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第9話 ハイジャ村奪還作戦 前

 ハイジャ村の人口は、二百人ほど。

 そこに五十人もの兵士が住み着こうというのだから、家の確保だけでもたいへんなことだ。

 この村を占拠した兵士たちは、元の住人を追い出し、わがもの顔で村の中央付近の家々を使用しているという。


 ノーラの話によれば、女たちが人質にとられているらしい。

 彼女たちを救出しつつ、兵士だけを叩きのめす必要がある。


 空を飛んだおれとアイシャは、見張りの兵士たちのはるか頭上を素通りして、村でもっともおおきな、木造りの屋敷の屋根に降り立つ。

 間違いなく、ここが村長の家だろう。

 静かに、すとんと着地したおかげで誰にも気づかれなかったようだ。


 村を占領している兵士など何人束になってもおれたちには敵わないだろうが、村人を人質にとられると厄介だ。

 よってまずは、この屋敷をひと知れず奪還する。


「頼むぞ」

「うむ。……《貴き大気の精よ、静謐にあれ》」


 屋根のうえで身を低くして、アイシャが魔術を行使する。

 風の第二階梯、サイレント・ウォールは、空気の流れを遮断する壁を周囲に張り巡らせる魔術であった。

 つまり、これからこの屋敷でどんな騒音を立てても、外には物音ひとつ漏れないということである。


「われは、ここで結界を維持する。コガネよ、あまり派手にやるなよ」

「わかってる。任せておけ」


 おれはアイシャと別れ、屋敷の裏口に降り立った。

 ノーラから借りてきたナイフを腰から抜きかけるが……少し考えて、それはやめておく。

 無防備に開いていた裏口のすぐ内側に、戦士ではない人間の気配があったからだ。


 足音を忍ばせ、素手のまま内部に侵入する。

 裏口から入ってすぐのところに、炊事場があった。

 ふたりの若い女が、半裸で料理をしているところだった。


 見知らぬ男が裏口から入ってきたことに驚く女たちに対して、おれは口もとにひとさし指を立て、黙るよう指示する。

 女たちは怯えた顔で、コクコクとうなずく。

 どうやら、兵士たちのひとりと勘違いした様子であった。


 暴力を、恐れているのだろう。

 よくみれば、ひとりの女の頬に、青痣がある。

 もうひとりの女は、すらりと伸びた腕と脚に包帯が巻かれていた。


「ノーラに頼まれて、助けにきた。彼女がもともと働いていた、王都の屋敷の者だ」


 おれはこみあげる怒りを押し殺し、小声でそう告げる。

 女たちの顔が、歓喜に染まる。

 だがすぐ、不安そうに背後を振り返った。


「兵隊さんは、大勢いるよ。あんたひとりじゃ……」

「問題ない。おれは、こういうことの専門家なんだ。王都には、不埒をした兵士を専門に始末する機関がある」


 適当なことを語ってみると、女たちは、そういうものかと納得してしまった。

 自信満々にいってみるもんだな……。

 帝国にはそういう部隊があったんだけどね。


「ところで、あんた。へんな訛りをしているね」

「そ、そうか?」


 ひょっとして、五百年の間に言葉も少し変化したのだろうか。

 こんご、気をつけたほうがいいかもしれないな……。

 幸いにして、女たちは、王都のほうではそういう言葉遣いをするのか程度に思っているようだが……。


 彼女たちに聞いたところ、この屋敷にいる兵士はぜんぶで六人。

 そのうち五人は大広間に寝泊まりし、ボスの男だけは村長の部屋を使用しているという。

 ちなみに、兵隊の隊長は、名をドルガというらしい。


「この屋敷に捕まっている女たちは?」

「うちの妹が、村長の部屋……ドルガのところに。あと大広間には、あたしより若い娘が三人」

「先に、大広間から片づけるか」


 ここは敵の人数を減らすことと人質の解放を優先する。

 いちばん厄介なのは、兵士の誰かが逃げて村人におれたちの襲撃が伝わることである。


