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第37話 蠢く過去の残滓

 ホウライ東部の伝承について、西部で調べられる限りのことは調べた。

 どうも、東部の古い国々は隠しごとをしているように思えたからだ。

 大陸人の排斥も、古い国々の上層部が大陸に隠したいナニカを抱えているからだと考えれば納得がいく。


 他にも、いろいろと考えたくなることがある。

 以前に、この地の人々は纏の基礎ができているといったが……。

 できすぎているのだ。


 いやほんと、なんだこの戦闘民族、ってくらいスムーズに纏を習得する。

 アイシャにいわせると、霊気の吸収に優れた身体に進化した民族、とのことである。

 そんなことがありえるのか、と尋ねたところ、彼女は腕組みして考え込んでしまった。


「なにか、思うところがあるのか」

「すまぬ。もう少し考えさせてくれぬか」


 そういったきり、押し黙る。

 無理に聞き出すわけにもいかず、その会話はそれまでとなった。

 そういうわけで……。


 このホウライの地には、なにかある。

 おれは、そう確信していた。

 ただの直感だが、おれのこういうときのカンは当たる。



        *



 王の住居にもかかわらず、屋敷に門衛はいなかった。

 飛び込んだ屋敷のなかは、おそろしく寒い。

 口から出る息が白かった。


 屋敷に守りがなかった理由はすぐにわかった。

 入り口の近くの通路で、兵士が数名、氷の彫像となっていたからだ。


「敵味方構わず、無差別……。ここの王ってやつがなりふり構っていないのか、あるいは……」


 あるいは、この現象を起こした存在が暴走しているか。

 そっちの可能性が高そうだな、とヒトの気配がしない板張りの廊下を歩きながら考える。

 さて、儀式が行われたとしたらこの屋敷の地下のはずだが……。


 地下への階段は、屋敷の中央、謁見の間とおぼしき部屋で、あっさりとみつかった。

 隠し階段のまわりに倒れている男女が何人もいたからだ。

 切り傷を負っている者ばかりだった。


 儀式をしようという一派と、それを阻止しようという一派で争いがあったのだろう。

 結果から考えるに、勝ったのは儀式を遂行しようとした一派か。

 こんな自爆のような結果が出ているのだ、阻止する側もそれを知っていた様子だし、さぞ必死になったことだろう。


「デズモのときといい、この島の支配者ってのは自爆大好きなやつばっかりなのかよ」


 あるいは、外の者に服従することをそれだけ厭う者が多いのか。

 おれたち大陸人の嫌われようを考えると、ありうる話だな。

 自分たちや領民を殺してでも大陸人を排除しようっていうんだから筋金入りだ。


 それに賛同する者ばかりではないと思いたいし、巻き込まれた方としては迷惑極まりない。

 ほんと、いったいどうなっているんだか……。


 石造りの階段を降りると、巨大なドーム状の空間に出た。

 周囲の石壁が淡く輝いていて、明らかにこの島の技術じゃないし、大陸の技術でもない。

 旧人の遺跡だ。


 ドームの中央で、凍りついた人柱が十本くらい。

 そして人柱の中央で、身の丈がヒトの倍くらいある白いなにかが不気味に脈動していた。

 巨大な宝石のように鉱物のような輝きを放ちながら、ぐねぐね動いている。


「なんだ、これ。魔物なのか?」


 おれの呟きに反応して、脈動する白い鉱物が強烈な冷気を吹きつけてくる。

 おれは霊剣クリアを構え、全身に纏をまとって冷気に耐えた。


「参ったな」


 気づいてしまう。

 この攻撃を、おれは知っていた。

 水門の秘伝だ。


 おれが知る限り、これを使いこなしていた水門の皆伝者はただひとり。

 ただし、それは五百年前の知識で……。

 いま、その人物は墓のなかにいるはずだった。


 邪竜を討伐した七人のひとり。

 そのなかでも、聖楯として名高かったもの。

 すなわち。


「ヘリウロス、おまえなのか」


 目の前の蠢く巨大な宝石を凝視する。

 港町に、墓があった。

 どうやって死ぬことができたのか、と思った。


 親友だった。

 ライバルでもあった。

 五百年の間になにがあったのか、ずっと疑問だった。


 そんなものなにもかもをすっとばして、いま。

 目の前に、かつてのあいつと同じ技を使う異形のなにかがいる。

 ふたたび、一瞬で凍りつきそうな冷気の波が押し寄せてくる。


「半月」


