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第45話 ケイの都、潜入

 石碑はすぐにみつかった。

 方形のオベリスクには、この島の文字で「この先、ケイの都」と刻まれている。

 いっけん、ただの標識か記念碑か、そんなものにしかみえない。


 アイシャとミルが鑑定した結果、この石碑の内側、ケイの都を囲むように広範囲の結界が発生していることが判明する。

 結界といっても、その内側に足を踏み入れた者を感知し、それが「異物」であれば中枢に対して一定の警報を出すという程度のシロモノである。


「手触りからして、ネハンが開発したか、それをもとにほかの人が発展させたやつだね」

「そんなことまでわかるのか」

「ネハンの魔術、構造が特徴的だから」


 まあ、そのへんは専門家に任せる。おれはよくわからん。


「その魔術、消せそうか」

「消したら、向こうにバレるよ」

「じゃあ、どうする。このままじゃ都に入れないぞ」


 ミルは、にんまりとした。


「昔、ネハンに教わったんだよ。自分の魔術のこういうロックは、こう外せば相手に悟られないって」

「あいつ、そんなことまで仲間に教えていたのかよ」

「自分ならそれでも気づくって自信だったんだと思う。でも、これを仕掛けたのはネハンじゃない。だったらきっと、これをこう迂回して、ええと」


 ミルは石碑に手を当てて、ぶつぶつ呟く。

 ほどなくしてこちらを振り返り「いまから行くことになるけど、準備はいいかな」と訊ねてきた。


 ここにいるのはおれたち三人とフーカの部下ふたり、カサイとその部下数名だ。

 残りは万一を考え、宿で待機している。


 おれは少し考えたあと、カサイに対して、部下と共に宿で待機するよう命じた。

 少しでも危険を感じたら撤退しろ、とつけ加える。


「正直、いやな予感しかしない。おれたちが撤退するときのことは気にしないで、そっちの判断でやってくれ」

「わかりました。ご武運を」



        *



 しばしののち。

 おれ、ミル、アイシャの三人とフーカの部下たちは、結界の内側へ足を踏み入れた。

 ミルがうまくやったのだろう、いまのところ兵の動きが変わった様子はない。


 深夜。

 フーカの部下の案内のもと、しんと寝静まったケイの都の外周部へたどり着く。

 月もない夜ゆえ、都の全容はよくわからなかった。


 ただ、外周部だけでもめちゃくちゃ広いことは実感させられる。

 暗いせいもあるけれど、まっすぐ整備された道を歩いても歩いても道の果てがみえない。

 さすがは百万人都市といったところか。


 都の内側へ行くほど、石造りの建物が増えてくる。

 木造建築が一般的なこの地方において石造りの建造物は土の魔術をふんだんに使って建てられたもので、いまではその大半が再現不能となっているとか。

 それにしても、月のない夜とはいえ……おれは鼻をひくひくさせた。


「気味が悪いな」


 その呟きに、アイシャが「うむ」とうなずく。


「現地に来て、理解した。なるほど、結界はこれも隠匿していたのだな」

「これ、ってなんだ」

「この地の霊脈がすでに取り返しがつかないほど乱れているということだ。……フーカとやら、生きておるのか?」


 アイシャがフーカの部下たちに訊ねる。

 彼らは慌てた様子で「もちろんです」といっているが……。

 これ、単純になにも知らない、知らされていないだけな気がするな。


「あちらの建物です。あの地下に」


 と彼らの片方が指し示したのは深い堀で囲まれた砦だった。

 都の一角に存在するこの砦は、大昔の戦争で使われたもので、いまは廃棄され地上部分は兵舎として使用されているという。

 その地下に、フーカが囚われているのだと。


 おいおい、敵軍の兵が寝泊まりしている場所に乗り込むのかよ。

 いまさら、か。

 フーカが監視されているのはわかっていたことだし、兵舎の地下ならトウの国にとっては監視に最適といえる。


 敵国のど真んなか、兵舎にまで乗り込むような奴は、まずいない。

 どんなスパイだって、そんなところからフーカを助け出すような真似はできない。

 普通なら、そう考える。


「さすがに、見張りがいるね。わたしがやろうか?」


 闇の魔術により隠密行動が得意となったミルが提案する。

 月のない夜という彼女にとって最高の条件だ、が……。


「いや、おれがやろう。魔術を感知する手段があるかもしれない」


 この砦も石造りである。古い建物ということは、最悪、ネハンの手が入っている可能性があった。

 こういうときはおれの出番だ。

 おれは足音を殺して砦の見張りの兵士たちに近づくと、闇からの一撃で気絶させていく。


 入り口までの道を掃除し、気絶させた兵士は口と四肢を拘束して隅に転がしたあと、仲間を招き入れる。

 屋内に侵入するのは簡単だった。