「隊長のドルガは、めちゃくちゃ強いよ。うちの村でいちばん剛力だったベドも、あっという間に殺された。あんたも気をつけな」

「そうか。教えてくれてありがとう」

「その顔じゃ、わかってないね。……ドルガは、魔剣技を使えるんだよ」


 魔剣技……あれか。

 おれは監獄城で戦った大男を思い出す。

 彼女がいうには、ドルガという隊長は、剣から炎を出し、その剣で斬りつけて村人たちを焼き殺したという。


 監獄城の男は、炎なんて使わなかったな。

 魔術の一種なのだろうか。

 この女性も、兵士たちの噂話を聞いただけで、魔剣技というのがなにかはよくわかっていない様子である。


「あと、そうだ。あんた、これを持っていきな」


 女たちが、台所の床板を外す。

 覗きこんでみると、よく手入れされた剣が、豪奢な装飾の鞘に納められ、安置されていた。

 わずかに霊気を感じる。


「うちの村に伝わる剣だ。父……村長が、殺される前に、ここに隠せって。役に立ててくれよ」


 おれはそうか、とうなずき、遠慮なく剣を手にとり、鞘から抜いた。

 思った通り、刀身からかなりの霊気があふれ出している。

 霊剣のたぐいだろう。


「うちの村のいいつたえが本当なら、五百年前に邪竜を倒した勇者さまのひとりが身に着けていた剣らしいよ」


 おれは笑った。

 それはない、と知っていたからだ。

 とはいえ、なかなかの名剣であることは間違いない。


 銘をみる。

 ナヴァ・ザグ、とあった。

 おとぎ話に出てくる、ヒノキの枝で悪い鬼を打ち払う小人の名だ。


「頼もしいな。頼りにさせてもらう」


 おれは足音を忍ばせ、女たちに案内されて大広間に向かった。

 酒の匂いがひどい。

 五人の男が、広間のソファでいびきをかいていた。


 男たちのそばの床には、半裸の少女たちが転がっている。

 ぜんぶで、三人。

 おれは、案内してくれた青痣のある女とうなずきあい、数が合っていることを確認する。


「人質を逃すのは、任せた」


 そういって、おれは大広間に飛び込む。

 ひとりの男がねぼけ眼で起き上がり、迫るおれをみて目を剥くも……。

 おれは、男が口を開く前に、その首筋に霊剣ナヴァ・ザグを叩きこんでいる。


 男の頭が、宙を舞う。

 切断された首筋から血しぶきがあがり、相手は悲鳴をあげることすらできず絶命した。

 おれは残る四人が目覚める前に、それぞれ一撃で仕留めていく。


 女のかん高い悲鳴が、あがった。

 振り返れば、目覚めた少女が剥き出しの胸を隠しもせず、おれをみて叫んでいる。

 おれをここまで連れてきた女が、慌てた様子でその子に駆け寄り、宥め出した。


「あー、すまん。刺激が強すぎたか」

「そりゃあね。悪いけどあんた、血まみれのその姿、おとぎ話の悪鬼にみえるよ」


 おれは、苦笑いして首を振った。

 五百年前、おれに対する告発文に、悪鬼のごとき大虐殺、というの一節があったことを思い出してしまったのである。

 無論それは濡れ衣、真っ赤な嘘だったのだが……。


「おれは、怖いか」

「いいや」


 青痣のある女は、泣き出してしまった少女をぎゅっと抱きしめたまま首を横に振った。


「いいや、いいや、いいや。あんたは全然怖くないよ」

「すまん、気を遣わせた」

「いいんだよ。……だから、そんなに傷ついたような顔をするのはやめとくれ」


 そうか、とおれは剣を持っていないほうの手で己の頬を触った。

 おれはそんな、情けない顔をしていたかと。


 おれの気持ち、か。

 いわれて初めて、少し考えてしまう。

 はたしておれは、五百年前、どんなことを考えて……。


 と、大広間の奥の廊下が騒がしくなる。

 おおきな足音を立てて、やってくる者がいる。


「てめぇら、いったいなにを騒いでやがる! ……おい、この血の匂い、どういうことだ。まさか、喧嘩でも……」


 だみ声の男の声が響く。

 これは……好都合、か?

