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第15話 街中の乱戦

 おれたちが、教都を離脱しようと人混みにまぎれて街の門を目指していたときのこと。

 通りひとつ向こう側、大通りのほうから叫び声が聞こえてきた。


 複数人の悲鳴で、明らかにただの喧嘩や事故ではない。

 道行く人々がざわついている。

 おれとアイシャは、足を止めて顔を見合わせた。


「どうする、コガネ」

「直感だけど、行ってみるべきだ」

「おぬしの直感、頼りになるのだろうな?」


 どうだろう、五分五分、といったところか。

 問題は、いまおれたちが街の支配者側に追われているということで……。

 追っ手のやつらは間者対策機関の者たちだろうから、話は複雑になる。


「そもそも、おれたちがこの街に赴いた目的は情報の収集だ。騒ぎが起きているなら調べたい」


 少し考えたすえ、おれはそう返事をした。

 アイシャは、うむ、とうなずく。


「もっともであるな。では、参ろう」


 おれたちふたりが、そう決断したときだった。

 ひとりの子どもが、細い脇道を抜けておれたちのいる通りに転がり出てくる。

 服の背が破け、血まみれだった。


 それを追う者がいる。

 いや、それを者、といっていいかは難しいところだが……。


 追っている方も子どもにみえた。

 ただし、全裸で、その肌は赤茶けていて、額から角が生えている。

 その手には炎を噴き出す、血を流したような赤い手斧が握られていた。


 魔物だ。

 リトル・オグル。

 その体躯はヒトの子ども程度ながら、火属性の魔術を操り集団で集落を襲うことが知られていた。


 辺境の村などでは、討伐対象として、軍が定期的な間引きを行なっているような相手だ。

 それが、なぜ、こんな大都市に……。


「仕方がねえ」


 考えている暇はない。

 おれは、倒れた子どもに斧を振り下ろそうとするリトル・オグルとの距離を詰めながら、腰の霊剣ナヴァ・ザグを抜く。


 すれ違いざま、剣を一閃する。

 リトル・オグルの首を刎ねた。

 青い血と共に、その頭部が宙を舞う。


 リトル・オグルの手にした炎の剣が、露のごとく消え去る。

 頭を失った小鬼が地面に倒れた。


 殺したリトル・オグルを振り返らず、こいつが出てきた脇道を睨んだ。

 きぃ、きぃとリトル・オグル特有の金切り声が、暗がりから近づいてくる。


「魔物が来るぞ、おぬしら、はやく逃げるがよい!」


 アイシャの叫び声に、人々は蜘蛛の子を散らしたように逃げ去った。

 さらに彼女は、倒れた子どもを助け起こし、遠くへ走るよう促す。

 こっちはよしと判断し、おれは脇道に飛び込んだ。



        *



 おれは、暗がりから襲い来るリトル・オグル数体を蹴散らしながら、前進する。

 この程度の魔物が障害となることはない。

 街の兵士程度でも、一対一なら遅れをとることはないだろう。


 リトル・オグルの厄介なところは、集団戦を得意とすることだ。

 ひとつの集団は数十から数百、場合によっては千を超えることもあり、そうなると一軍をもってしても厄介な相手となる。


 騒ぎの原因があるとおぼしき、大通りへ出た。

 三十体以上のリトル・オグルが、逃げ惑う人々に襲いかかっている。

 交戦している衛兵もいるが、多勢に無勢で囲まれ、苦戦していた。


 リトル・オグルの群れの向こう側の地面には、大穴が開いていた。

 穴からよじ登ってくる新たなリトル・オグルと……。

 そいつらのボスとおぼしき、巨人の姿がある。


 身を起こせばヒトの倍以上の身の丈をもつ、見上げるほどおおきな魔物だ。

 巨人の肌はリトル・オグル同様に赤褐色で、水に石を落としたような波紋のごとき青白い入れ墨が全身に刻まれていた。

