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第46話 復讐者

 その名前が出たとき、おれとミルは思わず顔を見合わせてしまった。

 アルネー。

 かつてのおれたちの仲間だった女性。


 ケイの都の近くで起きた異人騒動は、てっきり彼女がおれたちの動きを援護しているのだと思っていた。

 陰ながらサポートしてくれているのだと。


 勝手な思い込みだったということか。

 むしろ、おれたちがそう思い込み、こう動くことまでがアルネーの計略だった可能性が出てきた。


「アルネーが、フーカ、きみを刺したのか。あいつが、仲間の娘であるきみを」

「はい。もう封印は必要ない、と。いまこそあれを解き放つべきだと」


 あれ、とは。

 フーカが封印していたもののことか。

 たしか、邪竜の卵。


 でも、アルネーの怨恨、ということは……。

 アイシャがフーカに駆け寄り、その背に刺さった剣を抜いたあと、光の魔術で彼女を治療した。


「なるほど。その者、邪竜に対して恨みを晴らそうというだけではないな」


 光の魔術を行使しながらのアイシャの言葉に、おれは驚く。

 彼女にはまだ、アルネーの因縁を話していなかったからだ。

 いつか語るべきときは来ると思っていたが、それはいまではないと考えていた。


「たわけ。アルネーの復讐は、英雄譚に出てくる程度のエピソードである。とっくに知っておるわ」

「そりゃ、そうか。五百年前の昔話、なんだもんな」


 いらぬ気づかいだったか。おれは苦笑いする。

 と……おれの身体が、ぐらりと揺れた。


 床が震動している。

 ドーム全体がきしんだ音を立てていた。

 地震だ。


 かなり大きな揺れだった。

 霊脈の異常のせいなのだろうか。

 アイシャが不遜な態度で鼻を鳴らす。


「卵の封印もここまでか。フーカとやら、ご苦労であった」

「おい、アイシャ、それって」

「ゲンザンのときとは違う。この者は周囲から霊気を吸収しているが、その霊気はどこにも流れ出しておらぬ。つまり現在、己の霊気を封印に使用しておらぬということだ」


 フーカが悔しそうにうつむく。

 その拳が、ぎゅっと握られる。


「気づいたのだ」


 アイシャが告げる。


「なに?」

「前世の記憶だ。ここ数日、ずっと考えていた。われのなかには奇妙なほど、己が産んだはずの卵についての記憶がない。おかしいと思っていた。だが、そもそも邪竜アイシャザックの記憶を受け継いだ者がわれひとりであるという前提がおかしかったのだろう」


 待て待て待て。

 つまり、こいつ以外に邪竜アイシャザックの転生者がいるってことか?

 おれの表情に出ていたものを読み取ったのだろう、アイシャは苦笑いして首を横に振る。


「そうではない。これから産まれるのだ。合点がいったわ。邪竜の卵から生まれるという者こそが、五百年前、邪竜アイシャザックのもうひとつの記憶を受け継ぐ存在なのであるな」

「もうひとつの記憶を持つアイシャザック……」


 おれは愕然とした。

 もうひとつの記憶を受け継ぐ存在。

 それはつまり、アイシャが以前、語っていた『意志』なのだろう。


「そんなことが……ありうるのか?」

「おそらく、ゲンザンの死骸が鍵だ。われに卵を産んだ記憶がないのも当然。われの死後、卵が産み落とされたのであろう。違うか、フーカ」


 おれたちはネハンとナズニアの娘をみた。

 アイシャは治療を終え、少し疲労した様子で彼女から離れる。

 フーカはゆっくりと息を吐いた。


「その通りです。父と母がそれを知ったとき、ことはすでに成っておりました。こっそりこの島に運び込まれた邪竜の死骸は、儀式によって動きだし、卵を産んだといいます。封印しなければ、なおも卵を産み続けただろうと」


 そりゃ、なんとしても封印するわ……。

 ヘリウロスも必死だったに違いない。

 でも、よりによってあんなものに卵を産ませるって。


「そいつらは、卵に……じゃないのか、卵から孵った邪竜に、なにをさせるつもりだったんだ」

「いまとなっては、不明な点も多いと聞きました。ですが、彼らの頭目の意図だけは明らかです。……復讐です。夫と子を殺した存在を、今度こそ滅ぼす。そのためにはいかなる犠牲をも払ってみせると、彼女はそう宣言いたしました」

「おい、待ってくれ。それって」


 フーカは、はっきりとうなずいてみせた。

 おれたちがいう『意志』。


 フーカがいう「夫と子を殺した存在」。

 それらに対して執拗なまでに殺意を抱く者とは、つまり……。


「父と母、ヘリウロスさまとバハッダさまが止めようとした、邪竜の卵を利用しようとする者。その者こそが、アルネーさまだったのです」



        *



「いささか腹立たしいことではあるな」


 おれとミルが絶句するなか、アイシャが沈黙を破る。


「アルネーという者、邪竜アイシャザックがなにものかに操られていた、と考えたわけであろう。われのなかにあった『意志』こそが真の仇であると、そう確信したがゆえ、これほど大それた行いに手を染めた。つまり、われのことなど眼中になかったということ」

