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ある病気

作者: 三隅治親

「新型の感染症」の存在が確認されてから、もうすぐ1年が経とうとしていた。


この間、世界各地で感染者が確認され、多数の死者が出た。


集計の方法や情報収集の精度の違いもあり、依然として信頼に足る数字は誰も知らず、新型感染症の被害がどこまで拡大しているのか分からないままであった。


最初の症例が報告されたのが秋口であったこともあり、冬の間は感染が拡大するものの温暖な季節になれば事態は収束すると言われた時期もあった。


しかし、3月になり、4月を迎え、5月になっても毎日のように新たな感染者を確認した国が報道され、死者の数も日を追うごとに3桁、4桁と増加した。


一方、各国は連携して感染の拡大を抑止しようと努めていた。また、世界保健機構ばかりでなく、国際連合の安全保障理事会でも新型感染症問題が「国際社会に対する重大な脅威」として最優先で検討されてきた。


だが、世界中の研究者たちが総力を挙げて取り組んでいるにもかかわらず、新型感染症の治療薬の開発は一向に進まなかった。


そして、この病気には特効薬がないのではないかと人々が疑念を抱き始めたときに、南極での発症例が確認された。


ある国の南極観測所で起きた出来事は、最初は何の変哲もない感冒だと思われていた。それにもかかわらず症状はみるみる重篤化し、数日後に観測隊の隊員はこの世を去った。


観測所の医療隊員は本国に状況を報告したが、与えられたのは「事態は懸念すべきものであって、隊員の状況について他言は厳禁である」という指示だった。


しかし、どのような経緯によるのか、「南極観測隊員の死亡」は隊員の死から数時間後に世界中に広まった。


最初は噂話であったものが確実な話となり、やがて「地球上で感染から免れられる場所はない」という話に発展するまで、数分の出来事だった。そして、治療薬が未開発であったことと合わせて、新型感染症は「特効薬のない、死の病気」とみなされることになったのである。


その後、世界の各地で起きた現象は、実に似通っていた。


「この薬がよい」

「いや、あの薬だ」

「これをすれば感染しない」

「感染した者は隔離しろ」


少しでも効果があると噂されれば、それが何であれ人々は「特効薬」を目指して群がった。


他人を押しのけ、自分だけは助かりたいという人々に対して、「免疫力を高めれば感染しない可能性がある」、「自然治癒が否定されたわけではない」と冷静な反応を呼び掛ける政府や専門家の声はほとんど届かなかった。


ある国では政府の対応の遅さを非難する50万人近い市民が示威運動を行って警察隊と衝突し、1万人以上が犠牲となった。


別な国では、自然治癒の可能性を説いていた研究者が何者かに殺害された。


また、別な国では感染の拡大を抑止するために閉鎖された都市の内部で食糧が不足したのに物資が届かなかったため、見捨てられた人々は草の根を掘り返して飢えをしのいだ。


世界の経済は停滞し、人々は「第三次戦争も起きていないのに、人類は滅びるのか」と悲嘆にくれるばかりだった。


こうして、ようやく新型感染症の正体が突き止められ、特殊な薬剤に頼らずとも既存の治療法で完治することが分かった時には、人々の間に深い断裂が起き、世界の国々は互いに孤立の度合いを深めていた。


世界保健機構が新型感染症の終息を宣言したのは、第1例目の確認からちょうど1年8か月後のことだった。


後に世界保健機構が発表したところでは、新型感染症関連の犠牲者は世界中で合計500万人を超えたとされたものの、そのうち病気を直接の原因とする者は5万人程度で、そのほかは全て他の原因によるのだという話であった。

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