第29話 領主コガネ
本日、書籍版『監獄勇者のやり直し』発売ゆえ、もう一話更新。
どうしてもみてみんにアップロードできないので書影を張り付けるのは諦めました。
こちらのURLを見ていただければhttps://fantasiabunko.jp/special/201909kangokuyusya/
コノエ、とこの地の人々が呼ぶゴーレムは、人間よりひとまわりおおきなタイプで、四本の腕を持ち太い樹の幹すらへし折る怪力を持った戦闘タイプだ。
ずっと昔、いまから少なくとも三百年以上前に、いまはもう名前も忘れられた魔術師が開発し、五百体ほど生産されたあとその技術は失伝した。
現在、動いているのは長い歳月を生き残った個体だけで、共食い整備で数も減り、現存しているのは百体あるかないかであるらしい。
戦闘力はすさまじく、一体で兵士五十人に匹敵する。
傷を受けても自己修復するうえ、主人の命令は絶対らしい。
コノエの最大の弱点は、脚部が車輪式でちょっとでも不整地となるとたちどころに動けなくなってしまうことである。
よって基本的に、戦争には用いることができない。
せいぜい、拠点を攻められたときの最後の防衛用だが……コノエを投入するような段階ともなれば、おおむね負けは確実であろう。
とはいえ、領主がコノエを三体も侍らせていれば領民としては逆らうことも難しい。
国内に対する締めつけとしては便利このうえない。
……これさあ、絶対、ネハンのやつがやらかして、やらかしに気づいたから生産施設を破壊してトンズラしただろあいつ。
ネハンは賢者と呼ばれるほど頭がよかったけれど、自分の足もとは見えていないタイプ……というかめちゃくちゃ迂闊なやつだった。
よく、斬新な作戦や革新的な技術の提案をしては、アルネーやナズニアのツッコミを受けて悶えていたものである。
この場合、即座にそういう指摘ができるアルネーやナズニアがすごいんだとは思うけどさ。
で、そんなコノエによりかかっていた前領主のかわりに、おれがこのボウサという町の主となったわけだが……。
ボウサの町とその周辺の村が四つ。
ボウサという国の領土は、それですべてである。
西や北を森や山に遮られているため、隣接している国は東にふたつ、南にひとつだけ。
その南の国は、おれたちが来た港を持つ商業国家サライである。
商業国家のサライは大陸との出入り口のひとつで、伝統的に不可侵であるらしい。
ボウサは東のふたつの国とめちゃくちゃ仲が悪く、領土を攻め取ったり攻め取られたりを繰り返しているのだとか。
外交なんてろくに機能していない。
だからこそ、頭の悪い領主でも運営できていたのか。
あ、ちなみにその前領主は住民に殴り殺される前にアイシャとミルが助け出して、治療したうえで牢屋にぶちこんだ。
前領主に忠誠を誓う者は穏便に去らせるつもりだったけれど、兵士も役人も全員が残って、おれに忠誠を誓った。
驚いたことに実の息子すら、父である前領主を殺すべきといってきかないくらい急先鋒だった。
この前領主については、ミルすら「うーん、かばいきれないかなあ」と苦笑いするほどの人物である。
なにせ、ちゃんとこの地を統治する義務を果たしていないうえ……。
「愛妾さんたちもね、無理矢理、連れて来られたんだって。わたしが乗り込んだときも、ことの最中だったんだよ。その子、泣いてたから……わたしもちょっと、怒っちゃった」
ちなみにその愛妾さんたちというのは、いちばん年齢が高い子でも十二、三歳の……。
全員が、男の子であった。
村や町から無理矢理に集められたらしい。
この国では、大陸西部と違い、わりとそういう趣味が流行っているとのことではあるのだが……。
「あのさ、コガネは、領主になったからってそういう趣味にならなくていいからね」
「ならねえよ。頭が湧いてんのか」
「だ、だって。コガネ、割と流される性格だし」
そこは流されねえよ!
ミルてめえ、おれのことをなんだと思っているんだ。
おれがあのかたに懸想してたのを知ってるくせに。
「コガネってノリで生きている感じ、けっこうあると思う」
「うむ、それは同意である」
アイシャてめえ、そこで同意するんじゃねえ!
だいたい、領主さまに向かっておまえら何様のつもりだ!
そう、おれは領主さまなんだぞ! 偉いんだぞ!
「何様、と申しても、のう。実際に書類やらなにやらを片づけているのはミルであろう」
そうなんだよな……。
ミルのやつ、さすがに自分の国を五百年間、おおむね頑張って統治していただけはあって、山ほどあった陳情や各種トラブル、配下のもめごとや課題なんかをぱぱぱっと数日で片づけてしまった。
役人たちは、もはやおれなんかに目もくれず、全部の相談ごとをミルに持っていく始末である。
前領主はこのへんの仕事もさっぱりであったらしい。
おかげで、たったの一年でボウサはぼろぼろになってしまった。
ミルはこの数日というもの、寝る間も惜しんでそれらの問題の解決に駆けまわっていたのである。
「補佐官どの、補佐官どの」
と皆に頼られ、背筋を伸ばしてよく通る声でテキパキと指示を下していく、白髪の少女。
またたく間に、彼女はボウサの救い主となってしまった。
……おれは?
