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第11話 秘境の山脈を越えて

 捕らえた男、ドルガによると、魔剣技とは現在の大陸において、剣技の極みとされる技術らしい。

 彼は王都の道場の師範から習ったというが、そのためには高い金を払い、血のにじむような修練を積む必要があったとのことで……。

 魔剣技の基礎すら習得できる者は十人に一人程度とのこと。


 実戦で使えるレベルの魔剣技を習得できた自分はすさまじいエリートなのだと自慢げに語っていた。

 まあ、そのエリートさまも裸にされて拘束されて、これから縛り首なんですけどね。


 村を占拠していた兵士たちを叩きのめした、その日の午後。

 おれとアイシャは、慌ただしく出発した。


 アイシャとノーラの別れは慌ただしいもので、おれは少し申し訳なく思ったが……。

 アイシャがいうには、「これでよい。もはやわれは、貴族の娘でもなんでもないのだから」とのことである。


 出発を急いだ理由は、村人たちに気を遣わせてしまうだろうからだ。

 ただでさえ、食料は野盗まがいの兵士たちに食い荒らされ、男は多数、殺されている。

 そんな状況で、村人たちはおれたちを歓迎し讃えるための派手な宴会を開こうといって、きかなかった。


 さすがにそれは、とおれもアイシャも全力で辞退した。

 この先、村には多数の困難が待ち構えているだろう。

 本当は、しばらく村に滞在してその手伝いができればいいのだが……。


 おれたちは、監獄城でさんざんに暴れた身だ。

 当面の目標もある。

 そういうわけで、食糧の補充すらせず出発したのだった。


 おれとアイシャなら、森の野生動物を狩るくらいは簡単なのだし。

 ああそれと、村人から贈呈されたいくつかの装備については、ありがたく頂いた。


 おれは、村の秘宝であったという霊剣ナヴァ・ザグを。

 アイシャは、ノーラの家の家宝という、ピンクスパイダー・シルクで編まれた霊衣を。

 ピンクスパイダーは森の奥に棲む魔物で、その絹糸は魔術の発動を補助することで有名である。


「村の秘宝や家宝を貰うなぞ……」


 と最初は固辞していたのだが、こればかりはどうしても受け取って欲しいと、押し切られてしまった。

 これからの旅において、絶対に役に立つであろうと。

 まったくその通りであるから、拒否することは難しかった。



        *



 かくしておれたちは、昼過ぎ、村人全員に見送られて出発した。

 街道へは向かわず、むしろ険しい山脈へと足を向ける。

 それが、シルダリへの最短経路だからだ。


「シルダリ教国までは、われらの足でも十日はかかろう。人里離れた山野を越える前提で、だ。それとも、コガネ。街道をおおまわりして、ゆっくり旅をするか?」

「いや、あまりこの国に長く滞在したくもないしな。人間を相手にするより魔物を張り倒してるほうが、よほど気が楽だ」


 ところで、と獣道を歩きながら……。

 アイシャが、くるくるとその場でまわる。

 身にまとった霊衣が揺れて、虹色の露のようなものが飛び散った。


 常人の目にもみえるほど凝固した霊気が、糸の先端からこぼれているのだ。

 午後の日差しを浴びて虹色に輝く少女の姿は、なんだかとても幻想的だった。

 まるで、あのかたが蘇り、踊っているかのようで……。


「どうであろうか。ほれほれ、綺麗であろう。褒めよ、コガネ」


 その言葉で、はっとする。

 違う、彼女はあのかたじゃないと。

 気をとり直し、おれはじっくりと少女の着る衣を観察した。


「おまえが霊気を抑え込まないと、こんなになるのか。ピンクスパイダー・シルク製の装備はいくつもみてきたが、こんな綺麗な防具は初めてだよ」

「誰が服を褒めろといった」


 アイシャはふくれっ面で睨んでくる。

 うるせえ、ガキか。

 あ、こいつ地面から突き出た木の根にひっかかって転んだ。


「う、うぬう」


 少女は起き上がり、むっすりした顔で泥を払う。

 ピンクスパイダー・シルクの霊衣は泥水を弾き、汚れひとつこびりつかない。

 長旅には便利そうだな。


 アイシャが、またこっちをじっとみつめてくる。

 なにか言葉をかけろってのか。


「あー、怪我がなくてよかったな」

「おぬし、われの先祖によく愛想を尽かされなかったな?」


 心の底から呆れた顔をされた。



        *



 幸いにして、霊剣ナヴァ・ザグのおかげで道中の魔物はいっそうスムーズに退治することができる。

 警戒するべきは夜襲だが、これはアイシャが風の第三階梯、ウィンド・テリトリーで周囲の空気の動きを察知するという手法により、それなりの安全を確保した。


 五百年前から、おれは大陸中を旅をしてきた。

 危険な荒野を単独で踏破したこともある。

 普通の動物や魔獣であれば、気配だけで飛び起きることができた。


「順調、であるな」

「まあ、なあ」


 険しい山を踏み越え、谷を飛び越え、地図と記憶を頼りにひたすら歩く。

 数日が過ぎた。

 予想通り、魔物に関してはなんの問題もなく退けることができたし、水も食料もさして困らなかった。


 困ったことは、ただひとつ。

 これがふたり旅で、おれが男、アイシャは女だということである。

 しかもアイシャは、なぜかおれにぴったりくっついて寝ることにこだわった。


「おぬしの霊気に包まれていると、安心する」


 そんなことを、真顔でいうのだ。

 ユーフェリアと同じ顔で。

 正直、かなり、困る。


 アイシャは頻繁に悪夢でうなされているようで、貴族令嬢としての彼女の心は、だいぶ消耗しているのかもしれなかった。

