第38話 ホウライの封印
今回の更新はここまでです。
続きはぼちぼち書き溜めます……。
アイシャの乱入と、彼女の「破壊してはならぬ」という言葉に応じ、おれは慌てて巨大な宝石から離れる。
宙を舞うアイシャは、おれのそばに着地した。
「封印が弱まり、人を食らってでもその維持を続けようとしておるのだ。それを壊せば、真の災厄が蘇るぞ」
「なんでそんなことがわかる」
「巡回中の兵士が町から逃げた者たちを捕まえてきた。王と妻とその息子ひとり、娘ふたり、傲岸不遜に顎をそらす者たちであった。やつらの町ごとわれらを滅ぼすたくらみを聞き出し、慌てて飛んできたのだ」
あー、つまり、こういうことか。
この地の王は、配下に命じて封印を弱めることでこの宝石が暴走するように仕向けた。
宝石の暴走でおれたちを倒せればよし、おれたちが宝石を破壊すれば、封印が解けて本当にヤバいものが出てくるからどのみちおれたちは全滅する、と……。
そういう筋書きで、自分だけは逃げ出した。
自分たちさえ生き残っていればゲンザンは再起できるのだから。
すげえな、この地の王。
*
しばしののち、ゲンザン軍を武装解除したおれたちは、ふたたび白く蠢く巨大な宝石の前に来ていた。
そばにはミルとアイシャ、そして諜報部隊の長であるカサイがいる。
捕らえた王族から、ちょっと乱暴な方法でこれが何かを聞き出した。
ちなみにこの場合の「乱暴な方法」とは暴力ではなく、ミルの闇の魔術である。
ヒトの精神に直接介入し、思考を読んだり制御したりできるのだ。
アイシャがミルに教えるとき、尋常なことでは使用まかりならぬと念を押した、いわくつきの魔術である。
今回ばかりは、アイシャもその使用に否といわなかった。
ゲンザンの王族たちは投降後もひどく非協力的であったし、娘のひとりがおれに色目を使ってきたことに激怒していたというのもある。
いや、あんな淀んだ湖の底みたいな目をした奴ら、多少見栄えがよくたって願い下げだって。
そうして入手した情報は、ちょっと信じられないものだった。
信じられないけれど、だからといって行動しないわけにはいかない。
おれたちは上層部が逃げ出し地下からの襲撃によって機能不全に陥っていたゲンザン市をさっさと投降させ、この領主の屋敷の地下へと赴いた。
「ヘリウロス、お前が遺したこれが、アイシャザックの肉体を封印しているとは」
そう、邪竜を倒したのはおれたちだが、その死骸がどうなったのかおれは知らなかった。
ミルは、帝国が回収したのだと思っていたらしい。
実は、帝国の回収部隊が失踪し、ヘリウロスとバハッダはその行方を追っていたのだ。
いや実際のところ、その裏でナズニアとアルネーが暗躍していたのは間違いない。
ネハンだって知恵を貸していただろう。
ミルがあいつらの行方をみつけられなかったのも当然で、あいつらは帝国が崩壊したとき、それどころじゃなかったのである。
その理由が、ここにある。
なにものかが邪竜の死骸をこの極東の地、ホウライまで運び、なにかに利用しようとした。
ヘリウロスは己のちからをこの蠢く宝石に移植し、それをもって邪竜の封印とした。
この地以外にも、あと二か所。
ここよりさらに東方に、同じようなものがあるらしい。
ゲンザンは三つの封印都市のひとつとして、三つの巫女家の庇護のもと、五百年近く前からただ封印を維持するためだけに存在を続けてきた。
ヘリウロスたちの活躍は隠し、大陸人に対する危機感を警鐘し続けた。
結果、大陸人を差別する風土だけがひとり歩きをして……。
………。
それでなんで、こんなひどいことになってるのか。
ゲンザンの王族とか、腐敗の極みである。
そもそも封印の三都市、本来は三つの巫女家が治めているはずで、その巫女家というのはどうなったのか。
まさか巫女家のひとつが勝手に王を名乗ったのか、そういう話なのかなあ。
「うーん、そのへんは王さまもお妃さまも子供たちも知らないみたいだったから、記録を調べるしかないね」
ミルはうんざりした顔でいう。
かなりお疲れであった。
他人の記憶を、それもかなりひどい頭の中身を覗いたことは、かなりの負担であったとのこと。
誰がホウライに邪竜の死骸を持ってきたのか。
なぜそれを封印することになったのか。
ヘリウロスたちは、具体的になにをしたのか。
わからないことだらけである。
ここより東方の都市を調べれば、もっといろいろわかるのだろうか。
でもなあ、封印を暴走させたここの王をみるに、下手に突っつくのも怖くなってくるなあ。
「ナズニアのやつに話が聞ければな」
「だねえ。うちの国に接触してきたとき、少しでも話が聞ければよかったよ」
そう、ナズニアはいちど、おれたちに伝言を残している。
彼女はホウライのあれこれについて確実になにか知っているはずだ。
いまにして思うと、おれたちをホウライに誘導していたようにも思うのだが……。
策士のあいつが、おれたちがこうすることまで想定していたとしたら、どうだろう。
おれたちが自分の目でヘリウロスの為したことを確認するべきだと考えたのだとしたら。
じゃあ、ええと……どうすればいい?
