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第42話 旅立ち

 近くの町まで戻り、宿をひとつまるごと貸し切った。

 防諜のためだ。


 いまや諜報組織に命じて、周囲を警戒させる。

 宿でいちばんおおきな部屋で、おれたち三人を前に、フーカのふたりの従者は語った。


「フーカさまがいつからケイにおられるのか、我々も把握しておりません。ケイで一番古い資料は二百年前のものですが、このときすでに、彼女の存在は記録されております」

「待ってくれ、そもそも二百年前までの資料しかないってどういうことだ」


 おれたちが拠点とするボウサには、五百年以上前のゲームの記録が残っていた、と先日アイシャがいっていたばかりだ。

 だがこれについては、アイシャが「不思議ではなかろう」と首を振った。


「先日はいわなかったが、ボウサの書物には、ホウライの東側が二百年前、大災害に襲われたとある。資料散逸の原因であろう」

「大災害?」

「地震と津波により沿岸の町がいくつも消えた。同時に巨大な魔物が暴れたとも。そのいずれが直接の原因となったかは判断がつかぬ」


 そんな災害があったのに、東の国々は立ち直って、いまはあっちが文化の中心なのか。

 まあ、二百年もあればいろいろ起こる。

 いまの東の国々が繁栄を享受し、おごり高ぶり、失われた過去のことを忘却している。


「話の腰を折って悪かった。続けてくれ」

「フーカさまがおっしゃるには、ご両親はすでになく、ご両親のお仲間だったヘリウロスさま、バハッダさまの遺志を受け継ぎケイの都を守っておられると」


 やっぱり、ネハンとナズニアは亡くなったのか。

 おれはミルと顔を見合わせる。

 ミルは寂しそうに目を伏せた。


「仕方ないよね。五百年も経ったんだもの。ネハンのことだから、なんとかして不老不死を譲る方法を見つけたんだと思う」

「だな……。何であいつらが、娘にちからを引き継がせたのかはわからんが」

「フーカちゃんから、きちんと聞かないとね。今度は幻影じゃなくて、本物と、面と向かい合って」


 ああ、もちろんだ。

 そうすることはもはや決定事項である。

 さて、なぜフーカがケイの都に幽閉されているのか、なのだが……。


「現在、我々の国であるトウを支配している者たち、スギイラの一族は、自分たちこそヒトとしてもっとも優秀であり、大陸や大陸に汚染された西方の者たちは劣等民族であると掲げております。彼らにとって、長きにわたりケイを守ってきたフーカさまは極めて不都合な存在だったのです。フーカさまは昔から、トウの国の政治に対して不干渉を貫いてきました。ケイの都の地下に存在する封印を維持することだけが望みであると、そう語っておりました。故に……」

「地下に幽閉されても、唯々諾々と従った、と」


 アイシャが唸った。


「なんとも従順なことであるな、コガネ。おぬしはさぞ共感できるであろう」

「おれの古傷を毎回えぐっていくのはやめろ」

「そうだよ、アイシャ。わたしにもグサグサ来たよ」


 おれたちの抗議にアイシャは肩をすくめ、彼らに続きを話すよう促した。


「スギイラの一族は自らの系譜で要職をかため、盤石の体制を築いております。しかし、彼らの行いに反発する者も多い。そのなかにはフーカさまの存在を知り、彼女を担ぎあげようとする者たちもおります。フーカさまが真に懸念するのは、彼らに対してです」