 ドルガの尋問をさせたのは、失敗だったかもしれない。

 いまさら、どうしようもないことではあるのだが……。


 どうにも彼女、男を誘惑することについて、よくわかっていない様子がある。

 おれのことを、頼りになる仲間として扱ってくれるのはとても嬉しいのだけれど。

 考えてみれば、十五歳の誕生日を迎えたばかりの、世間もろくに知らない貴族の娘、なんだよなあ。


 そういうことに対して、竜としての長い生はあまり参考にならなさそうだし。

 彼女の心が弱っているいま、おれがしっかりしないといけない。

 そう自分にいいきかせ、旅を続けた。



        *



 険しい山をひとつ越え、ふたつ越え、前人未到の地を突っ切って進む。

 みたこともない魔物を狩り、奇妙な植物を眺めた。


 採集した果物のいくつかは、アイシャの「竜だったころ、とてもおいしかった」という言葉を信じ、かじってみた。

 たしかに、甘露としかいいようがない、なんとも表現のしようがない甘みが口のなかに広がる。

 お腹がたぷたぷになるまで食べ続けてしまった。


 食べ終えたあと、身体中に霊気が満ち溢れるような感覚を覚えた。

 翌日には、その感覚は消えてしまったのだが……。


「霊脈の恵み豊かな地の動植物は、かように霊気に満ちておるのだ。おぬしも五千年ほどこの地で過ごせば、竜に匹敵する霊気を得られよう」

「気が長い話だな……。だから秘境の魔物ってのは強いのか」

「うむ。かつてのヒトが持っていて、いまは失ったもののひとつであるな」


 霊草の類いについても、アイシャは詳しかった。

 薬草のなかでも、強い霊気が溜まった地に生息し特殊な霊薬の材料となるものを、霊草と呼ぶ。

 竜は、古今東西の神秘について知識をたくわえるものなのだと、そういって胸を張った。


「竜だったころ、このあたりに来たことがあるのか」

「さあ、覚えておらぬ。記憶がない部分も多いし、なにせ竜の目で空からみるのと、こうして地上をノロノロ歩くのとでは、みえる景色があまりにも違うのだ」


 それもそうか、としかいいようがない。

 風の魔術で宙に舞いあがることができたとしても、彼女のいまの霊気の量では、竜の翼で遊弋するほどの高度をとるわけにはいかないのだから。


「地上の旅は不便だが、この不便さも悪くないと、われは思う」


 旅のさなか、少女はそんなことをいいだす。

 なにげなく、おれの手を握って。


「おぬしの手は、温かいな。竜の身では想像もできなかったことだ」

「そ、そうか?」

「竜であったころのわれには、親の記憶すらなかった。ある日、卵から孵り……そのときからすでに、己がひとりで生きるための術を理解していた。竜は完全にして無欠の生命よ。ゆえに、孤独であった。その命が尽きるときまで、孤独であり続けた。孤独であることが辛いとは思わなかったが、それはこのぬくもりを知らなかったがゆえのことと、いまなら断言できる」


 少女は、空をみあげていた。

 いまはもういない、コガネの知らない誰かの姿をみているような気がした。

 それはおそらく、アイシャというヒトの子として生まれた女の記憶で……。


「父も、母も、兄も、妹も。温かい手の持ち主であったよ」


 少女は、ぽつりと、そう呟く。

 だからこそ、なのかとおれは考える。

 いまは亡き親兄弟との思い出に囚われているのは、それが前世の彼女にとって絶対に得られなかったものだからこそ、なのか。


「たしかに、われは苦しんでいる。だが、それでもこの苦しみが、いまのわれには嬉しい。ヒトの生の、なんと色鮮やかなことよ」

「無理してないなら、いいけどな。キツくなったら、いつでもいえよ。急ぐ旅じゃない。いちど休むのもいいだろう」


 ミルがいま、どうしているのかは気になるところだ。

 ほかの仲間のことも。

 だが、そもそも五百年待ったのだ、いまさら数日違ったところでという思いがおれにはある。


 対して、この少女はどうだ。

 十五歳の誕生日に記憶が戻り、その寸前には親兄弟を皆殺しにされていたという。

 彼女にとっては、それからまだ十日と少しなのである。


「よいのだ。われとしては、いまだ我慢のならぬことがあるゆえな」

「我慢できないことって、なんだよ」

「いつまでも、おぬしに守られていることだ」


 ああ、とおれはうなずいた。

 たしかに、道中で魔物をなぎ倒すのは九割がた、おれだ。

 アイシャは、いくらか霊気でかさ上げしているとはいえ、もとが軟弱な貴族令嬢で、まともに使えるのが風の第三階梯まで。


 こんな秘境の魔物と正面からぶつかりあうのは、いささか無謀だろう。

 とはいえ、ただ逃げるだけなら簡単だろうし、おれのサポートとしては充分、役に立ってくれている。

 険しい山や峡谷を軽々と飛び越えられるのも、彼女の魔術あってのことである。


 ピンクスパイダー・シルクの霊衣をまとったおかげで、彼女の魔術の精度は大幅にあがっていた。

 ふたりで手を繋いだまま、かなりの時間、飛行させることが可能となっている。

 おかげで難所続きの旅は、思った以上にさくさく進んだ。


「適材適所、だろう」

「理性では、そうわかっているのだがな。もっとちからを、と竜としての心がそう叫んでおる」

「めんどくせえな、竜としての心」


 なんだと、と激昂された。

 うるせえ黙れとぎゃあぎゃあ騒いでいると、魔物が束になって襲ってきたので、それを撃退しているうちに喧嘩の原因など忘れてしまった。


 そうこうするうち、さらに数日が経った。

 シルダリ教国にたどり着いた。



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