「ああもう、わからん! おれはあれこれ考えるのが苦手なんだ!」
「いずれにしても情報が足りないと思われますな。配下のものを東方に派遣いたしますれば、しばし時間をいただきたい」
カサイが告げる。
彼には、もうめんどくさいので色々とぶちゃけてあった。
アイシャがアイシャザックの生まれ変わりという話をしたときは、こいつらちょっと頭がおかしいのかなという目をされたが……おれだけではなくミルとアイシャも真面目なのをみて、ひとまずその前提で動くとはいってくれた。
おれよりミルやアイシャの方が信用できるみたいな態度に、ちょっと文句をつけたくはなる。
いや、それ以上に、おれとミルが五百年前から生きているという話を聞いても「そういうこともあるかとは」と平然としていたのもすごい。
なんでも「伝説の仙者が里に下りてきたものかと思っておりました」とのことであるから、まあ……そうか、仙者って本来、そういうものか。
仙者……仙者ねえ。
うちのお師匠さま、仙者って名乗ってたけど、本当のところどうなのかなあ。
ひょっとして、邪竜アイシャザックじゃなくてもそれに似た存在の血を浴びた者が仙者と呼ばれるようになったとかじゃ……。
だいたい師匠、いまのおれでも勝てるかどうかわからないもんな。
まあ、いいや。
*
それはさておき、白い蠢く巨大な宝石である。
現在、アイシャが行使した慰撫の魔術により鎮静化しているものの、暴れだした原因は霊気の不足らしいので、早急になんとかしなければならない。
いちばん手っ取り早いのはおれかミルを生贄に捧げることらしいが、ごめん被る。
「ならば魔物でも食わせるがよかろう。どれ、われがみつくろってこようではないか」
とアイシャはこの地の伝承を調べ、適当な大型の魔物が封印されていそうな山へ旅立った。
大鴉部隊がいっしょなので、まあだいじょうぶだろう。
こいつの封印が破れた場合、どうなるのか。
それについての伝承は残っていなかった。
ただまあ、この封印をつくったのがヘリウロスであるなら……あいつが封じるということはあいつの手に負えなかったということだ、ロクでもないことになるのは間違いない。
それにしても、邪竜の死骸、ねえ。
アイシャザックの魂そのものはアイシャとして生まれ変わっても、竜の巨大な肉体は残る。
当然といえば当然のことだけれど、いままでまったく考慮の外だった。
このことについてアイシャに訪ねてみたところ、しかめっ面で「おぬし、生え変わった乳歯を後生大事にとっておくタイプであるか? われはさっさと捨てた。それはただの感傷である」という返事であった。
どこまでが虚勢かはともかく、隠しごとをしているわけではなさそうだ。
彼女としても、己の死骸が朽ちず残っていたのは想定外であるとしたら……いったい誰がそれを利用しようなんて考えたのだろう。
で、そのアイシャは、出かける前にミルになにごとか耳打ちしていった。
あとでミルに尋ねてみれば……。
「ええと、わたしもよくわからないんだけど、この地のひとたちに前に教えた闇の魔術を使ってみろって」
「どんな魔術だ」
「ヒトの血に流れる霊気の質を調べる魔術、っていえばいいのかなあ。そのなかで、青白い反応だけをプロットするんだって」
なんだそりゃ、とおれもいっしょになって首をかしげる。
とはいえ、アイシャのことだ、これにも意味があるのだろう、とあちこちのひとを集めて彼女のいう魔術をミルに使ってもらい、その結果をデータとしてまとめてみた。
