第28話 ホウライ
再開します。
本日9月20日、監獄勇者のやり直し、ファンタジア文庫より発売です。
https://fantasiabunko.jp/special/201909kangokuyusya/
今回出版にあたり、ペンネームを瀬尾つかさに変更してあります。
書き下ろしもついて色々手直しもして、けっこう頑張りました。
よろしければ店頭でお手にとってみてください。
大陸の極東にはホウライという島がある。
ホウ人と呼ばれる、黄色い肌の人々が住む島だ。
昔は言葉すら大陸と違ったらしいが、今は少し変わった風習を持つ程度である。
緑豊かで山がちな地形ながら、数万人規模の大都市が複数あるという。
おれのかつての仲間のひとり、賢者ネハンがこのホウライの出身である。
そんな島に、いま、おれたち三人はやってきていた。
ホウライ島の西の果て、ボウサという名の町の入り口付近。
南の港町から繋がる道を三日ほど、森を抜けたばかりの小高い丘に建てられた町だ。
おれたちは、木柵に囲まれたその町の入り口にいた。
「ねえねえ、みてみて、コガネ。お馬さんがちいさいよ。大陸の馬とは全然違うね」
「ふうむ、住居が木でできているのだな。竜のころは、細かいところに頓着しておらなんだ。改めてヒトの目でみれば、新鮮なことばかりである」
「ふたりとものんびりしすぎでは?」
おれは思わず、呑気に周囲を見渡しているミルとアイシャにツッコミを入れる。
なぜならば。
いま、おれたちは町の入り口で数十人の兵士に囲まれているからだ。
革鎧に身を包んだ彼らの身のこなしは、腕利きの専業兵士のものだった。
五百年前の帝国兵としても充分通用するだろう。
この島の兵士は質が高い、と聞いてはいたが……こりゃ、たいしたものだ。
「おとなしくしろ! 武器を捨てて地面に手をつけ!」
「ふてぶてしい顔をしやがって。大陸から来た怪しいやつらめ、何をたくらんでいる!」
「領主さまから、不審な輩は容赦なく取り締まれと命令が出ている。ついてきてもらおうか」
前列の兵士たちは皆、長い槍を構えていた。
おれたちが少しでも不穏な動きをすれば、串刺しにしてくるだろう。
ほんと、戦に慣れているな。
ホウライでは無数の小国が乱立して戦国時代だって話は聞いていた。
常にこのホウライ西方では、しょっちゅう小競り合いが起こっているらしいが……。
「ただ道を歩いておまえらの町に入ろうとしただけだろう。ちゃんと関所で通行税も払った」
「大陸人のくせにこの国の銭も用意してあるとは、怪しいやつ」
駄目だこれ、話にならん。
大陸人に対する偏見が強い島だとは聞いてはいたが、これほどとは。
言葉が通じるとみせかけて、聞く耳をもたないなら意味がない。
「仕方がない、やるか」
「コガネ、あんまりいじめちゃ駄目だよ」
「そう思うならミルも手伝え」
腕まくりするおれに、ミルは、うーんと首をかしげる。
「わたしは、こんな強引なことする親玉さんをおとなしくさせた方がいいと思うけど」
「おぬしがやるのか?」
「わたしが適任でしょ。《永劫の深淵、冒涜の囀り――》」
アイシャの質問に返事をしたミルは、マイペースで魔術の詠唱に入った。
おいこら、いきなりかよ。
案の定、「殺せ!」と兵士たちが一斉に殺気立ち、四方から同時に槍を突いてくる。
そりゃ、そうだ。
相対した魔術師が呪文を詠唱しはじめたら、戦いの合図になるに決まっている。
この地にだって魔術師はいるし、属性によっては大陸より発展しているものもあるという。
「護衛はいるか」
「《――虚空の陥穽、銀の海――》」
ミルは呪文を詠唱しながら首を横に振る。
自分ひとりで充分、ということだ。
「仕方ねえ」
おれは霊剣クリアを抜き放ち、ミルとアイシャに迫る槍を払った。
槍の穂先が粉々に砕け散る。
柄の部分だけになり勢いがついて突撃してくる兵士たちの足を払う。