「あー、反抗勢力の旗印にされる方がよっぽど厄介、って話か」


 国が割れれば、悲惨なことがたくさん起こる。

 おれもミルも、帝国の崩壊に伴うさまざまな出来事を知っていた。


 きっとフーカも、父や母、ヘリウロスたちからそれらのことを聞いているのだろう。

 彼らがこんな東の果ての島に住み着いた理由の一端は、きっと帝国にうんざりしていたからに違いない。


「おれたちにどうして欲しいんだ」

「フーカさまは考えを改めました。自分が封印により動けない以上、封印そのものを何とかするしかないと、そう決断されたのです」


 やっぱり、そうくるか。

 おれたちは揃ってうなずいた。

 ケイの都の封印が不安定になっていると思われる、というのはアイシャが語っていたことだ。


 当事者であるフーカが、封印を維持するのも限界なのだろう。

 あそこの地下に眠っているものが、特に強大なのだろう。


 で、あれば……おれたちがこの地を訪れたのは、なによりの好機と捉えられる。

 だが問題は、続く彼の言葉であった。

 おれたちは言葉を失い、互いに顔を見合わせることになる。


「ケイの都の地下に封じられた古の邪竜アイシャザックの卵を破壊し、邪竜の子を討伐する。そのためにみなさまの助力を乞いたい、とフーカさまは仰せです」


 は?

 は………?

 は………………?



        *



「たまげたのう」


 やがて、最初に言葉を発したのは、アイシャであった。

 邪竜に関する記憶の多くを失っているというアイシャであったが、やっぱり初耳なのか。

 まあ、そうだよな……もし覚えていたら、自分の子どものことをまず気にするよな……。


「いや、本当にたまげたのう。アイシャザックの子、か」


 感慨深げに、アイシャは呟く。

 フーカの従者たちは、なぜおれたちの反応に少し戸惑っているようだった。


 無理もない。

 彼らは目の前でため息をつく少女が邪竜の生まれ変わりだなんて知らないのだから。


 しかし、まあ、これは……。

 邪竜アイシャザックの卵を封印、か。

 彼らの口ぶりから、おそらくは何百年も封印し続けてきたのだろう。


 ひょっとしたら、五百年間、親子二代にわたってずっと、なのかもしれない。

 だとしたらいろいろなことがつながってくる。

 単純に、しょせん卵なのだから破壊できなかったのか、という疑問もあるのだが……そのへんは、どうなのだろうか。


「二百年前、卵を破壊しようとした一派があったそうです。われらの地を襲った大災害は、その余波、あるいは反動によるもの、という話です」


 フーカの従者がいう。

 おれたちは、また互いに顔を見合わせる。

 え、なに、邪竜の卵ってそういうものなの。


 それとも、前にアイシャがいっていた『意志』か?

 ちなみに『意志』の情報についてはミルとも共有している。

 ミルは「そっか、じゃあ、なんとかしないとね」とあっさりしたものだった。


「さっぱりわからぬ!」


 アイシャは腕組みして、傲岸不遜に胸をそらす。


「ただ、かの地で霊脈に異常が起きていることはたしかである。その原因が卵なのであろう。そこまでわかっていて、フーカという女は卵を破壊せず封印に留めておる。で、あるならば……」

