第31話 はじめての戦争
この島の会戦では、まず遠距離から魔術師が攻撃魔術を行使しあい、可能な限り相手を削るのがセオリーだ。
防御魔術が発達しているため、この段階で決着がつくことはまずない。
弓矢についても同様で、盾もあれば風の魔術による防護もある。
次に、基礎的な纏を使って筋力を増幅させた歩兵同士が、身の丈の五倍はあろうかという長い槍を構えて、それをばしんばしんと叩きつけあう。
当たりどころが悪ければ骨が折れるし、そうでなくても数人でひとりを叩けばたまらず下がるか、倒れてしまう。
そうして隊列に穴をつくって、押し込む。
乱戦になったら槍を捨てて剣の出番だ。
腕の立つ剣士が霊気をまとって切り込み、相手の傷口を広げる。
敵が逃げ出したら、全員で追い討ちして……騎兵の出番もだいたいここだな。
大陸では、主力となる歩兵は農民を徴用してまかなうのだが、この島では兵士の大部分が専業兵士である。
農民を兵士として徴用してもあまり役に立たないとされているのだ。
このあたりは纏の技術の発達ゆえだろう。
大陸とは、単純に兵士の質が違う。
農民でも纏の基礎を使える人はけっこういて、そいつらは農閑期には出稼ぎで兵士になって、主力に組み込まれるんだけどね。
大陸で一騎当千といわれたヤツでも、この地じゃそこまでの無双はできないんじゃないかな。
そのうえで、この地でも一騎当千、といわれているヤツはいるので……頭抜けた武芸者というのはどこにでもいるものだ。
こんご、そういうヤツが敵として現れることも充分、想定しておかなければならないだろう。
おれとしても……へへ、楽しみで仕方がない。
ま、それはそれとして……。
「領主さま、敵が前進してきます!」
ばしん、ばしんと槍が地面を叩く音が地鳴りのように響く。
連合軍の兵士は横に二百人ほど、それが等間隔で広がって、ゆっくりと距離を詰めてくる。
こちらを取り囲むべく、両端が扇状に広がっていた。
対するボウサの兵士は、先頭の百人が全員、身体全体を覆うほど広い盾を構えている。
いつでも墨盾を発動させられるようにして、腰を据えた守りの体勢だ。
その後ろには、長い槍を縦に構えた兵士が三百人。
おれはその後ろに立って、まだだ、まだだぞと声を張り上げている。
兵士たちは気が高ぶって、こうしていないと飛び出しかねないと、よく知っていた。
駆け出しのころのおれがそうだったからな……。
やがて、連合軍の兵士がボウサの前衛と接触する。
長い槍が、盾を叩く直前……。
「気張れぇっ! 墨盾!」
おれが叫ぶ。
前衛が一斉に墨盾を発動させ、連なる大盾が堅牢な壁と化した。
敵軍の長槍が弾かれ、これを握っていた兵士たちが反動でひっくりかえる。
「今だ、二列目、突けぇ!」
大盾の隙間から、こちら側の槍が突き出される。
串刺しにされた敵軍の兵から、いくつもの悲鳴があがった。
「一歩ぉ、前進っ!」
墨盾の壁が、ずいっと前に出る。
数に勝る敵軍が、気圧されたように下がる。
おいて行かれた先頭の兵士たちが墨盾を発動した前衛に踏みつぶされ、あるいは大盾を叩きつけられてカエルが潰れたような悲鳴をあげる。
左右に展開していた敵兵は、ここぞとばかりに盾の側面から攻撃しようとするが……。
こっちだって弱点はわかっている、ここには精鋭を配置してあった。
精鋭たちが迫る槍を切り払い時間を稼いでいる間に墨盾を発動した兵士がさらに前進、敵軍の穴を押し広げる。
「もう一歩ぉ、前へぇっ!」
二列目、三列目の槍持ちの兵士が、転んでおいて行かれた敵兵を確実に仕留め、それに続く。
阿鼻叫喚の地獄絵図のなか、敵軍が全面崩壊するまでに、さほど時間はかからなかった。
追撃戦に移り、槍持ちたちが次々と背中を向けた敵兵を刈り取っていく。
墨盾により壁の役目を果たした兵士たちは、その場でへたりこんでいた。
まあ、無理もない。
これを長時間続けるためには、まだまだ訓練が必要だろう。
むしろ、たった半月でよくここまでできたものだ。
おれは彼らに労いの言葉をかけ、追撃に移って戦場の熱気にあてられ、狂乱している味方を適当なところで引き戻す。
追撃戦は戦果を上げる絶好の機会だが、だからといって深追いは危険だ。
こんなところで味方を損耗したくない。
いまのところ、怪我を負った数人以外、被害は出ていないしな。
対して敵軍は、ざっと戦場を見渡す限りでも二百人から三百人は倒れている。
捕虜と負傷者も含めれば、全体の半分くらいは次の戦いに出られないんじゃないか。
まーこっちで捕えたやつらは、アイシャが帰還するまで生きていたら治療してやろう。
いちおうボウサにも治療魔術が得意なやつはいるので、そいつらに任せてなるべく回復させたいところである。
なにせ彼らの領土は、これからボウサのものとなる予定なのだから。
この場で負傷して捕虜にしたやつらも、ボウサの兵士として活用する予定である。
なあに、報酬はしっかり払ってやるさ。
「おまえら、よくやった! 死体を埋めたら、今日はこの近くで野営して、明日は前進する。侵略者どもを国境まで追い立てて……あとはそのときの判断だが、弱ってる方の国から食っていくぞ」
ここで手を緩めるのはナシだ。
後方と連絡をとりつつも逆侵攻をかける。
軍事費用や補給のことを考えても、一気に終わらせるべきだろう。