「あなたは……」


 アイシャはおれとミルにうなずいたあと、もういちどフーカに視線を戻す。

 いつもの傲慢なふんぞりかえりで彼女を見下ろしたあと、いまだアイシャの言葉を理解していないであろう彼女に対して、こう告げる。


「自己紹介を忘れていたな。われは邪竜アイシャザックの魂が転生したもの、アイシャである。ヒトの味方であり、コガネとミルの味方だ。安堵せよ。われがいる以上、おぬしの献身を無駄にはせぬ」

「ええと……なに、を?」

「おぬしを助ける、と申している」


 アイシャが、まだ呆けているフーカの肩に手を乗せる。


「すべて承知した。故に、おぬしの持つ、邪竜の霊気をわれによこすがよい」

「あなたは、なにをいって……」

「すでにコガネとミルは不老不死ではない。こやつらの霊気はわれが頂いた。いや、取り戻したのだ。おぬしは、親から受け継いだその長い命に飽きはしなかったか」


 フーカは目をおおきく見開き、おれとミルを交互にみる。

 ミルが、やさしく笑ってみせた。


 おれは……はたしておれは、どんな顔をしていたのだろう。

 フーカはおれと目線を合わせ、呆然としている。

 やがて彼女はうつむいた。


「ヘリウロスさまとバハッダさまから半分ずつ預かったこの霊気、使命のために使うと、かたく決めておりました」

「その使命ごと、われが預かるといっている。なに、おぬしがどうしてもあと五百年、千年を生きたい、ずっとここで封印を続けていたいと願うなら無理にとはいわぬぞ。それが趣味であれば、それが喜びであるなら、無理強いはできぬとコガネに約束しているのでな」

「そんな喜びなんて、あるわけない!」


 フーカが、叫んだ。

 叫んだ自身がいちばん驚くほど、おおきな声だった。


「ずっと、辛かった。父も母もいなくなって、ヘリウロスさまもバハッダさまも消えてしまって、でもぼくだけが残った。だから、ぼくがやらなきゃいけないって思った。みんな、勝手に死んでいく。でもぼくは、そんなわけにはいかなかった。ずっとずっと、ここでひとりだった。寂しかった。でもお役目だから、って。ぼくが頑張らないと、こんどこそ卵が孵って、このホウライが滅びてしまうから。ううん、大陸すらも消えてしまうかもしれないから。だから」

「もうだいじょうぶだ」


 おれは思わず、フーカの細い身体を抱きしめていた。

 肌は、ぞっとするほど冷たかった。

 骨と皮だけの、やせこけた肉体だった。


「だいじょうぶだ。あとは、なんとかする。おれたちがやる。きみといっしょにいる。だから心配するな」

「あ……っ」


 フーカがびっくりしたような声を出したあと、身体のちからを抜く。

 目を閉じる。


「不思議です。父や母と同じ匂いがします」

「まあ、あいつらは同志であるからな」


 また、ドームが激しく揺れた。

 さっきより強い地震だ。


 これは、いよいよ余裕がないな。

 おれはフーカから身を離し、立ち上がる。


「フーカ、きみのちからをアイシャに委ねるかどうかは、きみに任せる。聞きたいことは山ほどあるだろう。時間の許す限り、アイシャに聞いてくれ。……ミル」

「うん、上に行くんだね。時間稼ぎ。サポートは任せて」

「待ってください!」


 背を向けたおれとミルに、フーカが声をかけてくる。


「もっと詳しいことを聞かなくていいのですか」

「あとで聞くよ」

「でも、あれは……封印が解けたとしたら、そこから出てくるモノは」


 おれは首を横に振った。


「アルネーが、おれたちがこの地にきたタイミングでことを起こしたってことは……。最初から、あいつはおれたちを待っていたってことだ。ってことは、おれたちならなんとかできる。あいつがそう信じているなら、やってやるさ」


 そう、おれは五百年前、あいつの正確な予測を信じてやれなかった。

 こんどは違う。

 あいつの予測したものを信じて、動いてみせる。


 もっとも、それがあいつの希望と合致するかはまた別の問題なのだが……そこは、それだ。

 おれたちはアルネーの予測のもと行動し、おれたちの信じるもののため戦う。

 五百年前と同じである。


 アイシャとフーカをドームに置き去りにして、ミルと共に、降りてきた階段を駆け足で戻る。

 上から喧噪が聞こえてきた。

 なんの騒ぎかは、だいたい予想できている。


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