「破壊できない、あるいはしようとするとヤバいことが起きる、か」

「うむ。向こうが『意志』についての情報をどこまで知っているか次第ではあるが、そういうことなのであろう」


 フーカの従者たちはおれたちの会話に割り込まずにいるが、アイシャが何者なのか気になってはいるだろう。

 あいにくと、多少なりとも事情に詳しい者にそのあたりを説明するわけにはいかないのだよなあ。

 邪竜アイシャザックの死骸はゲンザンの町の地下に封印されていた。


 そのことを彼らも知っているなら、きっと邪竜の生まれ変わりというだけでアイシャは警戒されてしまう。

 フーカが邪竜のちからを両親から受け継いでいるなら、アイシャはそのちからを取り込もうとするだろう。

 彼らからみれば、己の主人からちからを奪おうとしている者。邪竜の生まれ変わりである者。めちゃくちゃ危険人物である。


「ま、細かいことは、行ってみればわかるであろう。そなたら、われらをケイの都まで連れていってくれるのであろう?」

「はっ。手配は、終わっております。ですがなるべく急いでいただければ……」

「敵対勢力との諜報戦か。カサイもいっていたな、トウの国の諜報組織は結構厄介だって」


 フーカたちは、かなりの危険を冒して今回の会談をセッティングしたのだろう。

 そのあたりはこっちも察しているから、臨機応変に動けるよう、しばらくおれたち三人がいなくても国が動くように段取りを済ませてある。


 加えて千人ほどの精鋭を、演習という名目でこの近くまで移動させている。

 もっとも、この程度の兵力ではトウの国が本気になったら足止めすらできない。

 げんにトウの国は、こっちが国境の近くで演習していても兵を動かすことすらしていない。


 完全に舐められている、ということだ。

 おれたちとしては、舐められているほうが楽でいいんだけどね。


 あいにくと諜報組織の方はそうもいかない。

 彼らの国に一歩、足を踏み入れれば、そこから先はだいぶシビアな状況が待っていることだろう。


「明日には出発できるよ」


 ミルがいう。

 彼女の運搬能力あれば、道中の補給に不安はない。

 実際のところ、おれたち三人だけならいますぐ出発可能である。


 ただし、今回はカサイとその配下も数名、連れていく。

 現地での諜報をフーカ側の者だけに頼るのはリスクが高すぎるという判断だ。

 彼らが誠実かどうかはともかく、有能かどうかという問題もある。


 この場でそんなことは口にしないけどね。

 同行する密偵は十名ほど。いずれもカサイが選んだ、精鋭中の精鋭だ。

 さらに数十名が、先行してトウの国に潜入している。


 情報が漏洩する危険も考慮して、彼らにはそういったことを伝えず、ただ「十名ほど同行者をつける」とだけ断りをいれた。

 想定の範囲内だったようで、文句もいわれない。



        *


 かくして翌日の早朝、まだ日が昇る前。

 おれたち十五人ほどの集団は、こっそりと町を離れた。

 追跡者の気配はない、とカサイは断言する。


 アイシャは風の魔術で常に周囲を探知し、異常なしと告げた。

 街道は使わず、林のなかを早足で移動する。


「これなら陽動は必要なかったかもしれんな」

「といったって、トウの国の諜報は優秀と聞く。どこに目と耳があるかわかったもんじゃないさ」


 そんなことを話しながら緩衝地帯の小国を通過する。

 太陽が南中するころ、トウの国の国境である、差し渡し三十歩以上はある流れのはやい川に出た。

 街道沿いには立派な橋があるが、もちろんそんな場所を通れば検問の兵士に見とがめられるだろう。


 よって、おれたちは橋からだいぶ上流を渡る必要がある。

 かなりの急流で、おれならともかくミルなどは簡単に流されてしまうだろう。


 鍛えられた密偵たちでも厳しいくらいだ。

 もちろん、まともに渡る気なんてさらさらない。


「アイシャ、空を飛ぶとして、一度に何人くらいいける」

「この程度の距離であれば、全員一度に飛ばすことも可能である。別に戦闘機動をとる必要もなかろう。ゆっくりと風に吹かれて宙を舞うがよい」


 というわけで、おれたちは全員、仲良く手をつないで宙をふわふわ舞い、国境の川を越えた。

 フーカの従者たちはアイシャの精密な風の魔術に驚いている。

 フーカだって、なにせ魔術の達人であるネハンから風の魔術を習ったのだ、似たようなことはできるはずだが……。


 彼女は昨日のように時折陽炎を出すことはあっても、その状態では高度で繊細に魔術を行使することに限界があり、また滅多に他人には手の内をみせないらしい。

 まあ、そうだよな。


 ただでさえ危険視されて幽閉されているような状況なんだ。

 むしろ、陽炎で時々、外に出ていることがバレるだけでヤバいだろう。


「そういえば、行きはどうやってこの川を越えたんだ」

「行商人に変装して、橋を使いました」


 なるほど、陽炎も含めてたった三人なら、その方が楽か。


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