第16話 浮遊機動要塞シャザム
しばしののち。
街を救ったおれたちは、混乱する現場から早々に立ち去り、教都を出た。
街の住人のうち、おれたちの活躍をみていた人々からは感謝の言葉を貰う。
「あんたたちのおかげで、たくさんの命が助かったんだ。あなたがたに光の導きあれ」
そう、真摯に祈ってくれた人々に背を向けるのは心苦しかったが……。
あいにくと、都市の上層部はおれたちの活躍を好ましく思っていないに違いない。
官憲に目をつけられる前に、姿をくらますに限る。
「けっきょく、あれ以降、教会のやつらは追ってこなかったのう」
「やつらも暇じゃなくなったんだろう」
さて、酒場で別れたあの男とは、うまく合流できるだろうか。
ちょっとばかり、気になることが多すぎた。
*
教都の外の森のなか。
おれたちは、細い獣道を東に向かう。
さきほどから、アイシャがやたらと考えこんでいる。
水を向けてみると、「なぜ、あんな大穴が開いて、そこから魔物が出てきたのか」と悩んでいるらしい。
「のう、コガネ。五百年前にも、この大陸では頻繁にあったのか」
「さっきみたいな襲撃が、か? まさか。街中で突然、魔物が出てくるなんて初めて聞いた。おれだってびっくりしている」
「なるほど」
なにがなるほどなのか、また彼女は思索に沈んでしまった。
特に遅れず歩いてくれるから、いいのだけれど。
街道を行くわけにもいかず、おれたちは森のなか、獣道を進んでいた。
さらに追及しようとしたところ、監視者の気配に気づく。
身構えたとたん、「待って、待ってくれ」と男の声が近くの樹の上から降ってきた。
見上げれば、さきほど酒場で別れた、クロウと名乗った男が太い樹の枝に座っている。
いや、いつの間にかその格好は、だいぶ変わっていた。
あのときは中年にみえたが、いまの彼は、せいぜい二十代前半の青年にみえる。
髪や目の色は同じなのに、いったいどうしたことだろう。
「変装……だけじゃないな。土の魔術に、変装に関するものがあるのか」
「まーねー。一般にゃ秘匿されてる魔術のひとつだ。あんまりいいふらしてくれるなよ」
クロウは樹上から飛び降りると、おれの前に着地する。
しなやかな身のこなしで、よくよくみれば背丈もさきほどと違う気がする。
土の魔術、侮れないものがあるな……。
「さっきは大活躍だったようで。きみら、表でも裏でも有名になってるよー。教国の暗部のやつら、慌てふためいてるぜ」
「耳が早いな。クロウ、きみの組織、どれだけの網を広げてる」
「おいら、友達が多くてね。いろいろ教えてくれるだけさー」
へらへらした態度だけは同じながら、こんどは言葉遣いと一人称まで変わった。
ちなみに彼、人種的には大陸のこのあたりによくいる黒髪、黒目で、本当にこれといった特徴がない。
目撃者になにひとつとして外見情報をやりたくない、という徹底した意思を感じる。
「ほんと、きみら何者なのよ。……あ、いい。やっぱいい。聞いたら上に報告しなきゃいけなくなる」
おれはアイシャと顔を見合わせた。
アイシャが、ためらいなくうなずく。
まあいいか、とおれも肩をすくめてみせた。
「邪竜を倒した勇者のひとりがこの国で聖女としてまだ生きてるんだから、残りも生きてたっておかしくないだろ」
なにげなく、そんな言葉を投げつけた。
とたん、クロウの顔がこわばる。
どこかの国の間者とおぼしき男は、あー、と後ろ頭をガジガジ掻く。
「聞きたくなかったわー」
「こやつが本当のことをいっているかどうかは、まだわからぬぞ。なりすましかもしれぬ」
アイシャが茶々を入れるも、クロウはしきりに首を横に振る。
「ないわー。だって納得できちゃったもん、おいら。やっべー、まじやっべー。つーかきみら、それをおいらに聞かせてどうしようっていうのさ」
「ミルに関する情報をくれ」
「なるほど、ねぇ」
クロウは目を細くして、おれとアイシャを交互にみつめる。
おれの素性についてはそれでいいとして、ではアイシャは、と考えているのか。
それとも、おれたちという劇薬をどう扱うか思案しているのか。
「五百年前の資料は帝国の崩壊で散逸して、信用できるものがほとんど残ってないんだが……。人気のある物語のひとつでは、剣聖コガネと聖女ミルの悲恋が描かれている」
「悲恋? なんだ、そりゃ」
いきなり妙な話が出てきて、おれは困惑する。
アイシャをみると、当然だとばかりにうなずいた。
「大衆に大人気の物語だぞ。われも幼きころ、吟遊詩人の弾き語りに胸をわくわくさせたものだ」
「この前もいったけど、おれとミルはたしかに仲間だったが、別にそういう仲では……」
「あれは、からかっただけであるよ。わが家には一次資料が残っておったがゆえ」
そういやこいつ、ユーフェリアの子孫だった。
彼女は、のちのちのため、おれを助けるためのさまざまな手がかりを遺していたのだろう。
それが、ついにはおれとアイシャを繋げることになる。