 青痣のある女は、ほかの女たちを急き立てて反対側の廊下に走った。


 彼女たちが大広間から消えた直後、大柄な男が、のっそりと奥の廊下から顔を出す。

 部下に対する脅しのつもりか、みせびらかすように曲刀を構えた、革鎧の兵士長だ。

 この男が、ドルガか。


「てめぇ、誰だ」


 ドルガが部屋の中央に立つおれを発見し、睨みつけてくる。

 血まみれの男が部下の惨殺死体を前に立っているのだ、よほど血の巡りが悪くなければ状況は理解できただろう。

 おれは、不敵に笑ってみせた。


「誰、と問われれば、コガネだ、と返事をしよう。邪竜殺しの勇者だ」

「はっ。おとぎ話の英雄の名を騙って、なにが楽しい」


 おれが、おとぎ話、か。

 思わず笑ってしまった。


「あんなバッドエンド、おとぎ話には似合わないだろう」

「わけのわかんねぇこといってんじゃねえ! 死ね!」


 ドルガがソファを飛び越え、襲いかかってくる。

 横薙ぎに振るわれる剣は、たしかに、それなりの一撃だった。

 この曲刀が霊剣のようにはみえないが……。


 村で一番、程度の腕自慢では太刀打ちできなくても無理はない。

 おそらく、軍でもなかなかの使い手なのだろう。

 おれは後ろに跳んで距離をとる。


「よく避けやがったな」

「なに。おまえの本気をみてみたくってな。……魔剣技ってやつ、出してみろよ」

「自分から殺して欲しいと願うとは、なんとも殊勝なやつだ」


 ドルガは傲岸不遜に笑う。

 おれは目を細めて、彼の身体をとりまく霊気の流れを読んだ。

 彼の持つ曲刀に霊気が集まってくるのがわかる。


「《猛る炎刃》」


 ドルガの剣から炎が迸る。

 炎の一部が床を焼き焦がす。

 どうやら本物の火のようだ。


「なるほど、ね」


 だいたい、どういうものかわかった。


「王都ではそういう手品が流行っているのか」

「てめえ、この火の怖さがわからねぇとは、どれだけ愚図なんだ?」

「いや、わかるつもりだ。それは火の魔術だな」


 これは武技ではない。

 間違っても五林の技でも、その発展形でもない。


 彼は、ただ魔術を行使しているだけだ。

 五百年前も、魔術と剣を高いレベルでこなす者はいたが……それをこうして組み合わせる者はいなかった。


「たいしたものだと思っているよ。いいものをみた」

「なら、礼に死ね!」


 ドルガは炎に包まれた剣を振りかぶる。

 おれに向かって突進してくる。

 炎の斬撃がおれを襲う。


「たいしたものだけど、さ」


 自分に対する際限ない自信が、肥大化しすぎたのだろう。

 その傲慢が、村をひとつ占領するなどという無謀を決断させたのか。


「どうにも、実戦的じゃない気がするな」


 おれは男の一撃に対して、構えた剣で迎え撃つ。

 この村の宝であるという剣の刃に、霊気を込める。


「風林が一刀、皆伝。コガネ、参る」


 ふたつの剣が打ち合わされる。

 炎に包まれたドルガの剣が、微塵に砕けた。

 ドルガは吹き飛ばされ、壁に頭を打ちつけ、口から泡を吹いて失神してしまう。


「やれやれ、受け身もとれないのか。剣技を磨くより前に鍛えるものがあるだろうに」


 おれは、村の宝の剣を確認した。

 刃こぼれひとつしていない。

 いい剣だな、と思う。


 対して、ドルガの武器は、あまりにも脆かった。

 彼の魔剣技のせいだ。

 繰り返し火の魔術をかけられたあの剣は、もう限界に近かっただろう。


 魔剣技。

 試みとしては面白いかもしれないが、おれとしては五林の武術に一日の長があると思う。

 もっとも、この男の場合は剣の技術も魔術もまだまだ未熟だったのだろうが……。


「もっと腕のあるやつとやってみたいな」


 思わず、ぽつりと呟いてしまった。

 いかんいかんと首を横に振る。

 改めて、気絶した男を見下ろす。


 こいつは、いまはまだ殺さない。

 あとで尋問して、王都の状況やなぜ逃げてきたのかを確認しなければならない。

 そのあとは……憎悪にかられているであろう村人たちに預けるのが、てっとり早いか。


「それじゃ、村を解放するぞ!」


 廊下で様子を見守っていた女たちに、そう声をかける。


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[一言] あ、このひと割とバトルジャンキーだ
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