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第13話 教都シルダリア

 シルダリ教国の教都、すなわち普通の国における王都を、シルダリアという。

 人口は、おおよそ二万人。

 そのうち三割以上が、定期的に入れ替わる巡礼者である。


 五百年前は、まったく存在しなかった街だ。

 帝国の辺境であったころ、この一帯の中心地は別にあったはず。


 商人の話によれば、シルダリ教国として独立したあと、四百五十年ほど前に遷都したらしい。

 ある日、光輝神が聖女ミルの夢に出てきて、この地に聖なる国を築くべしと告げたとか。

 ……適当な伝説つくってるなあ。


 だってあいつ、神はヒトに語りかけるような存在じゃない、って口癖のようにいってたし。

 もし神託なんてものが降りたとしたら、それは神の名を騙る詐欺師の仕業だ、とまで。

 普段はニコニコしているのに、こと信仰の話となると怖いんだよな……。


 まあ、無理もない。

 聖女ミル。

 ほとんどの者が知らないことだけれど……。


 彼女の両親は、シルダリ教の異端派であった。

 神託が下ったとして生贄の儀式を行っていた。

 ミルは、そのとき異端派によって生贄にされかけたところを、帝国軍によって救出されたのである。


 両親は処刑され、ミルは教会に保護された。

 当時、十一歳。

 邪竜を討伐した仲間のうち、そのことを知っているのはおれだけである。


 傭兵として帝国軍に加わっていたおれは、ミルを救出した部隊にいたからだ。

 一年後に再会したとき、彼女はそのことを覚えていた。

 光の魔術の才能を磨き、勇者のひとりに選ばれるまでさほど時間はかからなかった。


 ミルが聖女と呼ばれるようになったあと、教会は彼女の過去を徹底的に隠蔽した。

 ミル自身は、困ったように笑うだけだったが……。


 あの作戦に参加した傭兵仲間が、酔って迂闊に過去のことを口走った。

 翌日、その男は唐突に変死した。

 教会としては、そこまでしても聖女ミルという存在を持ち上げ、利用したかったのだろう。


 そんなことを、おれはシルダリアの宿、二階の一室でアイシャに語った。

 シルダリ教国に入ってから数日後、教都シルダリアにたどり着いた日のことである。

 けっきょく、情報を集めるには中央がいちばん、と考えての行動だった。


「おれがこのことを話したのは、おまえが初めてだからな」

「うむ、口外はせぬよ。……いや、できぬだろこんな話」

「五百年前のこととはいえ、ミルが現役の聖女である以上はな」


 それでも話しておくべきだと思ったのは、この国が明らかに「ミルに下った神託」を偽造しているからだ。

 あいつに少しでも権限があったなら、そんなものを放置しておくはずがない。

 商人からこの話を聞いた瞬間、おれはあいつの、いまの無力さを理解してしまったのである。


「ミルのまわりにいるであろうヤツらがクソすぎる。おれはもう、いつ殴り込みをかけてもいいぞ」

「どう、どう。それではダメだと、なんどいえばわかる。だいたい、どこに殴り込むつもりだ」

「そういうやつらがいる場所なんて、きっとでかい建物だろ。ここの大聖堂あたりで暴れれば……」


 アイシャは呆れ顔でおれをみたあと、おおきくため息をつく。


「まあ、よい。なんなら、おぬしはこの宿で呑んだくれておれ。少し、われが調べてこよう」

「頼んだ。おれはあいつのことになると、冷静じゃいられないかもしれない」

「ふむ」

「なんだよ」

「いや、おぬしとその女、男女の関係であったのか、とな。別にわれは気にせぬが、正直に答えよ」

「違う。さっきもいった通り、出逢ったときのあいつは十一歳だぞ」


 そのときのおれは、十六歳であった。

 ちなみに邪竜アイシャザックを討伐したのはその三年後、十九歳のときである。


 五百年後のいまになってみれば、年齢なんてものに意味があるのかわからないけれど。

 でもとにかく、当時のおれとミルには五歳もの差があって、若者の五歳というのはもう、大人と子どもくらいの間柄になってしまう。

 なにより、おれには想い人がいた。


「ああ、そうであったな。おぬしは、われによく似ていたという当時の皇女に懸想していたのだったか」

「うるせえ。あとユーフェリアさまは、お歳の割に大人びていたぞ。おまえよりもな」

「それこそ、やかましいわ!」


 アイシャが部屋を出ていく。

 ま、情報収集はあいつに任せるか、とおれはふかふかのベッドに倒れ込んだ。

 休めるときに休むのも、仕事のうちだ。


 たちまち、睡魔が襲ってくる。

 そういえば、ここに来る途中で泊まった宿は、硬いベッドばっかりだったなあ。



        *



 目を醒ますと、外は夜だった。

 アイシャは戻ってきていない。

 宿の一階に降りると、酒場は店じまいするところだった。


 ウェイトレスの若い女性に、食事を頼む。

 こんな時間に食べるものではありませんよと説教されてしまった。

