第43話 お気楽馬車旅道中記
監獄勇者のやり直し2巻、本日発売です。
よろしくお願いいたします。
ある程度、川から離れたところで商人とその護衛の集団に変装して街道を歩く。
それっぽい馬車などは、あらかじめカサイたちが手配してくれていた。
なお馬車の荷台は二重底になっていて、クリアをはじめとしたおれたちの本来の武器はその中に隠されている。
おれは数打ちのなまくら剣を背負い、ほかの男たちと徒歩である。
商人の護衛のひとりという設定だ。
顔つきは化粧で、髪は染めるとしても、身体つきだけは隠せない。
アイシャとミルは髪を黒く染めて、この島の者っぽい絹の服を着ている。
羽振りのいい商人の娘、くらいにはみえるだろう。
そんな十五名ほどの集団、街道を根城にするような盗賊がいればカモにみえるだろうが……。
ここからケイまでの道中、治安はとてもいいらしい。
この街道をよく整備し、騎兵を中心とした軍が定期的に巡回しており、もし盗賊の被害など出ようものなら血眼になって山狩りをするのだという。
なるほど、ここがトウの国の生命線ってことか。
でもカサイたちの報告によると、ここをはじめとした三本の主要街道以外はそこまで治安もよくなく、場所によっては山賊に通行料を払わなきゃいけない土地もあったりするらしい。
地方まで目が行き届いていない、ということだ。
「栄華をほしいままにした大帝国の崩壊直前って、こういう感じなんだよね。地方から徐々に崩壊していって、中央はそれに気づいていないの。気づいたときには手遅れで、でも現実がみつめられずに改革なんてできなくて、最終的には手足を食われて、おしまい」
ミルが笑顔でぶっそうなことをいう。
五百年間、栄枯盛衰を見守ってきた彼女の言葉だけあって、やけに説得力があった。
アイシャがその隣で、うむうむとうなずいている。
のんびりした旅になった。
商人の馬車である以上、急ぐのもおかしい。
魔術で加速するなどもってのほかだ。
ケイの都まで五日の道のりだ。
その間、通りがかった村や町はとても豊かで、繁栄を謳歌していた。
ちょうど、おれたちの知る帝国最盛期のごとしである。
この国の面積は、かつて大陸の西方を支配した帝国に比べればはるかに小さい。
でも一部の魔術に関しては帝国以上のようで、水の魔術と土の魔術を用いた農地の収穫量は、大陸の標準と比べて数倍から十倍近くにのぼるという。
ボウサと比べても三倍以上だ。
田畑からとれる作物の量が多ければ、それだけたくさんの民が養える。
ケイの都は百万人都市だ。
トウの国の総人口は、少なくとも数百万人、ひょっとしたら一千万人以上かもしれないらしい。
そのあたりの統計は国の秘密とのことで、カサイたちでも探りだせなかったとのこと。
水と土の魔術、やべえな……。
たぶん水の魔術を伝えたのはヘリウロスで、土の魔術を改良したのはバハッダなのだろう。
このふたりの功績がなんで島の西方に残っておらず、ただ石碑だけがあったのか。
彼らの名前が東方に残っておらず、魔術だけが伝承されていったのか。
これまでの経緯から考えるに、二百年前の大災害……あれのせい、だよなあ。
調べるポイントは、わかった気がする。
ひょっとしたら、これから会いに行くフーカが教えてくれるかもしれない。
このあたりの街並みは二階建ての木造建築だ。
湿度が高い地方のため、石造りより木造の方が長持ちするのだとか。
背の高い山脈に囲まれた谷間の地形だからか、おれたちが拠点としている西方よりもずっとジメジメとしている。
「この草団子という練り粉菓子、たいへん美味である。もっと買って欲しい」
「こっちのカリカリの糖菓子もおいしいよ。ね、コガネ、食べる?」
「馬車から身を乗り出すな。しっかり、商家のお嬢さんを演じてくれ」
アイシャとミルは通りすがりの宿場町で呑気に買い食いし、退屈な馬車の道中を楽しんでいる。
これまでのところ、見張りの気配はない。
トウの国の諜報機関は、おれたちのことに気づいていないようだった。
カサイ一党の能力がそれだけ優れているということか、まさかボウサの主要メンバーがまとめて乗り込んで来るような事態は想定されていなかったのか。
想定しないよなあ、そんな事態。
いくら個人個人の戦力が高いとはいえ、たった十数人で敵地のど真ん中にいるわけだから。
フーカの部下たちがこの国の各地で活動しているという話ではあるが、彼らには相応の監視がついているだろう。
博打性の高い遠征なのだ。
それをわかっているからこそ、今回、おれも慎重になっている。
ケイの都に近づくほど、ぴりぴりしてしまう。
「コガネよ、もっと肩のちからを抜くがよい」
なのにアイシャは気楽だ。
毎日、太るんじゃないかというくらい菓子を買い込んでは豪遊している。
商家のお気楽娘を忠実に演じていた。
「どのみち、なるようにしかならぬ」
「あのなあ……。霊脈のほうは、どうなんだ」
「最悪であるな」
