入れる前に、洗いざらい吐いて貰うぜ?」

 リオはスタンガンの一撃をお見舞いした。


 肉体的な尋問により情報を聞き取ったリオは、貿易管理事務室を訪れていた。

「皆さん、お疲れ様です」

 にっこりと挨拶する。新参者であるとはいえ、ユースティアに近いリオの存在を、事務官は無視することはできなかった。

「……何か御用ですか?」

「最近、市場に小麦がよく出回ってるんだけど、何か知らないかな?」

「ラントヴィルトで収穫量が増えたみたいで、商人たちがよく運んできます」

 事務官がそう言ったのを聞いた途端、事務官は警備隊に捕らえられた。

 もちろん、リオの指示によるものだ。

「上手くやったつもりみたいだが、俺の目は誤魔化せない。なんたって国産の小麦の消費量が生産量を上回ってるんだからな。普通で考えればあり得ないだろう」

 リオは人差し指を立てる。

「しかも、税収面では目立たないよう、他の商人からは追加で徴収していたみたいだな。これも流入量と税収額を見比べれば簡単に分かるのに……迂闊だな」

 そこまで言うと、警備隊に指示して商人を連行した。

「ま、手土産には丁度いいだろ」

 そう呟くと、リオは事務室をあとにした。

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