スキル
食事後、客室に案内された。部屋割りは各自の判断に委ねられた。
学校でも異質の存在であった礼と理生は、話し合いをするまでもなく、二人部屋となった。
「さて、それでこれからどうする?」
「どうするって言われても、僕達はこの世界を知らなさすぎる」
礼は、元の世界に当たり前に存在していたあらゆるものに感謝していた。
時計さえ存在しないのは、やはり文字の概念がないからだろうか。魔法が存在すると、ここまで文明が歪むのかとある意味感心していた。
そんなことをぼんやり考えながらも、礼は答えた。
「まずは、明日の勇者降臨の儀に出てみないと分からないね。そこで、神様から与えられる力っていうのも気になる」
「どうも怪しいけどな。勇者っていうのも本当、神様から与えられる力っていうのも本当だとして、この世界――少なくともこの国には奴隷魔術がある。強制的に戦わされる可能性も十分考えられる。しかも、仮に勇者ではないと判断された場合、どう扱われるか分からない。あの執事は一定の地位を保証するようなことを言っていたけど、イマイチ信用できない」
マイペースな礼に比べ、理生は頭脳をフル稼働させる。
「そこまで考えるなんて、リオはすごいね」
「……レイに言われても誉められてる気がしないな」
少しいじけた様子で、理生は礼から目を逸らした。
「まあ、身の危険を感じたらその時どうするか考えるよ」
その後、夕食を摂り、早めに就寝した。
◆ ◆ ◆
翌朝。
理生よりも先に目を覚ました礼は、静かに深呼吸すると、再度目を閉じて思考の海へと飛び込んだ。
この海での泳力は、元の世界では類い希な才能を持って生まれてきた。
そして、その才能は世界が変わったくらいで損なわれたりはしない。
元の世界基準で二分程度の時間。思考の海で泳ぎ続けた礼は、実世界に上陸した。
目を開いて横を見れば、目を覚ました理生がいた。
「おはよう。もう終わったか?」
「ああ、リオ。おはよう。とりあえずはバッチリかな」
そう言って体を理生の方へ向けた。
「まずは名前を捨てよう。正しくはこの世界の基準にする」
「それは同意するけど、この世界の基準なんて分かるか?」
何も情報がないのだ。下手な名前は怪しまれる。
「そこはおいおいかな。まあ、これは課題のひとつとして、今後生き延びる術を考えた。状況によって変わるけど、リオなら三十くらい余裕だよね。紙もペンもないから、全部記憶して」
それだけ言うと、礼は理生を気にせず話始める。
「レイ、ちょっとタンマ……最初から頼む」
気合いを入れて、理生は礼と相対した。
「……これで最後。まぁどのパターンも嫌だけど」
「いっそのこと、何のしがらみもない方がやりやすい」
そんな話をしていると、扉がノックされた。『ノック』という文化はこちらにもあるのだと、礼は記憶した。
「……お目覚めでしょうか?申し訳ございませんが、お食事の前に勇者降臨の儀を行う必要がございます」
ブロンの声に理生は警戒し、礼は言葉の意味を考察した。そして当たり前すぎることに今更気付く。
「お支度が済みましたらお早めに謁見の間までお越しください。係の者を扉の前で待機させます。準備ができましたらその者が案内させていただきます」
用件を伝え、立ち去ろうとしたブロンを、礼は引き留めた。
「引き留めて申し訳ない。今更なのだが、何故あなた方と会話が出来ているのでしょうか? この国の、いやこの世界の言葉は知りもしないのに」
「私にも分かりませんが、勇者様方の声には、わずかに魔力が感じられます。おそらくですが、勇者召還の付随的な魔法によるものでしょう。会話が出来ないのは我々も困りますから」
ブロンはそれでは、と今度こそ立ち去った。
「翻訳の魔法か。何でもありだね」
「魔法なんてそんなものだろ?」
理生は立ち上がった。それに続いて礼も立ち上がった。支度もなにも、いきなり喚ばれて、持ち物はほとんどない。
二人は案内されて、謁見の間に向かった。
◆ ◆ ◆
謁見の間には、ブロンと司祭のような装いの人物の姿しかなかった。
「……他は?」
理生が警戒して訊ねると、ブロンが反応した。
「勇者降臨の儀は、最大でも四人までしか行うことができないため、お部屋ごとにお呼びさせていただいております」
四人の勇者という、テレビゲームさながらの設定に、違和感を感じていたが、儀式のためと言われてしまえば、返す言葉もないため、渋々ながら理生は従った。
「これからお二人には、神から『スキル』を与えられます。その力を使って、この国をどうかお救いください」
「――それでは、始めます。目を閉じてください」
礼と理生が目を閉じると、白の光が二人を包んだ。
二人の脳内に、慈愛に満ちた女性の声が語り掛ける。これが神の与えた力なのだと、二人は瞬時に理解し、同時にその力によって、そうでないことを理解することとなる。
「――解析」
礼がそう呟くと、礼の脳裏に大量の情報が流れ込む。目にしたものがどういったものか知ることの出来るスキルだが、スキル使用中は脳に大量の情報が流れ続ける。それは、著しく脳に負担がかかることを意味する。
ゆえに使いこなせる者がおらず、評価の低いスキルであった。
「……あの二人を捕らえよ」
ブロンが声を掛けると、どこかに潜んでいた兵士達が二人を取り囲んだ。
剣先を向けられ、動くこともままならない二人は大人しく従った。
「ようやく本性を見せたな」
理生は笑いながら言う。
「恨むのなら私ではなく、己のスキルを。最低ランクのスキルなど、そこの兵士達も持っています。あなた方には国の予算を掛けられないのです。奴隷商人に引き取っていただくことになります」
「……国ぐるみで人身売買かよ。腐ってやがる」
「牢へ連れて行け」