*
斥候、間者を、この島ではシノビと呼ぶ。
かつてのおれたち七人でいえば、ナズニアがそんな役割を担ってくれていた。
あいつの場合、都市部で人に紛れて情報収集するのが専門分野だったから、この島でいう草の役割も果たしていたのだろう。
領主交代時、ボウサのシノビ組織はお粗末極まりなかった。
なんでもシノビ組織はコストがかかりすぎると前領主に予算を削られ、愛想がつきた彼らは別の国に去っていってしまったのだ。
それ以降、ナカガクとデズモの軍勢はこっちのウィークポイントを的確に突いてくるようになったらしいので……まあ、そういうことなんだろうな。
土下座したところで彼らが戻ってくることはないだろう。
戻ってきてくれるとしたら、ナカガクとデズモを滅ぼしたあとである。
ってことで、シノビについては南の港で金をばらまいて集めた。
専門の斥候がいない軍隊なんて、目をつぶって森を歩くようなものだ。
どうぞ殺してくださいと宣言しているようなものである。
というわけで、ここばかりは派手に散財させてもらった。
ミルも諜報の重要性はよく認識しているから、うぐぐと唸っていたものの文句はいわない。
むしろ私物を売り払おうかとまでいいだしたので、それは最後の手段にしろと止めた。
あいつの私物って、宝石ひとつとっても小国ひとつくらい買えるものだったりするからな……。
おれの霊剣クリアだって世界にふたつとない武器だし、かつての七人のガチ装備はみんなそうだ。
もっともおれの持ち物の大半は五百年のうちに失われたみたいで、霊剣クリアをミルが買い戻したときも、目玉が飛び出るような金がかかったらしい。
ミルは「お金なんていらないよ。これはわたしからのプレゼント」と笑っているが……うん、いつか、借りは返す。
そんなわけで、大枚はたいて手に入れた斥候部隊のうち十数名が、逃げたナカガクとデズモの軍勢を追跡し、逐次その位置を教えてくれる。
おれは自軍の四百名のうち百名ほどを捕虜の移送や万一の守備に残し、残りで連合軍を追いかけさせた。
といっても、すでに両国の軍勢はばらばらになっており、三々五々、自国領に逃げ帰る途中である。
「ナカガクとデズモ、どちらを先に落とせばいい?」
おれはシノビのリーダーの男に訊ねた。
ミルから、軍の動かしかたについては一任されている。
カサイ一党、と名乗る彼らのリーダー、カサイは、浅黄色のフードで隠した顔をうなずかせた。
「我々は意見を出すべき立場ではありません」
「軍を動かした責任をとるのは、おれだ。ナカガクとデズモ、どちらを先に攻めれば今後が楽になる?」
「では、ナカガクですな。ナカガクは隣国が少なく、またそれらの国々も此度の事態に静観の姿勢をとっております。デズモは軍備こそナカガクに劣りますが、東方交易路に近く、各国の注目度も上です」
そういう意見を聞きたかったのだ。
おれは軍をナカガクへ向けた。
*
翌日には国境の林をさっくり抜けて、敵国領へ足を踏み入れる。
最初にたどり着いた村では、村人たちがひとりもいなかった。
井戸に毒が入っていないか警戒したが、そういうことはなさそうだ。
「森に隠れたようです。居場所もだいたい掴んでありますが、どうなさいますか」
カサイが告げる。
優秀な斥候はほんとに助かるわ……。
高い金を払っただけはある。
「放置でいい。遠からず、おれたちの民になるやつらだ。挨拶はそのあとでいい」
そう告げて、軍を通過させる。
畑を踏むのはなるべく避けて、略奪は許さない。
そのぶん、報酬で報いるとしよう。
その日の夕方に、野営のテントを張ってる最中に、ミルがひとりでやってきた。
軍隊を、ひとりの少女が呑気に追いかけてきた様子は、あまりにも間抜けというか奇妙というか正気を疑う光景だが、おれたちくらい身体強化ができると、もう同行者は邪魔でしかないんだよなあ。
ちなみにミルは、ボウサの町からここまで半日で走ってきたとのことで、それを聞いた兵士たちが白目を剥いていた。
纏で身体強化したうえで、闇の魔術も使ってるな。
東方では西方と多少、魔術の体系が違うため、大陸の西に存在する特殊な魔術ってことでごまかせる気はするけど。
で、そのミルはおれのテントにやってくると、シャドウ・ポケットからどさどさ米俵を出した。
「へっへー、愉快で便利なミル商会でーす。医療品の補給も、多少はあるよー」
「領主代行が自ら兵糧を持ってくるなんて、普通は思わないわな……。もしおれたちの軍を監視してるやつがいたら、どこからか飯を略奪したんだろうとしか思わないぞ」
「それも狙い、なんだよね」
この愉快なミル輸送については、ごまかせる限りはごまかしておきたい。
明らかにおかしいと思われるのは、オーケーとする。
兵士たちの口から洩れるのは時間の問題だしな。
どっちみち、この先、軍が何千人ッて規模になればミル輸送程度じゃ焼け石に水となる。
いまくらいの規模がいちばんシャドウ・ポケットを活用しやすく、だからこそいま惜しみなくこれを投入して領地を切り取る。
「それじゃ、コガネ。まったねー」
ミルは兵士たちにも手を振って、軽い足取りで帰っていった。
その姿がみるみる遠くなり、やがて豆粒となり、地平線の彼方へ消える。
兵士たちも、カサイ一党までもがぽかんと口を開けていた。




