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第14話 旧人の文明

 アイシャは語る。

 竜としての生で得た知識を。


 ずっとずっと昔、この大陸を支配していたのは、いまでは旧人と呼ばれる人々だった。

 ヒトに似ているが、ヒトではない。

 平均寿命が千年以上に及ぶ長命の種族で、高度な魔術文明を発達させていたらしい。


 彼らは、三万年前、唐突に消えた。

 理由は、不明。

 邪竜アイシャザックはさまざまな精霊、隠者と交流するなかで知識を蓄えたが、旧人に関するものは驚くほど少なかったという。


 おれは知らなかったが、五百年前においても現在においても、ときおり旧人の遺産が発掘されることがある。

 それらの一部は、三万年の時を経ても機能するという。

 浮遊機動要塞も、おそらくはそういったもののひとつであろう、とアイシャは推察した。


「旧人文明の浮遊機動要塞、か。いったいどこでそんな話を聞いてきたんだ」

「旧人文明の遺産、というのは、われの推測である。とはいえ情報とは集まるべきところに集まるもの、というだけのこと。この街は特に、巡礼者という部外者を常時、受け入れておる。シルダリ教はこの国以外でも信仰されておるし、なかには貴族の信者もいるのだ。そうした場所に入り込むのは容易であったぞ」


 普通の貴族の娘であったころから、ある程度の知識は詰め込まれていた、とアイシャはいう。

 各地のおおまかな信仰と行動様式は、貴族の基礎教養のひとつであるらしい。


「なんでもかんでも、貴族の基礎教養なのかよ。この時代の貴族、教養が深すぎないか?」

「どこの国の誰と婚姻することになるか、わからぬ身であったゆえな」

「あー、貴族の結婚ってそういうものか」


 いまのアイシャには、関係のないことだ。

 彼女の身内はすべて消え、国を割る戦禍によって貴族としての身分も意味のないものとなった。

 いや、さまざまなしがらみを甘受すれば、なおも残る縁戚を頼って再起を図る道もあったかもしれないが……彼女は、それを選ばなかった。


「で、浮遊機動要塞ってのは、どんなシロモノなんだ」

「空を飛び、移動する要塞らしいぞ」


 名前のまんまじゃねえか。


「東からの巡礼者によると、街道から遠くを仰いだら、森の上に山ひとつが浮いていたとのことでな。山ひとつ、は話半分に聞くとしても、城塞ひとつくらいのおおきさはあるのだろう。移動するというのは、兵站関係の兵士から聞いたことだ。補給物資の納品先が日によって変わるのだと。要塞のコードネームは、シャザム、であるらしい」

「シャザム……?」

「神話にある、光輝神の十二使徒。そのひとり、鉄壁なるシャザムであるな」


 あー、聞いたことがある気がする。

 神話そのものは知らないけれど、「シャザムのように鉄壁」という慣用句くらい、おれでも知っていた。


「ちなみに、シャザムの墨を流したように黒いその姿から、墨守という言葉が生まれた。覚えておくがよい」

「別にいいよそんな豆知識……」


 その浮遊機動要塞には、光の高位魔術儀式に使う補給物資が定期的に運び込まれているのだという。

 品目には、第七階位以上の魔術にしか使わないようなレアなものまであるとか。

 光の魔術が盛んなこの国でも、そこまで上位の魔術師は片手で数えられるほどしかいないみたいで……。


「ミルがそこにいる可能性、高いってことか」

「必ず、というわけではないがな。有力候補ではあろう」


 ミルは、人類史上でもっとも光の魔術に長けた魔術師のひとりである。

 特に第九階位は、五百年前の時点で、彼女以外誰も使えなかった。

 正確には、当時の帝国が把握していた、存命の魔術師のなかで、という区切りであるが……。


 その理由を、おれは少しだけ知っている。

 生贄にされかけた儀式の副作用だ。

 表向きは、ミルが神に選ばれたから、とかそういう風になっている。


 ところで、この五百年。

 剣術は衰退しているようであるけれど、魔術の研究はどれほど進んだのか。

 特に光の魔術は、この国においてたいそう発展したように思うのだ。


「この国において発達しているのは、光の魔術を普及する技術であるな。高度な魔術を研究する機関は、どうやら存在しないか、あったとしても教会のごく一部のみで秘匿されておるのだろう」