 四つの手を持ち、それぞれに炎を放つ剣やら弓矢やらが握られている。


 完全に穴から這い出た巨人が、咆哮した。

 石造りの建物がビリビリと震え、衝撃波だけで突風が起きて土煙が舞い上がる。

 近くのリトル・オグルが、その余波で吹き飛ばされていた。


「ブラスト・オグルか」


 リトル・オグルを従える、首領のごとき魔物だ。

 あれはさすがに、ここの衛兵では手に余るか。

 仕方がない、あいつだけはおれが相手をしてやろう……。


 と、一歩前に出たところで、おれの後頭部を狙って飛来する矢があった。

 おれは舌打ちしながら振り向きざま、剣を振るって矢を払う。

 弓を構えた男たちが立つ、二階建ての建物の屋根を睨む。


 三人の、黒ずくめの男たちがいた。

 さっき酒場でおれたちを襲ったやつらだ。


「おまえら、この街を守っている組織だろう。いまがどういうときか、わかっているのか」

「黙れ、背教者め」

「ああそうかい。じゃあ勝手にしな」


 こいつら、話にならん。

 なら、おれが身を挺して町を守る必要もない。

 襲ってくるリトル・オグルを切り捨てると、身をひるがえしてもとの脇道に逃げ込んだ。


 ほぼ同時に、ブラスト・オグルが、引き絞った矢を頭上に放つ。

 みあげれば、天高く射られた矢は無数に分裂し……。


 さながら雨のように、無数の矢が広範囲に降り注ぐ。

 黒ずくめの男たちが慌てて屋根から飛び降り、遮蔽をとろうとしている。

 おれは自分に向かってきた炎の矢だけを切り払った。


 あちこちでいっそうの悲鳴があがる。

 一般人のみならず、ただの兵士たちでは防ぎようもない攻撃だろう。

 せめて黒ずくめのあいつらが邪魔をしてなければ、矢を放つ前に防ぐ方法もあったのだが……。


「なんだ、突然のシューティング・スターとは。高位の魔物でもおったか。おぬしがいてなにもできぬとは、情けない」


 脇道の暗がりに、目立つ赤毛の少女が駆けこんでくる。

 彼女は当然のようにアイシャは無傷であったが、しかしその表情にはあまり余裕がない。

 シューティング・スターとはブラスト・オグルが使った、まるで魔術のような矢の雨のことだろう。


 武芸とも魔術ともつかない技を使う魔物が、まれに生まれる。

 そういった個体はまたたく間に群れを支配し、大勢の部下を率いて人類の領域に攻め寄せていくる。

 帝国では、そういった個体を狩るための専用部隊があって……おれも、一時期はそういう部隊に在籍していた。


「向こうの通りでも、そうとうな被害が出たぞ」


 あの逃げ惑っていた一般人たちにとっては、とんだ災難だろう。

 まったく、厄介なことになったものだ。


「教会のやつらが邪魔をしやがった。あいつら、状況ってものを理解してない」

「ふむ、それでおぬしは尻尾をまいて逃げてきたと」

「向こうが助けを拒否したんだ。これ以上、関わり合う理由もないだろう」

「だ、だが……」


 アイシャのルビーの瞳が、内心の動揺を表すように揺れた。

 その口は、しかしきゅっと引き結ばれて……なにかを我慢している。

 その表情は、彼女の祖先の、あの少女を思い出させて……。


 ああ、もう!

 おれの前でその顔をするなっての!

 おれはアイシャの肩をがしっと掴んだ。


「素直に答えろ」


 少女に顔を近づけ、紅の瞳を覗きこむ。


「アイシャ、きみは、街のひとたちを助けたいか」


 赤毛の少女が、息を呑む。

 だが、すぐわれに返ると……。

 こくんと、うなずく。


「なんの縁もない者に救いの手を伸ばす行為、愚かと笑え。しかしいまは、われのなかのこの十五年の生が、それでも民を守れと叫んでいる。無論、おぬしにとってはなんの……」