おれを救い出すというユーフェリアの執念は、五百年かけてついに実った。
まあ、ちょっとばかり予想外すぎるオマケもあったのだけれど。
彼女の子孫が邪竜アイシャザックの生まれ変わりだなんて、誰が予想できようか。
「ま、いいさー。おいらとしては、面白ければ、なんでも」
「てめえ」
「怒るな、怒るな。いいじゃねえか、こっちとしては面白いカバーストーリーがあるほうが、上を説得しやすいってもんだ」
上、か。
もはや、誰かに使われる者であることを隠しもしない。
それだけ正直になってくれると、こっちとしても助かるというものだ。
「クロウ。おまえがどこの国に仕えてるかは知らないが、この国が混乱して喜ぶのは間違いないんだろう。だったら……」
「聖女ミルは、シャザム要塞にいるよ」
クロウは投げやりに告げた。
もう少し、もったいぶらなくていいのだろうか、と思わなくもないが……。
やはり、浮遊機動要塞か。
「おいらが、連れていってやる。いや、聖女ミルと会わせてやる」
「いいのかよ、おい」
想定していた以上のなりゆきに、おれとアイシャは目を瞠る。
クロウは、へへ、と笑ってみせた。
「その方が面白そうだしねえ。あー、上の意志はこの際、気にしないでいくぜ。おまえらに脅されて仕方なく、ってことでひとつ」
「こっちとしちゃ、願ったり叶ったりだが」
「だいたいさ、おまえさんら、怖いもん」
おれをみて、クロウはそんなことをいいだす。
「でも、教都での活躍をみて、おいらわかったね。おまえさんら、好意を持たれた相手にはひどいことしないでしょ」
「あの一件だけで判断されても困るんだが」
「いや、コガネよ。これでよいのだ。われらはちからを持つが、それを無闇に振るう者ではないと各国に認識してもらうことには、おおきな意味があろう」
アイシャは腰に手を当て、えらそうにのけぞってみせる。
どういうことだと、おれは首をかしげた。
「わからぬか。わからぬから、おぬしは五百年も投獄されたのだよ」
「そこ、おれの急所だからな。無闇にえぐるのやめてくれよ。ほんと頼むからさあ」
「誰を傷つけるかわからぬ家畜に、価値はない。殺してしまうほかなかろう。おぬしは危険すぎる家畜であったが、不死であったがゆえ、仕方なく当時の為政者は幽閉で我慢した。ただ、それだけのこと」
そうかも、しれない。
おれは、いやおれたち七人のほとんどは、必要以上に他者と関わることがなかったように思う。
だから、ことを為したあと、あんなことになった。
ミルだけは、もともとシルダリ教の聖女という立場があったからこそ、祀り上げられるかわりに難を逃れた。
でも、その彼女がこの国で、どれほど政治的な立場を確保できたかというと、まあみての通りとなる。
もちろん彼女が提案して実行させた施策は多いだろうし、その結果としてこの国の繁栄があることは間違いないのだが。
「それと、ほかの仲間……邪竜を退治した七人のうち、残りの五人について、なにか知らないか」
「そいつぁ、調べてみないことには、なんとも。おいらはこれまで、聖女ミル以外の六人は捏造された存在か、あるいはもうとっくにくたばっちまったと考えていたんだぜ。聖女ミルの生存すら疑わしい、って意見もある。まー、五百年前の人物だしなあ。シルダリ教の奇蹟とか光輝神の祝福とか、そういうモノのおかげで生きているんだと、てっきり」
「それも、そうか」
クロウは、しばし考えこんだ。
あー、とか、うう、とかぶつぶつ呟いている。
どうやら、おれの発言がおもいきりヒントになってしまったようだ。
「つまり、あれですね。コガネ、おまえさんは、仲間もいまだに生きていると確信している。聖女ミルが五百年以上生きている……それどころか、五百年前から変わらず若々しい外見をしている理由をよく承知している、と。さっきもいったが、帝国の崩壊で、そのへんの情報がさっぱりなんだよねえ。ひとつ、お聞かせ願えやしませんか」
クロウは、へへへ、と揉み手をしそうな顔で訊ねてくる。
「なんか取り引きに使えそうな気がしてきたから、嫌だ」
「まあまあ、そういわず」
おれとアイシャは苦笑いしながら歩き出す。
クロウは追いかけてきながら、しつこくおれを口説こうとした。
ま、おかげでアイシャへの追及どころではなくなったみたいだから、よしとしよう。
実際のところ、おれがさっさと正体を明かした理由は、語ったことだけではない。
アイシャ、邪竜アイシャザックの生まれ変わりというとびきりの爆弾から目をそらすため、という方が重要だった。
おれの方はまだ「帝国の支配に反逆したコガネ」というこの時代ならではの肯定要素があるものの、アイシャに関しては、どう考えても危険視される要素しかないのだ、仕方があるまい。
*
それから、二日後。
クロウの案内のもと、おれたちは浮遊機動要塞シャザムのすぐそばまでたどり着いた。