「なんでだ? 光の魔術が普及すれば、それだけこの国の人々も楽ができるだろう」


 光の魔術が得意とするのは、まず治療だ。

 怪我、病気の治癒に関して、ほかの属性とは桁違いに優秀なのが光の魔術である。

 また、ある種の魔物が嫌がる結界を張ったり、街燈に明かりを灯したりと、とにかく日常生活で便利なものが多いのも特徴である。


「楽になるのが、この国の民だけであればな」

「どういうことだ」

「おぬしが生きていた五百年前とは決定的に違うことがある。帝国は、並び立つものがいない圧倒的な強国であったのだろう? いまは、違う。小国が群雄割拠し、しのぎを削っておるのだ。先日も、隣国とのいさかいの話をしたばかりではないか」


 そういうことか。

 おれは、ぽん、と手を叩いた。


「光の通信のときと同じか。軍事機密だ」

「浮遊機動要塞に関して、大々的に喧伝していないのも、それが軍事機密であるからなのであろう。無論、他国の間者はこの程度のこと、とうに掴んでいるに違いないが」

「浮遊機動要塞をちらちらみせて、相手に警戒させることそのものが、戦略の一環って話だな」


 その程度は、おれにもわかる。

 軍事作戦には、なんども参加していたのだ。

 参加させられていた、というべきかもしれないが……まあ、金の払いはよかったよ。


 ちなみに、秘匿されていた帝国の軍事機密のなかでおれが知っていたのって、たとえば何十人という魔術師による大規模儀式で敵の頭上に隕石を落とす魔術とかだな。

 街ひとつくらいなら跡形もなく消し飛ばせたはず。

 ただし、儀式にかなり時間がかかるうえ、隕石落下前に前兆として色々発生するため、邪竜相手には適さないとされた。


 もしヒト同士の戦争とかに使われたら、とんでもない数の犠牲者が出たことだろう。

 その刃が自分に向かってきたら……そんなことを考えたら、そりゃ厳重に秘匿する。

 で、問題は浮遊機動要塞ってやつも、それと似たような臭いがするってことなんだが。


「明日、もう少し詳しい話を聞けるはずである。われに接触してきた者があったゆえ、な。おかげで面倒な虫もいろいろ引っかかったようであるが」

「あー、この宿が見張られているのも、そういう関係か」


 さきほどから、監視されている気配は感じていたのだ。

 アイシャのやつ、下手を打ったなと思っていたのだが、どうやらある程度はわざとのようだ。

 藪をつついて蛇を出すことで蛇の毒を手に入れようとかそういう考えなのか。


「われに接触してきたのは他国の間者であろうな。どの国かはわからぬが」

「で、この国の暗部が、そんなおれたちに目をつけている、と。泳がせておいて諸共、とかで」

「もとより、ただの暗殺者に怯えるおぬしではあるまい」


 いや、暗殺者って結構厄介だぞ。

 邪竜を退治した仲間のひとり、ナズニアなんて本気になって隠密されたら、おれでも奇襲を防げるかどうか……。

 こいつめ、プロの暗殺者の怖さってものを理解していないな。


「気をつけろよ。おまえはもう、毒もナイフも効かない竜の身体じゃないんだ。首筋にナイフを滑らせるだけで死ぬ程度の肉体なんだぞ」

「うむ。忠告、感謝する。いまいちど、気を引き締めるとするとしよう。おぬしは、か弱いわれをよく護衛せよ」


 そういって。

 アイシャはおれと同じベッドで眠りにつく。

 隣におれがいれば安心であると、無邪気にそう宣言してみせる。


 おれは理性と戦いながら、すぐそばで寝息をたてるアイシャの無防備な寝顔をみて……。

 朝日が差し込むころ、ようやく眠りについた。



        *



 教都にきて、二日目の昼下がり。

 おれとアイシャは、裏通りの粗末な酒場で、情報提供者と会った。