ちなみにその間、アイシャはこの地方の料理を食べ尽くし、芝居を見学し、町の子どもたちと無邪気に遊んでいた。
人生を満喫しているようで何よりだなあ、おい。
「いい、コガネ。適材適所、だよ。コガネはそこでどんと座っていればいいの。めんどくさいことは、わたしが片づけておくから」
「うむ、ミルは良妻賢母の鑑であるな」
「うふふ、戦は任せましたですわよ、あ・な・た」
ふざけてシナをつくるミルの頭を、ぽこんと叩いた。
ひとをからかうのもいい加減にしろ。
こっちはこっちで、兵士の調練とかやってるんだぞ。
「えへへ。コガネ、軍隊はどう?」
「ひどい。控えめにいって、かなり厳しい」
なにせ、先代でしっかりやっていた士官が軒並み逃げ出してしまっている。
無理無茶無謀を命じられて命令違反した同僚が妻子ともどもひどい目に遭う様子を見てしまえば、そりゃ逃げるわなあ。
有能な下士官とか、戦乱のこの島では引く手あまただろうし。
同時に人材募集も行い、おれじきじきにテストして合否を決めている。
合否、といってもとにもかくにも人が足りないわけなので、よほどのことがない限り採用である。
性根の腐ったやつは叩きなおせばいいし、体力のないやつも鍛えればいい。
これまで落としたのは十二、三歳の子どもとか、腰が曲がった老人とかで……そいつらは金に困ってるとのことなので領主屋敷の仕事を斡旋しておいた。
これまでの領主があまりにもひどすぎたせいで、掃除炊事の要員すら足りなかったのである。
「でもさ」
畳敷きの、この島では普通の執務室にて。
アイシャとともにおれの目の前で書類仕事をこなしながら、ミルは楽しそうにいう。
「まずはこれをこなさないと、ヒトを探すどころじゃないよね」
そう、おれたちがわざわざ領主なんてものを引き受けた理由は、ヒト探しである。
ナズニアによれば、このホウライに、バハッダとヘリウロスが居を構えていたらしいのだ。
おれたちが大陸を横断してこの島に来たそもそもの目的は、五百年ぶりにこのふたりに再会するためであった。
ヒト探しといっても彼らの居場所は、すでにわかっている。
墓の中だ。
ホウライを訪れて最初の港町で、おれたちは狩聖バハッダと聖盾ヘリウロスの墓にお参りしている。
さすがに墓を暴くことまではしなかったが、そもそも何百年も前の墓だ、遺骨があってもすでに土に還っているだろう。
わけがわからない、とはこのことだった。
五百年前、おれたち邪竜を退治した七人は全員、不老不死になったのではなかったのか。
死にたくとも死ねないのではなかったのか。
唯一、アイシャが邪竜としてのちからで霊気を奪うことでのみ、常命の者に戻れるはずだった。
おれとミルは、そうして限りある命のヒトに戻っている。
だからこそ残りの五人を探していたのであるが……。
どうして、バハッダやヘリウロスは死んだのか。
いや。
どうやって、彼らは死ぬことができたのか。
そもそも彼らが本当に死んだのかどうか。
墓が偽装で彼らが生きているならどこにいるのか、どうすれば会うことができるのか。
それらを調べることが、これからの課題であった。
ゆえに、ヒト探し、といっているのだ。
本当に探しているのは、あの墓が建てられた経緯を知る者である。
そんな人物が、はたして存在するのかどうかもわからないが……。
「バハッダは、常識人だったから」
ミルの言葉の通り、かつての仲間たちでも偵察兵として活躍した巌のような男は、無口で人見知りするが、根は気のいい奴だった。
町の暮らしが苦手で、休暇があると森に籠り、ひとりで狩りをしているような偏屈ものだった。
酒に弱く、ほんのちょっと酒精が入るだけでひっくりかえっていた。
命とは巡るもの、ヒトはいつか大地に還るのだ、という価値観の持ち主で、不老不死になったことに戸惑っていた。
いや、あのとき戸惑っていたのは全員だったのだが、バハッダは特に困惑していたように思う。
こんなことは望んでいなかった、とはっきり告げていた。
だから、もし本当に死ぬことができたのなら、それは幸いなのだ、というのがおれとミルの一致した見解だった。
もう二度と会えないのは残念なことだが……それでも、死は解放であるのだと。
やつから霊気を取り戻せなかったアイシャはひどく荒れたが、最終的には「どうやったか、が問題であるな。まずはそれを調べてみるべきだろう」ということで意見がまとまった。
よってひとまず、このホウライでも文明の中心地である東方の都ケイを目指すかと、船をひとつ貸しきったものの……。
おれたちの乗った船は、ケイへの立ち入りを拒否された。
大陸人であることが理由だ。
それどころか、陸の要塞から無数の魔術砲を撃ち込まれ、危うく船が沈むところだった。
