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第51話 悪意の『意志』

 さっきは、産まれたばかりの邪竜が星絶を避けた。

 風の魔術を使ったのだ。


 邪竜アイシャザックがあらゆる属性の魔術に通じていることは五百年前から明らかだった。

 アイシャがおれたちから奪った霊気で、ああして自在に魔術を操るのも、邪竜アイシャザックがもとからすべての魔術に精通していたからである。

 もっとも、彼女が邪竜であったころは、魔術などというものを使う必要はなかった、とのことであった。


 精霊に直接、話を聞いてもらう方がよほど手っ取り早い。

 以前、彼女はそういっていた。

 実際、五百年前の戦いでは、邪竜の行使する超常のちからにさんざん苦しめられたものである。


 で、あるならばいっそ、いまの邪竜がなにをしてくるか、どうすればそれを封じられるのかを理解しているアイシャに対策を丸投げしたほうがいい。

 おれは、おれがやるべきことに専念する。


 アルネーがおれの到着を待って、ことを起こした理由。

 すなわち、一撃であれを仕留める刃となることだ。


 おれは霊剣クリアに霊気を集めた。

 透明だった刀身が青白い輝きを放つ。

 この刃は、きっと暗闇でよくみえることだろう。


 さきほどの一撃を警戒する邪竜が、アルネーとミルの妨害によって身もだえしていた。

 その巨体の周囲で突風が吹き荒れている。

 大規模な風の魔術を行使する前兆だ。


 さきほどは、あんな前兆もなく瞬間移動の魔術を発動させていた。

 アイシャのスターライト・レインでしたたかに打ち据えられたいま、全力を振り絞らなければ逃走のための魔術を行使できないのだろう。

 正念場だ。


 だが、まずい。

 一手足りない。


 邪竜はおそるべき執念で暴れ倒し、アルネーとミルを吹き飛ばしてわずかな時を稼いでのけた。

 このままでは、また逃げられる――。


「させません」


 と思った、そのときである。

 女の声が響いた。

 小柄な少女が、いつの間にか邪竜のすぐそばまで肉薄していた。


 銀髪が風に揺れる。

 フーカだった。

 フーカはネハンの盾である聖鏡ヤタとナズニアの武器である仙鞭ファルナを構え、果敢にも邪竜に打ちかかる。


 一瞬、あいつらが戻ってきたかのような錯覚を覚えた。

 その戦技はヘリウロスに似て、ネハンの盾から生まれる光の矢の狙撃はバハッダのようだった。


「フーカちゃん、だいじょうぶなの。霊気が……」

「ぼくには、まだ数百年かけて培った自前の霊気がありますれば」


 突如として現れた心強い援軍によって、邪竜の動きが止まる。

 邪竜はなおも抵抗し、ふたたび周囲に風を集めるが……。

 そこに、なおも突撃する者たちがいる。


 いや、物、だ。

 下半身が車輪となったゴーレムたちが、次々と邪竜に体当たりしては爆発する。

 一体、一体はたいしたことがなくても、それが十体以上ともなればさすがの邪竜も対応せざるを得ない。

 身をひねり、ゴーレムたちを吹き飛ばすだけで精一杯となる。


「都中のコノエが……。なにが起きたんだい」

「忘れましたか、アルネーさま。コノエをつくったのはわが父です。秘密の制御コード、万一の切り札として父より頂きました」


 なるほど、フーカのやつ、こんなとっておきまで……。

 コノエたちが邪竜を相手に稼げた時は、ほんの少しだった。

 だが、そのほんの少しが決定的だった。


 ようやくコノエたちの突撃が止まり、邪竜は慌てて風を集めはじめるが……。

 もう、遅い。


「風流秘伝・星絶」


 おれは霊剣クリアを振るう。

 青白く輝く一撃、星をも砕く斬撃が放たれる。

 彗星のように伸びて――。


 青白い光が、こんどこそ、邪竜に直撃する。

 強烈な閃光が、視野を覆い尽くす。

 邪竜が、ひときわおおきな咆哮をあげた。


 断末魔の悲鳴にも似ているが、それは……。

 直感、する。


 まだだ、まだ終わっていない。

 おれはもういちど霊剣クリアを握りしめ、地面を蹴って邪竜のもとへ駆けた。


「おろか者」


 と、すぐそばでアイシャの声がする。

 横を向けば、風の魔術をかけた彼女が追走してきていた。

 少女が、おれに向かって手を伸ばす。


「われを、頼れ」

「ああ」


 彼女の手を握る。

 温かい。

 そうだった、いまのおれには、五百年前にはいなかった、こんなにも頼りになる仲間がいる。


「《吹き抜けよ疾風》」


 強烈な風が背を押す。おれはアイシャとともに加速する。

 目が暗闇に慣れて、邪竜の姿がうっすらとみえるようになる。

 やはり、敵はまだ健在だった。


 巨体の動きは、ぎこちない。

 全身からとめどもなく、どす黒い液体を垂れ流している。

 身体は崩壊する寸前でありながら、しかしかま首をもたげて天を仰ぎ、口をおおきく開ける。


 まずい、あれをさせてはならない。

 全身に走り抜ける、おぞましいまでの感覚がある。

 それがアイシャに伝わったのだろう、彼女は無言でうなずくと、手を放した。


「《猛き大気の精よ、暴風となれ》」


 暴風が、おれを包みこむ。

 光の魔術で守られた身体が、邪竜に向かって乱暴に吹き飛ばされる。


 それでいい。

 この速度なら、間に合う。

 一瞬で、距離が詰まる。


 目の前に邪竜の巨大な姿があった。

 おれは自分の身長の数倍の高さにある、

 邪竜の頭に向かって矢のように飛ぶ。


 邪竜がこちらに気づき、首を向けてくる。

 紅蓮の眼光がおれを射貫く。

 口をおおきく開き、おれに対してブレスを放とうとするが……。


 ほんの少しだけ、おれとアイシャの動きが、邪竜の反射行動を上まわった。

 霊剣クリアを振るう。


「衝崩撃」


 横薙ぎの斬撃が、ぼろぼろになっていた邪竜の首の鱗をたやすく引き裂いた。

 邪竜の頭部が宙を舞う。赤い双眸は、それでもおれを睨みつけたままだ。


「月刃衝」


 身をひねり、空中の邪竜の頭部めがけて霊気の刃を飛ばした。

 霊気の衝撃波は頭部に命中し、激しい爆発を起こす。

 地面に着地……できず、転がった。


「ええい、世話が焼ける」


 光の壁が前方に生まれ、回転が止まる。

 アイシャがつくったものだ。

 おれは立ち上がり、振り返る。


 頭部を失った邪竜の巨体が、まるでもともと液体でできていたかのように、ずぶずぶと崩れ落ちていくところだった。

 灰色の煙があがり、おれに迫る。

 あ、あれたぶんやばい煙だ。


 だが煙がおれの身体に触る前に……。

 アイシャがおれの腕をひっつかみ、飛行してその場を離れた。


「これで、終わりであるな」

「そう、なのか」

「あの巨体のなかにいた、われではないなにかの『意志』が消えた。われにはわかるのだ」


 そうか、とおれはうなずいた。


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