 おれは剣を振る。

 弓なりの衝撃波が冷気の波を押し返す。


 あいつとは何度も戦った。

 模擬戦のときもあれば、わりとガチめにやりあったこともあった。

 だから、あいつの技の対策は、だいたいできていた。


 にもかかわらず、おれの半月は弾かれた。

 すさまじい冷気の波に、おれは数歩、後ろに下がらざるを得ない。

 纏のおかげで四肢が凍りつくことはないが……。


「ヘリウロスより霊気が強いのか?」


 さらに冷気の波が飛んでくる。

 おれはさきほどより霊気を込めた半月を放ち、こんどはしっかり相殺してみせた。

 よし、これくらいか。


「こっちにだって、五百年間の瞑想で膨れ上がった霊気があるんだ」


 もういちど、襲ってきた冷気を半月で弾き、前進する。

 蠢く巨大な宝石が、びくりとその身をすくませた。

 怯えている……のか?

 

 だったら……。

 おれは、にやりとする。

 おまえは、ヘリウロスじゃない。



        *



 のちに聖楯と呼ばれることになるヘリウロスとおれが出会ったのは、ミルを光輝教の異端派のもとより救出してから二年後のことである。

 当時、彼は二十四歳。

 帝国第三方面軍で一部隊を指揮していたが、上司と対立して帝国軍を辞し、帝都の酒場でやけ酒を煽っていたところだった。


 おれからすれば、ガタイのいい男が、仲のいい傭兵と殴り合っていたという場面を目撃したわけで。

 まぁ、ノックアウトされた知り合いのかわりに喧嘩を引き継いでもいい場面だろう。


 おれはヘリウロスと殴り合った。

 結果からいうと、数時間後、めちゃくちゃ仲良くなっていた。


 あとから聞いた話によると、それはヘリウロスにとって人生で初めて呑んだ酒で、少しばかり羽目を外してしまったらしい。

 それはそれとして、「きみとの殴り合いはとても気持ちがよかった」とさわやかに語る彼をみていると、なんだかいろいろ不安になったものだ。

 帝国軍の一部で男色が流行っているのは有名だったし。


 蒼い長髪に赤い瞳、背の高さはおれより頭半分くらい上。

 通りすがった女性が思わず振り返るような美貌の持ち主で、めちゃくちゃガタイがよく、有名貴族の次男坊だからか仕草も優雅。

 キザで、いつも恰好つけていて、でもそれがすべて本心からの言葉なあたり救いようがないほど……いいヤツだった。


 そう、聖楯ヘリウロスは、めちゃくちゃいいヤツだった。

 羽目を外すほど呑んだのはあのときいちどきりだったが、呑みにいくとなればいつもつき合ってくれた。

 いろいろいっしょに馬鹿もやったし、どんなときもいいわけひとつせず、ミルやナズニアの説教をおとなしく受けて……。


 七人でも、おれとヘリウロスは特に親しい間柄だったと思う。

 おれが、皇女を好きになったとき、まっさきに応援してくれたのもあいつだった。

 その道のりの困難を知りながら、ならば共にその先を目指そうと語ってくれた。


「コガネ、ぼくはね。きみが帝国を変えてくれると、きみならば帝国を善き方向に導いてくれると、そう信じられるのだよ」


 そんなキザなことをいっていたようにも思う。

 あいつのことだ、本気でそう語っていたに違いない。

 結局のところ、おれはあいつの期待に応えるどころか、なにひとつできないまま帝国は崩壊してしまったのだけれど……。


 裏表のない性格、という言葉が彼ほど似合う者はいなかった。

 恐れを知らぬ勇士でもあった。

 あの邪竜アイシャザックを前にしても、一歩もひるまずトレードマークの大楯を構え、最後まで皆を守り続けた。



        *



 そんなやつが、どうしておれの斬撃ごときでひるむだろう。

 おれは冷気の衝撃波を剣で弾きながら確信する。


 あいつは、ヘリウロスじゃない。

 おれは確信をもって、もう一歩、踏み込む。

 蠢く宝石は、自分では移動できないのだろう、ただ怯えるように震えるだけだった。


「民を襲う災厄は、ぶっ潰す」


 霊剣クリアで、また冷気の波を弾く。

 さらに、一歩。

 目の前に、脈動する巨大な白い宝石。


 おれは、それに手を伸ばす。

 嫌がるように、身もだえするように、宝石が蠢き……。

 そのとき、ドーム状の天井が崩れた。


「待て、コガネ! それは封印である! 破壊してはならぬ!」


 天井の穴からアイシャが飛び込んできた。


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