 中年の、猫背の男だった。

 いっけん一般人のようにみえるが、その足運び、視線の動きをみれば、それなりの手練れだとたちどころにわかってしまう。

 男は、アイシャの後ろにつくおれをみて、顔をしかめた。


「その男は」

「われの護衛だ! コガネは、強いぞ。安心するがいい、おぬしもついでに守ってやろう」

「コガネ……ふん、邪竜退治の反逆勇者にあやかった名か」


 そんな風に伝わっているのか、おれのこと。

 あやかる、というのは、つまりこの地方が帝国から独立した経緯とかとも関係しているんだろうな。

 まあ、なんでもいいけどさ。


「おれのことは、クロウと呼べ」


 猫背の男は、ぶっきらぼうにいった。


「あんたたちがどこの者かは知らんが、シャザム要塞にちょっかいをかけるんだろう? 手伝ってやるよ」

「うむ。その手筈だが」

「とりあえず、生き延びてからだな」


 クロウは、おれと視線を合わせ……うなずきあう。

 彼の背筋が、ぴんと伸びた。

 その手には、いつの間にか小柄な剣が握られている。


 男の、身にまとう気配が変化する。

 凶暴な狼のように、不敵に笑った。

 どこの野盗の首領かという、凶暴な笑みだ。


「来るぜ、コガネさんよ」

「ああ」


 直後、ドアが乱暴に開き、布で顔を隠した黒ずくめの男たちが四人、乱入してくる。

 いつの間にか、酒場の店員たちの姿がすべて消えていた。

 乱入してきた男たちは、抜刀し、それぞれふたりずつが、おれとクロウに斬りかかってくるも……。


「そら」


 あえて、剣を抜くまでもない。

 おれは霊気をまとった左手を軽く振って、向かってきた剣を払った。

 時間差で斬りかかってくるふたり目には、正面から蹴りを入れて吹き飛ばす。


 クロウは、自分にきたふたりに対して剣をひと突きする。

 いや、瞬時に四度、刺突を放っていた。

 あまりにも鋭い突きは、襲撃者たちにとってただいちどにしかみえなかっただろうが……。


 ふたりの襲撃者は、両肩を正確に突かれてた。

 血しぶきがあがる。

 男たちは剣を取り落とし、突進の勢いのまま酒場のカウンターに衝突する。


「見事であるな」


 アイシャは呑気な顔で、それをみていた。

 彼女が襲撃者の気配を感じていたかどうかはわからないけれど、これっぽっちも驚いていない。

 たいしたタマだと思う。


「まだだ。外に何人か待機しているぜ」

「そっちは任せた。おれは街を出るぞ。じゃあな、おふたりさん」


 クロウの姿が消える。

 いや、これは土の魔術か。

 壁に溶け込むように気配を断っているが……うん、壁沿いにソロソロと動いてるな。


 あ、出口の前で停止した。

 おれたちで、敵の注意を引きつけろってのかよ。

 やるけどさ。


「アイシャ、屋上に出て強行突破だ」

「よかろう」


 おれは天井に向かって、霊気をこめた剣を振るう。

 酒場の天井を構成する木材が衝撃波で破砕され、青空が顔を覗かせる。

 次の瞬間、アイシャはおれの左手を掴む。


「《優しき螺旋の風、彷徨う大気の精、集い満ち巡り舞い、われらが身に纏う翼となれ》」


 アイシャと共に、おれは宙へ舞いあがる。

 天井の穴を抜け、青空のもとへ。

 酒場を囲んでいた襲撃者たちの、慌てる気配。


 あ、矢を放ってきた。

 おれは剣を抜き、無数の矢から直撃コースだけを切り払う。

 おれたちは高度を下げ、近くの建物の陰を利用しながら高速でその場を離脱する。


 道行く人々がこっちをみているが、無視する。

 追いかけてくる者たちの気配は、あっという間に遠ざかった。


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