「静かすぎる気がする」


 砦のなかに入って、ミルがおれの耳もとで呟く。


「罠ってことか?」

「ううん、そうじゃなくて……。ええと、人の気配のことじゃなくてね。魔術の気配が、ない」

「そりゃ、ここは兵士たちが日常的に使っている場所なんだから……うん? いや、そういうことか」


 ミルのいいたいことに気づいた。

 なにせ、農業にすら魔術を使っている国である。

 軍隊で日常的に魔術を使っている、くらいはおれたちも想定していたし、感知系の魔術については常に気をつけていた。


 いまも、アイシャが目を皿のようにして魔術の気配を探している。

 魔術的な罠が仕掛けられているなら、なんらかの魔術の痕跡が残っているはずだからだ。

 ところが、ここにはそういったものがいっさいない、という。


「それだけではありません。ケイの都の公共部では水の供給に浄化の魔術が、屋内に空気清浄化の魔術がかけられていることが普通です。ところが、ここにはそれがない。空気が淀んでいます」


 フーカの部下が告げる。

 たしかに、へんだな。おれは周囲の臭いを探った。


 兵士たちの汗臭い臭い、石造りの建物のかびの臭い。

 おれがよく知る、普通の兵舎のようだが……。


「アイシャ、ためしに風の魔術で周囲を探ってくれ」

「む? ……わかった」


 アイシャは自分の疑念を他所において、すぐ探知魔術を行使した。

 目をつぶって周囲の気配を探り、しばらくしてまぶたを持ち上げる。

 怪訝な表情だった。


「鈍いぞ」

「鈍い、ってなんだ?」

「魔術そのものはかかるのだが、いつもよりも負担がおおきい。精霊たちの倦怠すら感じられる」


 精霊の倦怠、ってなんだよ……。

 いや、雰囲気はわかった。

 おれはフーカの部下たちに向き直る。


「このことについて、フーカからなにか聞いているか」

「我々は場所について知らされていただけで……。この先に隠し階段がある、と」

「単に伝え忘れ、とも思えないんだよな」


 おれは少し考えたすえ、早足で歩き出した。慌てて皆がついてくる。


「急ごう。さっきアイシャがいった通りだ。フーカになにかあった」

「うむ。霊気を集めているのは、おそらく彼女であろう」

「フーカちゃん、だいじょうぶかな」


 彼女がなりふり構わずそうしなければいけないほど、事態が深刻ということなのか。

 それとも、別の意図があるのか。

 どちらにせよ、おれたちは行くしかない。


 フーカが囚われているという地下への階段は、すぐにみつかった。

 隠し戸の向こう側に現れた金属の階段は、ひと目でわかる、古代文明の遺産だ。


「旧人のものか」

「で、あるな。見覚えのあるつくりだ」

 おれたちは足早に階段を下りていく。



         *



 どれほど下っただろうか。

 以前に発見した遺跡よりもはるかに多くの段を踏んだその先が、ぼんやりと光っていた。


 階段の先に広がっていたのは、以前にもみたのと同じ、ドーム状のホールだった。

 以前のそこには人々の魂を拘束する正八面体のクリスタルが設置されていたが、ここにはそれがない。


 かわりに、ひとりの少女がいた。

 いや、うつぶせに倒れていた。

 フーカとおぼしき少女が、背中に剣を突き立てられ、おびただしい血を流していた。


「な……っ」


 絶句して、入り口で足を止めてしまう。

 いったいなにがおきた、誰がやった、彼女の命は……。

 ――と。


 入り口で立ち尽くすおれたちに気づいたのだろう。

 少女は、背に剣が刺さったまま、むくりと半身を起こした。

 こちらに顔を向ける。


 そうだった。

 彼女はかつてのおれの仲間から、どうやってか不老不死のちからを受け継いでいたのだった。

 あのときと同じ蒼い瞳が、まっすぐにおれを射すくめる。


「お待ちしておりました、コガネさま」


 少女の唇が、動いた。

 かすれているが、よく通る声だった。


「この剣のことは、ひとまずお気になさらず」

「いや、気になるよ! 待ってろ、いま抜いてやるから」


 駆け寄る。

 不老不死でも、痛いものは痛い。

 おれは、誰よりもよくそのことを知っていた。


 だがフーカは四つん這いでおれをみあげたまま……。

 ちからなくゆっくりと首を横に振る。


「先に、話を……」

「いったい誰にやられた」

「あのかたが深い恨みを抱いていることは存じていましたが、ここまでとは」


 恨み?

 誰に対してだ。

 フーカを恨んでいる者の仕業?


 この都市の支配者か?

 それが、このタイミングで?


 フーカは激しく吐血した。

 口もとの血をぬぐい、弱々しい笑みをみせる。


「アルネーさまを止めてください。あのかたは、五百年の怨恨に終止符を打とうとしているのです」


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