 シルダリ教では夕餉の時間も決まっているのだと。


 五百年前は、そんな戒律があっただろうか。

 少なくとも、旅の間のミルは特に気にしていなかったように思う。

 旅の間は関係ないとか、そういう話だったのかもしれないけど……。


「聖女さまの教えですよ」


 といわれて、うーんとうなってしまった。

 あいつが、そんな細かいことをねえ。

 疑念が顔に出ていたのだろう、ウェイトレスが不審そうな目をしていたので、慌ててごまかしておく。


 アイシャがいった通りだ。

 やっぱり、おれがこの国で情報を集めるのはリスクが高いかもしれない。

 つい、感情が表に出てしまう。


 それにしてもアイシャのやつ、いつまで出かけているつもりだ。

 日が暮れても帰ってこないなんて、まるで誘拐でもされたような……。

 おれは、はたと気づく。


 なぜアイシャに限って、だいじょうぶだと思った?

 前世が竜で、多少なりともそのちからを受け継いでいるから?

 風の魔術を第三階梯まで操ることができるから?


 彼女は貴族の令嬢として生まれ、平民のことも下町のことも、ほとんど知らない。

 知識は持っていても、実感として理解していない。

 旅を共にしていてわかったのは、あいつがひどく無防備で、世間に慣れていないことで……。


 そんなやつを、初めての街でひとりにするか、普通?

 おれはなんて馬鹿をやった?

 慌てて、宿の外に出る。


 ウェイトレスが慌てているが、構うものか。

 夜の通りをざっと眺めて……。

 はたと、立ち止まる。


 まず気づいたのは、明るい、ということだった。

 宿は街のメインストリートに近い、そこそこの立地だったとはいえ、通りのあちこちにランプの明かりが灯っているのは想定外だった。

 いや、これはランプではなく、魔術による明かりか。


 光の魔術だ。

 白い法衣をまとった男たちが通りを歩いて、街角の標識や建物の隅に明かりの魔術をかけていた。

 街全体が、ぼうっと淡く白く輝いているようにみえた。


 幻想的な光景だった。

 思わず、宿の扉をあけた格好のまま、ぽかんと口を開けてしまうほどに。


「光の巡礼、といわれるこの街の名物です。光の魔術の修行がてら、夜の明かりを保つようにと」


 ウェイトレスがそばにきて、教えてくれた。

 聞けば、聖女ミルがずっと昔、光の魔術を編纂する際に、その修行方法として励行したらしい。

 この街には特にそうした光輝神の修行者が集まり、街中に明かりを灯し続けた結果、夜の治安がとてもよくなったのだとか。


「すごいな」

「でしょう」


 ウェイトレスは、まるでわがことのように、ふふんと笑った。

 通りを行き交う人々は、夜だというのに明かりも持たず、足もとがおぼつかないということもなく、昼と同じように歩いている。

 ほかの街と比べて夜歩きする者も多いし、なかには女子供もいる。


 アイシャの姿が、通りの向こうにみえた。

 おれを発見して、手を振っている。

 おれが呆けたような顔をしていたのだろう、近寄ってきたアイシャは「この街の明かりに幻惑されたか」と微笑んだ。


「そうかもしれん。……聖女ミルって、たいしたもんだな」

「で、あるな。われも知識としては持っていたが、実際に体験するとまた感慨深い」


 でしょう、でしょうとウェイトレスがスキップしながら引っ込んでいった。

 なぜあの娘は、聖女を褒められてあんなに喜ぶのか。

 いや……そうか、この街の人々が、それだけ聖女に敬意を払っている、ということなのか。


 マジで言動には注意しないとな。



        *



 ウェイトレスに、ふたりぶんの料理を部屋に持ってくるよう頼んだあと、おれたちは二階に上がる。

 部屋に戻り、戸に鍵をかけてから、アイシャの報告を聞いた。


「旧都に要塞が建設されているらしい。われは、そこが怪しいと睨んだ」

「要塞? 東の方じゃなくて、こんな国土の中央付近で?」


 このあたりは、教国のちょうど真ん中あたりだ。

 全土でもっとも安全な一帯で、近くの村までなら女ひとりでも遠征できるほどだという。

 大陸のほかではちょっと考えられないほど、治安がいい。


「それがな」


 アイシャは声をひそめる。


「浮遊機動要塞、という話である」

「な、なんじゃそりゃ」


 思わず、声がうわずった。

 アイシャが冗談をいっているのかと思ったが、少女の表情は真剣そのものだ。


「旧人の遺産を掘り出したのではないかと、われは考えている。この地の霊脈から考えても、かの地にその集積点があっておかしくはない」

「旧人? 霊脈?」

「いまから、およそ三万年ほど前に栄えた文明である。そうか、あまり伝承されておらぬ知識か、これは」


 ひょっとしてそれ、竜として知っていたってやつか?

 もうちょっと、詳しく聞いてみる必要がありそうだ。


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