「そうでも、ないさ」


 おれは、にやりとしてみせる。

 少女に背を向け、きた道を戻る。


「おれの知るミルなら、きっと……いや、必ず、魔物を倒して皆を守れっていうからな。いや、あいつなら、そんなこと語る前に走り出してるか」


 聖女ミルは、いつだって向こうみずだった。

 思い出すのは、言葉にする前に駆け出し、あとでナズニアやヨハンに説教されている姿である。

 そう、あいつが真っ先に突っ走ってしまうから……おれたちは、必死で追いかけるしかなかったのである。


 ついでに、いえば。

 あのかただって、そうだ。

 いまのおまえは、ちょっとだけ……おまえの祖先である、ユーフェリアさまみたいだったぜ。



        *



 おれはアイシャを連れては、大穴が開いた通りに戻る。

 酸鼻極める光景が、そこに広がっていた。

 兵士たちもリトル・オグルも、その大部分が地面に倒れ伏し、赤や青の血を流している。


 周囲の石造りの建物はボロボロで、あちこちで火災が発生していた。

 そんななか、ブラスト・オグルは、ただ一体、無傷であった。

 立ちはだかる者もいない道を、ゆっくりとこちらに歩いてくる。


 黒ずくめの男たちが戻ってくる様子はなかった。

 いまの一撃でやられたか、敵わぬ相手とみて逃げ出したか……。

 どちらでもいい。


 すでに行動の指針は定まった。

 もう、迷いはない。

 アイシャが追ってきて、おれの左手を握る。


「いくぞ、コガネ」

「ああ」

「《吹き抜けよ疾風》」


 おれとアイシャは、背に強い風を受けて走り出す。

 普段の数倍の加速で、ブラスト・オグルが矢を放つ暇もなく距離を詰める。

 すれ違いざま、その膝に一撃を見舞って、そのまま背後に駆け抜けた。


「《優しき螺旋の風、彷徨う大気の精、集い満ち巡り舞い――》」


 走りながら、アイシャは詠唱を続けている。

 巨大な赤鬼は、ぎゃんと悲鳴をあげて片膝をつく。

 その頭が、下がった。


「《――われらが身に纏う翼となれ》」


 おれたちふたりは、アイシャの魔術で宙に舞い上がる。

 ブラスト・オグルの無防備な後ろ首に剣を突き立てた。

 が……浅い。


 ブラスト・オグルが、四本の腕を振りまわして暴れる。

 直撃せずとも、発生した暴風によっておれたちは吹き飛ばされ……。


「《猛き大気の精よ、暴風となれ》」


 きりもみ回転するおれたちだが、アイシャはタイミングよく圧縮空気を打ち出すことで、ぴたりと回転を止めてみせる。

 おそらく、生まれ変わる前、竜であった時代に行っていた空中機動戦闘のノウハウなのだろう。

 それを、この場でやってみせるのだから恐れ入る。


「《吹き抜けよ疾風》」


 空中で背に風を受け、おれたちは振り向いたブラスト・オグルめがけて突進する。

 ブラスト・オグルは怒りに燃える目でこちらの見据え、炎の矢を放った。

 矢は無数に分裂し、弾幕となっておれたちを襲うが……。


「おれがやる」


 おれは、霊気をこめて霊剣ナヴァ・ザグを振るう。

 すべての矢を切り払う必要などなかった。

 ふたりを襲う数本だけを剣圧で破砕し、勢いを殺さず弾幕を突破してみせた。


 ブラスト・オグルの顔が、驚愕に歪む。

 巨人は、それでも剣と斧を構えて振りかぶるが……。

 それはもう、遅い。


 アイシャが手を放し、おれの後ろにまわる。

 彼女がなにをするのか、瞬時に理解した。

 おれは背中に霊気を集め……。


「《猛き大気の精よ、暴風となれ》」


 アイシャが、おれの背中に圧縮空気の一撃を見舞う。

 おれはそれを受け、一段と加速する。

 ブラスト・オグルが振り下ろす剣と斧をかいくぐり、至近距離に迫る。


 交錯する瞬間、おれは霊剣を一閃する。

 ブラスト・オグルの首を、加速の勢いに乗って、さらにとびきりに霊気をこめた一撃で刎ね飛ばす。

 青い血しぶきと共に、巨人の頭が宙を舞う。


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