権力闘争
捕縛した商人のから、距離と方向をある程度聞き出した。
馬車で五日ほど、北に進めば到着出来るようだ。この『北』という方角も、太陽(と思われる天体)の位置から割り出したもので正確ではない。
最初だけ情報収集のために脅迫したが、それ以降声をかけないでいた商人も、四日も経過すると限界が訪れたようで口を開いた。
「……おい、アンタ達。本当に魔族の国に行くのか?」
理生は警戒したが、礼はあっけらかんとしている。
「もちろんだとも。僕にとっては一番生活しやすいと判断したからね。何も迷うことはない」
このやりとりの間にも、馬は着実に歩を進め、目的地に近付いている。
「忠告だがな、今、魔族の国は荒れてる。時期魔王の継承権争いで内戦も起きてる。わざわざ死に行く必要はないだろ」
「……嘘ではないみたいだな」
理生は、ハッタリのスキルで商人の発言が嘘ではないことを見抜いた。
「それが、真実であれ嘘であれ、魔族の国に行くと困る事情がおありのようですね。商品の中に魔族の国で造られたものがいくつかあるようですが、もしや怪しい商品なのでしょうか?」
「違う! 断じて盗んでなど……あっ」
理生はスキルを使う機会を窺っていたが、その必要もなかった。
「……マヌケな奴。呆れた」
「……思いがけない手土産を手に入れた」
荷台で商人の様子を見張っていた理生は、立ち上がり御者を勤めていた礼と役割を交代した。そして礼はすぐさま思考の海に没入していった。
◆ ◆ ◆
「狙うのは、継承権を持っている独立した勢力で、一番勢力の弱いところ」
夜、焚き火の明かりに照らされながら、礼は口を開いた。
「弱いところ? 強いところじゃなくていいのか?」
「リオ、分かってて言ってるよね。もともと勢力が強いところに取り入っても、僕達の価値は大して上がらない。いわば出来レースみたいなものだからね。だから、弱いところをターゲットにする。僕達の協力がなければ難しい弱いところで、まだ他の勢力に呑み込まれていないところだ。そこで活躍すれば僕達の価値は高いものになる」
「でも、弱いところで負けたら意味ないだろ」
今さっきまで商品だった干し肉を炙りながら理生は言う。
理生の反論はもっともだ。そもそもこの数日間、生き延びるために行動したと言っても過言ではない。
「それこそ杞憂だね。僕とリオの二人が揃ってたら、負けるはずない」
礼はスープの中の人参によく似た野菜を頬張る。
「それに、誰が挑んでも勝てる勝負に勝っても面白くない。僕じゃないと勝てない勝負に勝ってこそ、僕は僕でいられる」
「……そうか。そういう話をしたということは、何か考えがあるんだろ?」
炙っていた干し肉を齧る。
「今日まで、周りの自然環境を『解析』してきて、元の世界に似ていることが分かった。実際に、地面に向かって重力も働いている。そこから考えたんだけど、おそらく元の世界の物理法則が、ここでも通用すると仮定した。その場合、僕の頭の中には、元の世界の、この世界ではまだ確立されていないだろう技術、理論、法則の知識が入ってる」
礼の話を聞いていた理生は、一瞬だけ目を見開くと、大声で笑い始めた。
「そうか。この世界で、知識の、頭脳による戦争を仕掛けるのか」
理生は干し肉を食いつくすと、立ち上がった。
「それじゃ、まず何から始める?」
「魔族の国に技術革新を起こし、プテリュクス王国に宣戦布告。この世界を『戦国時代』にする」