ハッタリ
二人はとにかく城の外を目指して走った。魔族とされてしまった以上、ここは敵陣だ。そして、敵対するのであれば容赦する必要はない。
もとより聖人君子ではない。自分達が生き延びる為であれば、見ず知らずの人を利用することも、排除することも厭わない。
そういった意味では、いわゆる『勇者』ではないと、理生は感じていた。
城は時代が進むにつれて防衛機能よりも、権威の象徴とすることを優先したようで、謁見の間から城門までは一直線な造りとなっていた。
入り組んだ造りとなっていれば迷う可能性もあったため、懸念材料が一つ減った。
あとは城内にいる兵の練度が低いことを祈るばかりであった。
◆ ◆ ◆
平和とはいえないながらも、実戦そのものが長らくなかったことから、兵の動きは統率を欠いていた。
経験の長い者から優先して謁見の間に配置したために、逃走ルートの兵は互いに足を引っ張る形となっていた。
「後ろだ! 後ろにも魔族がいるぞ!」
「城壁の外にも怪しい奴らがいるぞ!」
理生が撹乱のために声をあげれば、呼応して礼も声をあげる。
混乱は拡大。隙をついて、城門付近まで近付く。
「動くな!」
ブロンの声が鳴り響く。礼と理生は思わず振り返る。
そこには、兵士に捕らえられている一緒に転移してきた生徒たちの姿があった。等しく礼と理生を睨み付けている。
「そこの魔族よ。この者たちがどうなってもいいのか?」
説明を受けなくても人質であることは分かった。
ただ、ここでおとなしく戻るわけにはいかないのだ。礼はすぐに思考を巡らせる。
まず、解放される保証がどこにもないこと。
その次に、大々的に『魔族』とされている人物が助けたとなれば、同じように『魔族』扱いされてしまわないかということ。
そして――
「おい、そこの人間! 我らに対して『人間』を人質に取っても意味ないぞ?」
礼が思考している間に、理生が話し始めた。
「我々は貴様らのような『人間』でも『魔族』でもない。作戦には失敗したが、貴様らはどうやら『敵』と『味方』の区別ができないようだ。すでに城下には我々の同朋が数多く潜伏している。もしかしたら、この城の中にもいるかもな」
理生は嗤う。嘲笑う。
「我らはいつでも貴様らの命を奪える状況なのをよく覚えておくんだな」
捨て台詞を吐いて、理生は踵を返して走り出した。兵士達が追走しようとするが、ブロンが制止する
礼はそれを確認すると、理生を追うように走り出した。
しばらくして追い付くと、礼は理生に話しかける。
「見捨てるの?」
理生は笑いながら答える。
「レイ、冗談きついぜ。分かってるんだろ、全員グルって」
「可能性の一つとして考えてはいだけど、どうやって見破ったのか分からない」
「ああ、貰ったスキルが『ハッタリ』のスキルで、嘘をでっち上げるのも、見破るのも得意になるってものらしい。根拠はないけど、直感が冴える感覚ってのが妥当だろうな。まあ確かに勇者向きじゃない能力だな」
ブロンが真っ当な扱いをしないだろうというのも、スキルによって感じた結果だった。
兵士達が追い掛けてこないことを確認すると、理生は速度を緩めた。
「レイのスキルも気になるが、これからどうする?」
「……この際、魔族側に亡命しよう」
と言ってみたものの、距離も方角も分からない。途中の道で獣に襲われる可能性もある。
理生は当たりを見渡す。いろんな店が建ち並んでいる様子からして、街に出たようだ。
平然とした様子を見ると、城での騒ぎは伝わっていないらしい。
中央の大きな通りを進む荷馬車を見つけると、理生はニヤリと笑った。
「……恨みはないが、ここは騙されて貰うしがない」
そう告げると、馬車へ向かって走っていった。礼はそれを追いかける。
「すみません。少しご相談があるのですが……」
理生はあくまでも下手に出た。
「何だ? 値引きなら出来ないからな」
理生の予想は的中し、馬車の主は商人だった。
「……実は大きな声では言えないのですが、私は異世界から召喚された勇者なのです。これは王国からの特命なので、秘密にしていただきたいのですが、先程、陛下の命を狙った魔族が城へ侵入しました。なんとか陛下の命はお守りしたのですが、その魔族を取り逃がしてしまったのです。そこで、我々に討伐の命令が下ったのですが、ご存知の通り、戦線の維持に軍備を投入している状況です。そこでご協力をお願いしたいのです」
隣で聞いていた礼は、よくもこんなに嘘を思い付けるものだと感心していた。スキルによるものかもしれないが、理生というのはもっともらしい嘘をつくのがもともと上手だった。
「……まずは本物の勇者である証拠を見せろ」
「証拠と言われましても、まずは身に付けている服をご覧ください。この世界にはない作りです」
「……そんなもの、異国から取り寄せればどうとでもなるではないか?」
商人もなかなか慎重で、警戒している。ただ、理生には及ばない。
「信じていただけないのも無理はありませんが、私達も先を急ぎますので他をあたります。呼び止めてしまい申し訳ありませんでした。道中の無事をお祈りします」
理生は一礼して立ち去ろうとする。人間は危険性がなければ、ハッキリしていないものは気になってしまうのだ。
「ま、まぁ待て。協力しないとは言っていない。ただ、私にも立場がある。何の見返りもなしに協力は出来ない」
理生は商人と対峙する。無駄に肥えた腹とは違って、性根はケチくさいようだ。
次の一手を考えていると、礼は商人の後ろから手を回し、口を塞いだ。そして後頭部にスタンガンを当てる。
声にならない声を出して、商人はぐったりと礼に身体を預けた。
「……リオ、これ以上は時間の無駄だよ。違うな。無駄になってしまう。とりあえず隠れて」