アイシャのいう青白い反応は、このゲンザンだけではなくホウライの民全体の四割ほどにみられるようだ。
で、ここからはおれのカンに従ってサンプルを増やし、データを再取得する。
具体的には、現在再編成中のうちの軍の全員からデータを採集してみた。
その結果、わかったことがひとつある。
「墨楯部隊のほぼ全員から青白い反応が出たねー。他の部隊からはおおよそ六割。一般人が四割だから……あはは、アイシャ、これを調べたかったのかな」
「つまり、纏の使い方が特にうまいやつらからは青白い反応が出る、と。でもおれやミルからは出ていない」
「どういうことだろう」
どうもこうもない。
以前から感じていた違和感の原因が、これだ。
「このホウライの民の一定数に、ある系統の血が混ざっているんだろうさ。あいつが伝えたかったのは、そういうことだ」
「ごめん、コガネ、もっと具体的に。わたしにはコガネがなにをいいたいのかわからないよ」
もと領主の屋敷の地下、白い蠢く巨大な宝石の前で、おれとミルはそれをみあげる。
ヘリウロスがつくったと思われるこれ、そしてあのデータ。
あいつは昔からそういうやつだったなとなつかしく思う。
「ヘリウロスは、これをつくるために己の霊気の大部分を消耗させたはずだ。ひょっとしたら、死に至った原因なのかもしれない」
「そう、だね。これはたいへんなものだよ。わたしにも、それはわかる。ええと、でも、それで?」
「なんで、あいつがそこまでしたのか。これをみつけた日から、ずっと考えていた」
あれから半月が経過している。
日々の雑務に追われながらも、ずっとそのことが頭にひっかかっていた。
あいつはたしかに情に厚いやつだが、そこまでして彼が守りたかったものとはなんなのだろうと。
「あいつが守りたかったのは、きっと、あいつの血を分けた子孫だったんじゃないかな」
「それって……」
「ミル、きみの魔術で青白い反応が出たやつらは、ヘリウロスの子孫だ」
ミルが息を呑む。
無理もない、おれも最初にそれに気づいたときは心臓が止まるかと思った。
でも……そうなんだよ、おれたちが心ならずも別れてから、五百年が経っているのだ。
ヘリウロスの血族たちは、五百年かけて、ホウライ中に広がった。
だからこそ、纏に長けた者たちがこの地には多かった。
だからこそ、ヘリウロスはこんなものをつくってまで、この地を守ろうとしていた。
そう考えれば、すべてがつながってくる。
情に厚いあいつが、なにをみていたのか、伝わってくる。
「そっか」
ミルは、はあ、とおおきくため息をついた。
いちど首を振ったあと、脈動する巨大な宝石をみつめる。
「そうなんだね。ヘリウロスは、ずっとホウライを守ってきたんだね。わかるよ、その気持ち。みんなを守りたいと願って、己を捧げてしまう気持ち。不死者、だからなのかな。以前のわたしも、きっとそうだった。ヘリウロス、あなたも同じだったんだね」
ミルは聖女として、ひとつの国を五百年間、統治してきた。
彼女は己が愛した国の人々に対する想いの強さゆえ、心を壊してしまった。
だからこそ、目の前の蠢く宝石に込められた想いを誰よりもよく理解できるのだろう。
その弊害も、また。
あの国には、ずっとミルに見守られているという人々の気持ちがあった。
いまのこのホウライには、はたしてなにが残っているのだろう。
「なんとか、しないとね」
ミルが呟く。
「この島を愛したヘリウロスのために、できることを考えないと」
強い覚悟をもって、少女はそう宣言する。
おれも同じ気持ちだった。