街道を歩きながら訊ねると、一転、馬車の上のアイシャは顔をしかめた。
「ずたずたである。これでよく、魔物が出現せぬものだ。なんらかのちからで、強引に霊脈を維持していると思われる」
「魔物が出現……。ああ、シルダリの教都みたいなやつが起こるっていうのか」
ミルが聖女をしていたシルダリ教国の教都シルダリアで、おれたちは突如として地面から出現した魔物の群れに遭遇した。
すぐに対処しなければ大惨事となっていただろう。
ああいうことが、この平和な国にも起こる可能性があるってことか。
街道を行きかう人々を、ちらりとみる。
彼らが護衛もなしに町から町へと歩けるというのは、とても素晴らしいことだ。
というか帝国の全盛期でも、限定的とはいえここまでの治安は無理だった。
それは盗賊がいないだけではなく、魔物が現れないからだ。
治安組織がきっちり機能するというのは、それほどに困難なことであった。
なのに、その平穏が薄氷の上にあるとアイシャはいう。
「ひとたび、その霊脈を維持しているちからが消え去れば。かの国のときよりひどいことになるであろうな」
「シルダリのときより……」
それは、ヤバいな。
下手をすると、ボウサも巻き込まれる。
いや、確実にボウサにも波及するような大災害となるだろう。
はっとする。
大災害、か。
それってつまり、二百年前の大災害も……。
おれの顔色をみて、アイシャがうなずく。
なるほど、そういうことなのか。
ちなみにミルはなにもいわないが、アイシャの横でじっと話を聞いている彼女は、困り顔でえへらとしている。
ミルがこういう顔をしているときは、なんとかしないとな、って頭のなかで思っているのだ。で、ときに暴走して走り出してしまうのだ。
そういうとき、五百年前は……ナズニアが彼女の手をとってたしなめるか、おれが抱え上げていっしょに走るか、どっちかだったな。
「だいじょうぶだよ」
はたして、ミルは前を向いたまま告げる。
「ひとりで行ったり、しないよ。あれから五百年も経っているんだから。わたしもちょっとは大人になったんだよ。……コガネは、子ども扱いするけど」
「そうか」
「でもね。なんとかしたい、とは思っているよ。なんとか、しよう」
アイシャが「無論である」とうなずいた。
「われらがこの地を訪れたのは、民に災禍を振りまくためではない。そもそもボウサを一大勢力に築き上げたことも、この島によかれと思っての行動である」
「おれたちが仲間を探すため、でもあるけどな。いや、おれとしてはそっちがメインなんだが」
「目的は複数あって当然、すり合わせるまでもなくそれが必要だから、為しただけのこと」
まあ、そうだよな。
あのときの選択肢としては、今回よりさらに無茶な状況でケイの都に潜入作戦を行うものがあった。
結果的に、それを選ばなくて正解だったのだろう。
こうして陸から近づく場合と違い、海の警戒はそうとうなものがあったのがひとつ。
あの時点では頼るべき者が誰かもわからず、途方に暮れていただろうことがもうひとつ。
バックアップしてくれているカサイたちの存在も、非常におおきい。
「いずれにしても、フーカとやらと話して、なにが起きているかわかってから考えるしかあるまい」
「そう、なるな」
フーカのほうから接触してきてくれたのは僥倖だった。
もっとも、ボウサを乗っ取って軍を率いた目的のひとつは、コガネとミルがここにいるぞとかつての仲間に伝えるためであったのだから、想定のうちではある。
それが、よりによってネハンとナズニアの娘だったのが予想外すぎるだけだ。
あのときフーカが示した武芸と魔術は、彼女の言葉をなによりも証明するものであった。
彼女に聞きたいことは、山ほどあった。
あとはこの旅が無事に終わればいいのだが……。
そうも、いかなかったようだ。
明日にはケイの都にたどりつくという日の夜。宿に泊まっていたおれたちは、カサイ一党の見張りがものものしい兵士の集団を発見したという報告を受けた。
大陸人が潜入している、見つけ次第報告せよ、という立て札が通りのいたるところに立てられるところであるという。宿の宿泊者をチェックするため、精鋭部隊が派遣されるらしい。
「なるほど、面倒なことになった。あと少しなんだが。カサイ、残念だがこの先は少々強引に……」
「お待ちください。どうやら彼らが探しているのはわれわれではないようです」
カサイがいう。おれもミルもアイシャも首をかしげた。
「彼らが探しているのは女ひとり。どうも、さらに東方から単独で侵入した大陸人がいる様子です」
「ひとり? なるほど、おれたち三人のことはトウの国も多少は調べているはずだし、なら立て札にもそう書くか」
しかし、このタイミングで、か……。
女の容姿については、変装が得意なためわからないとのことであった。なるほど、変装が得意な女、ねえ……。
「あのさ」
不意に、ミルがぽんと手を叩く。
「アルネーじゃないかな」
まさか。