「《――そは輝きの道なり》」
ミルの詠唱が完了した。
次の瞬間、彼女の姿がかき消えた。
兵士たちが目をおおきく見開く。
そうなんだよな、ミルは攻撃魔術を詠唱したわけじゃない。
でも兵士たちには、そんなことわからないだろう。
だいたいミルの魔術は、本来、ヒトが使えるものではないのだから。
「《猛き大気の精よ、暴風となれ》」
アイシャのウィンド・ブラストが炸裂し、兵士たちの一部が弾き飛ばされる。
おれは「魔術師め!」とアイシャに掴みかかろうとする兵士を蹴り飛ばし、彼女の詠唱までの時間をかせぐ。
「《猛き疾風、荒ぶる旋風、集い集い満ち満ち、生まれよ出でよ渦巻く刃》」
おれたちを中心としてすさまじい嵐が巻き起こり、群がってきた兵士たちは吹き飛ばされ、近寄れなくなった。
さて、これで多少は時間を稼げるが……。
「あー、おまえら。これは不幸な事故、行き違いだ。同じヒト同士、話し合おうじゃないか」
「ふざけるな大陸人! ここまでやっておいて、そんなことできるわけがないだろう! 俺たちが領主さまに殺されるわ!」
「あー、領主への忠誠心、高いのか。噂だと、わがままで臆病で、領土を切り取られてばかりってことだが……」
兵士たちは顔を見合わせ、「だって、なあ」と呟く。
槍を破壊され風の魔術で吹き飛ばされ、おれたちに手加減されていることくらいはわかるらしい。
ひと当てで互いの力量差を理解するあたりも、戦慣れしている証拠だ。
こいつら、威圧的ではあったけど、アイシャやミルをみて好色そうな視線を向けなかったしな。
単純に大陸人の女性が好みじゃなかった、という可能性はあるけれど、ここは単純に規律がしっかりしている、と考えるべきだろう。
大陸でも紛争が絶えない地域では、女とみれば襲いかかる、金目のものを持っていれば殺して奪うことしか考えない兵士も多かったのである。
おれたちが通り抜けた、大陸のいくつかの地域は、そういった無法地帯であった。
だからこそ、こいつらがめちゃくちゃしっかりした軍人であることが理解できてしまう。
で、そのしっかりした軍人が、形だけは槍を構えたまま、殺意を消す。
おおきくため息をつく。
「余所者のおまえらにいっても仕方ないがな。いうことをきかなかった同僚の家族が斬られたのを見たのは、一度や二度じゃねえよ」
「あー、恐怖政治かー」
「どこも世知辛いのう」
おれとアイシャは顔を見合わせる。
目線だけで相談する。
こっちとしても、弱いモノいじめをしたいわけではない。
「ミル次第だな」
「で、あるな」
魔術による嵐が収まっても、兵士たちは遠巻きにおれたちを警戒するだけだった。
最初のころは見物の一般人もいたのだが、戦いが始まってからはいちもくさんに逃げてしまっている。
一般人も戦に慣れてる感じだ。
「そもそも、前のご領主さまは戦に強くていい方だったんだ。他国の領土をたくさん攻めて、奴隷をいっぱい手に入れてくれたんだ」
兵士たちは、世間話をするようにそんなことをいいはじめる。
お、おう、そうか。
奴隷制度、この国ではけっこう発達しているんだっけか。
そのへん、ちょっとおれたちとは価値観が違う。
少なくとも五百年前の帝国では、奴隷制が廃止されていた。
魔術の発達や五林の確立に伴い、単純に効率が悪くなってしまったからだ。
現在、大陸のおおくの国には奴隷がいるし、アイシャやミルいわく、そのへんは技術の衰退と密接に関係している、らしい。
「でも、先代さまは病気でぽっくり逝っちまってな。去年、その息子が領主になって……ぼんくらだとは思ってたが、あそこまでとはなぁ。でもコノエがついてるから、反乱を起こすわけにもいかねぇ」
「コノエ? 後ろ盾があるってことか」
「違う、違う。あー、大陸じゃなんていうんだっけか。からくり魔術で動く人形よ」
こいつらがいうコノエって、ゴーレムか?
