粛清と民心
レイ主導で行われる技術改革と、リオが単独で行っている不正を行う役人の取り締まりによって、ユースティア領はボースハイトの中で最も治安の良い場所となっていた。
ユースティアは二人の功績を称え、重用したが、当然それを良しとしない者もいる。その中心にいるのは筆頭政務官のグランデルと、外交担当官のフォリンであった。
ユースティア領で横行していた汚職の多くはグランデルによる入れ知恵であり、混乱の最中、子飼いのフォリンと結託し私腹を肥やしていた。
今まではその立場から、下級役人をコントロールしながら旨味だけ得ていたが、レイとリオの活躍によって立場が危うくなってきているのは避けられない事実であった。
「……あの小僧二人をこのままにしておくわけにはいかんな」
「グランデル様、私に策が」
グランデルの私室で、フォリンがグランデルに耳打ちする。
「なるほどな。しくじるなよ」
「――お任せあれ」
争いの舞台は定例会議に移る。
◆ ◆ ◆
「――とまあ、この二人が首謀者であることはほぼほぼ間違いないところまでは分かってるんだけどな」
レイとリオは与えられた私室で話をしていた。
「証拠がないね。さすがにそう簡単に尻尾を出すようじゃ、官僚なんて務まらない」
「ただ、そんなに時間かけてもいられないだろ?」
レイは短く、ああと頷く。
「こんなちっぽけな領地を安定させるのに時間なんてかけていられないよ。僕たちの相手はこの世界だからね」
それだけ言うとレイは立ち上がる。
「この件に関しては僕よりもリオの方が適任だと思うから、僕は僕で『次の一手』を進めておくよ。さっきも言った通り、時間は有限。無駄にはできないからね」
リオの返答も聞かずに、レイは部屋をあとにした。
「……ったく、たまに人使いが荒いところがあるよな」
リオも文句を言いながらゆっくりと立ち上がる。
「まぁ、自分の飼い犬よりも、他人の飼い犬に咬まれたほうが痛いことを文字通り痛感してもらおうか」
独り言を吐き出して、リオは地下牢に向かった。
◆ ◆ ◆
定例会議。
領主であるユースティアのもとに全ての政務官が集まり、情報の共有や、新たな政策の立案などを行うための場として設けられ、月に一度開催されている。
今回は、活躍目覚ましいレイとリオの二人に特別褒賞が与えらえることとなっていた。
会議は各部署からの情報提供から、政策の提案などが滞りなく進み、いよいよ特別褒賞が与えられるタイミングとなった。
リオは、グランデルとフォリンの二人が動くのであればここであると読み、先に動いた。
「会議の進行を妨げてしまい、申し訳ございません。ここで一つ私から提案がございます」
リオが合図すると警備隊に連れられて入室したのは、リオがかつて捕らえた役人たちであった。
「かの者らは、ここにいる皆様ご承知の通り、民の暮らしを守るべき公僕の立場にありながら、その立場を利用して私腹を肥やしていた犯罪者であります。ただ一つ、かの者らもまたこの誇り高きユースティア領で生活する民の一員であることを我々は忘れてはなりません。誇り高きユースティアの民が、犯罪に手を染めてしまったのは、ユースティア領が、我らがボースハイトが乱れているからに他なりません。民の心は国家の鏡。言わば、かの者らは、ユースティア領混乱の被害者なのです。混乱を早期に解決できなかったのは我ら政務官の責任。その責任まで彼らに押し付けるのは、誇り高きユースティア領を導く立場である我ら政務官が行ってはなりません。我々が今なすべきことは、足の引っ張り合いなどではなく、手を取り合い、一致団結してユースティア殿下とユースティア領を支えることです。よって私は、かの者らの釈放と特別恩赦を提案いたします」
気付けばその場のほとんどの者が、リオの演説の虜となっていた。この結果はスキルがもたらしたものではない。もともと口が達者で、心を掴むのが巧いのだ。『天性の人たらし』と言っても過言ではない。
多くの者が聞き入り、訪れた静寂は、ユースティアが手を打つ際に生じた破裂音で消え去る。同じように手を打つ者が現れ、会議室には破裂音がこだまする。
そして、ユースティアがゆっくりと口を開いた。
「皆、静粛に。――リオの言う通り、民の混乱は国の責任だ。領主たる私への批難があれば甘んじて受けよう。しかし、今なすべきことはいち早く領内を、そして国内を安定させることだ。そのためには、団結するしかないのだ。私はリオの提案に賛成したいと思うが、反対意見はないか?」
ユースティアの問いかけに対して、沈黙が回答とばかりに誰もが口を閉じた。
「それでは……」
「――私は反対です」
最後に重々しく口を開いたのはグランデルだった。
「殿下。領内を、国を安定させるには団結が必要であるとは私も思います。しかしながら、既に我々は殿下のもとに心を一つに団結し、ユースティア領の、ボースハイトのために職責を全うしております。その和を乱したのは、悲しいこと二犯罪に手を染めてしまった、かの者たちであることを忘れてはなりません。ここで赦してしまえば、同じような輩が現れないとも限りません。犯罪者は正しく裁かれるべきであると私は考えます」
尻尾切りしてきた下級役人が、リオの手によって釈放されれば危ないと考えたグランデルは、徹底的に断罪することによって身に及ぶ危険を回避しようと試みた。
それこそがまさにリオの思うつぼであった。
「――グランデル。その言葉に二言はないな?」
「ええ」
ユースティアの問いに、恭しく応じるグランデル。この会議において最終的な決定権を持つのは領主であるユースティアである。他の政務官がどれだけ反対しようと、ユースティアさえ説得できればよい。そして、グランデルはユースティアを説得できてしまったと勘違いしてしまった。
「――グランデル、フォリンの両名を捕らえよ」
ユースティアの直属の近衛騎士によってグランデルとフォリンは捕らえられた。
「で、殿下。いったい何を」
「とぼけるのはよせ、グランデル。かの者たちから話を聞いておる。長年にわたって領内での汚職を主導してきたのだとな」
ユースティアは鞘から剣を抜く。
「グランデルよ。二言はないと言ったな。犯罪者は正しく裁かれるべきであると。長年に渡って私腹を肥やしていたお前の罪は、反逆罪に該当する。私の記憶が確かなら、反逆罪は死罪だったはずだが、どうだグランデル?」
グランデルの喉元に、切っ先を突き付けて問う。
「……………」
「答えよグランデル。反逆罪は死罪であるかどうか。筆頭政務官であるお前にとっては簡単すぎる問題であろう」
何度問われてもグランデルは答えなかった。
「ならばフォリンに問おう。外交担当であるフォリンにとっては畑違いかもしれぬが、反逆罪のことくらいは子どもでも知っておろう。答えてみよ」
フォリンも沈黙を貫いた。
「こんな簡単な問題も答えられるとは。政務官の見直しが必要かもしれないな。まあ良い機会だ。ここにいる政務官全員に私が答えを教えてやろう」
そう言ってユースティアは剣を二振りした。
「――反逆罪は死罪である。優秀なユースティアの政務官においてそんな者はいないだろうが、もし忘れていた者がいたとすればこの機に覚えなおしてほしい」
定例会議は、二つの首を残して終了となった。