ほうほうのていで逃げ出し、もとの港に戻った。
仕方なく、陸からケイに向かおうと港の北へ街道を歩いて……。
いま、こうして、ボウサの領主に収まってしまったわけである。
これはこれで悪いことではない、というのがミルの意見だった。
「このまま徒歩でケイへ向かっても、きっと大陸人ってだけで立ち入り禁止だよ。それは大陸人に信用がないから。向こうが、対等に交渉するような相手じゃないと侮っているから。だったら、わたしたちがするべきことは、ケイが姿勢を正して迎えなきゃいけないような立場になることじゃないかな」
そもそもケイでやりたいのは、仲間がどうなったのかという調査だ。
ただの風来坊では情報を調べるにも限界が出てくる。
権力を持つことは、深層に隠れた情報を引き出すための最適解のひとつだ、というミルの言葉は、ちょっと前まではとある国で権力の頂点にいた者の言葉であるから、たいへんに重みがあった。
もっともその権力では、おれがどこに捕まっているかも五百年間、わからなかったのであるが……。
そのへんは、戦乱が続いている間、どうしても国家間の情報の流通が滞るのだ、という話である。
大陸西方では、強大を誇った帝国が崩壊し、経済の基盤も技術も、多くが失伝してしまっていた。
このホウライでは、戦いに関する技術や一部の魔術は発展を続けているようだが……。
「いっそ、このホウライの戦いを終わらせるのも手かもしれぬな」
アイシャはそんな、無茶なことをいいだす。
あのなあ、どうやって終わらせるんだよ。
いや、なんとなくこいつが考えていることはわかるけどさ……。
「この地を足がかりに島を制覇するのだ!」
「やだよそんなの。面倒くさい。そこまですることないだろ」
「ええい、やる気が足りぬ! もっと気合を入れよ、気合を!」
うるさいうるさい、おれはそういうのに向いてないんだ、たぶん。
政治には陰謀とか陰謀とか陰謀とかが関わってくるし、五百年前、それで見事に排除されたのがこのおれだぞ。
「そっちは、わたしもがんばるよ。えへへ。少しはお手伝いできると思う。……それに、この島全部をってのはたいへんだけど、ある程度情報が入ってくるまでは頑張りたいよね」
「だったら、それだけの権力を持つやつに取り入る方がマシじゃないか」
いちおう、別案を提案してみた。
ミルは、とてもいい笑顔になる。
「コガネ、誰かの下で働くとか……やりたい?」
「ごめんこうむる。もう、そういうのは嫌だ」
かつて聖女と呼ばれた少女は、「でしょう、でしょう」ところころ笑う。
ふわふわ雲のように、呑気に、やさしく。
「だったら、自分たちでイチから権力を取りにいくしかないよ」
「そういうことになるのか。……仕方がない、のかねえ」
「うんうん、仕方がないんだよ。だから、がんばろっ」
ぐっと拳を握るミル。
見事に乗せられている気がする。
ミルとアイシャが顔を見合わせうなずきあっているから、きっと実際に、うまく乗せられているのだろう、おれは。
うーむ、これは……。
まあ、いいのか?
ミルの目的はおれと同じく、かつての仲間たちに会うことだし、アイシャの目的はそいつらから霊気を取り戻すことだ。
一点、アイシャとおれたちの目的が対立する場合というのは、おれたちの前に現れたかつての仲間の誰かが、邪竜の霊気を奪われたくないといいだすことであるが……。
これまでの感じだと、それをいいだしそうなのはナズニアかね。
ミルが聖女ではなくなったタイミングでおれたちに伝言を残してきたナズニアのやつは、きっとおれたちが不老不死じゃなくなったことにも気づいてるはずで、なのに姿を現さないってことは相応の理由があるんだろう。
その辺が薄々、わかっていたからこそ、アイシャもあえてナズニアの痕跡を追おうとはいわなかった。
まあそもそも、もともと密偵としての能力が高いナズニアが自分から隠れてしまえば、そうそう発見はできないのだけれど。
「わかったよ。とりあえず、ミル、きみが嫌にならないうちは領主ごっこにつきあってやる。嫌になったらいってくれ。ほっぽり出して逃げるぞ」
「もー、コガネは無責任だなあ。でもわかったよ。わたしだって、もうあと、百年も生きられないわけだからね。そうそうのんびりしてはいられないよ」
そういう割には、ミルは呑気に「さって来年の収穫は、っと」なんてずいぶん後のことまで気にしている。
今は冬になったばかりだぞ。
この島は大陸西方より温暖だから、冬でも戦争ができるっぽいけど。
「とりあえず、適当に東に攻め込むか? なんならおれひとりで」
「やめい。まずは周辺の状況を把握してからである。いましばらくは調練を続けておれ」
むう、やっぱりこういう待ちは好かない。
次回更新は1日あけて22の夕方あたりになると思います