この島でそんなものがひろく流通しているとは知らなかったが……。
いや、どうなんだろう。
「ただいまー」
気軽な口調で、ミルが姿を現す。
消えたときと同じく急に目の前に現れたのである。
シャドウ・ステップという離れたところに瞬間移動する魔術である。
闇の魔術だ。
そう、世界でもただひとり、彼女にしか使えない魔術。
アイシャが竜であったころの知識で教授しなければ活用できなかった、ミルの身体に満ちた闇の霊気の利用法である。
ちなみにこの魔術、影のあるところから影のあるところにのみ移動することができる。
今回の場合、町を囲む柵の影を伝って町の内部に侵入したのだ。
普通に考えると密偵としてこれ以上ない能力だが、あいにくとこの外見だけは十三、四歳に見える少女、いまひとつスパイのような行為に向いていない。
「えへへー、捕まえちゃったー」
と、姿を現した彼女は、でっぷり太った中年男の首根っこを左手でひっつかんでいた。
えいっ、とかわいらしい声を出して、その中年男を地面に転がす。
まわりの兵士たちが慌てた。
「りょっ、領主さまっ」
なお、領主と呼ばれたその男は白目を剥いている。
ミルの右手には いつの間にか身の丈よりおおきな大槌が握られていた。
霊槌ガウという名前で、精霊が鍛えたといわれている特別な一品だ。
振りまわすと雷がほとばしり、霊気をこめるほどこの雷のちからが強くなる。
ミルの霊気でぶんまわすと、大木すら焼け焦げるほどのぶっそうなシロモノであった。
中年男の着ている服が少し黒ずんでいることから、これが至近距離で炸裂したことは明白だ。
「護衛がいたのか」
「あ、うん、ゴーレム。火と土の魔術で動くタイプ。たぶんネハンが設計したんだね。そんなクセがあった」
「マジか! ネハンが……」
思いがけぬところにかつての仲間の痕跡をみつけたものだ。
ホウライに上陸してからまだ三日でこれは、なんとも幸先がいい。
「お、おい、嬢ちゃん。それで、あのおっそろしいコノエたちは……」
兵士のひとりが、おそるおそる訊ねる。
「あ、うん、三体で全部かな? 壊しといたよー」
歓声が、あがった。
つまりコノエってゴーレムは、ネハンが設計したんだな。
兵士たちだけではなく、いつの間にか近づいてきていた一般人まで、涙を流して喜んでいる。
「ざまーみろ! これでもうお前なんて怖くねえぞ!」
太った中年男に一般人が殺到する。
棍棒を手に襲いかかっていた。
この地の領主は、おれたちが止める間もなく、ぼこぼこにされていく。
というかおれもミルもアイシャも、呆然としていた。
なんだ、なんなんだ、これ。
うーん、まあいい……のか?
なんて呑気に構えていたら、今度はおれたちの周囲にも人が集まってきていた。
口々に褒めてくれる。
ただし、いってることがちょっとおかしい。
「領主さま! ボウサの新しい領主さまだ!」
「領主さまばんざい! ばんざーい!」
これは、どういうことなんだ?
きょとんとするおれに、アイシャが「しでかしたことの責任は、とらざるを得まい。適当なところで助けてやろう」と声をかけてくる。
「祝福するぞ、コガネ。おぬしがこのボウサの、新たな領主であるな」
いや待て、やったのおれじゃねえし。
ミルのせいだし。
「うーん、でもコガネがわたしたちのボスだからね」
「いつ決まったんだよそれ!」
「アイシャちゃんも、それでいいよね?」
アイシャは「うむ、無論である! それがもっとも、まとまりがよい」と胸を張る。
え、いやでも、おれの意志は?
そんな話、聞いてないんだけど?
あっけにとられていると、おれは領民たちにかつぎあげられ、領主の屋敷まで運ばれていく。
後ろから、アイシャとミルはにこにこ顔でついてくる。
こ、こいつら状況を楽しんでやがるな……。
「新しい領主さま、ばんざーい! ボウサばんざーい! コガネさまばんざーい!」
アイシャの入れ知恵で、おれの名前まで連呼されている。
町のなかには木製の家が並んでいるのだが、これらから次々と人が出てきて、ばんざいに加わる。
もう完全にお祭り騒ぎだ。
*
かくして、おれ、五百年を生きたかつての剣聖コガネは、このホウライに来て三日目にして、ボウサというちいさな町を支配下に置くことになった。
本当はここに書影を貼るはずだったのですが、みてみんさんが半日前くらいからずっと御多忙でエラーでまくりなのでのちほど。あるいは明日あたり……。
更新時間も、本当は18時くらいにしたかったんですけどねえ。




