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第1話 監獄城の剣聖勇者

 大陸を蹂躙し人類の恐怖のどん底に追い込んだ邪竜アイシャザック。

 それを滅ぼしたのが、おれたち七人の勇者だ。

 だが、大陸を救ったおれたちのその後は……。


 ハッピーエンドとは、ならなかった。

 帝国に凱旋した直後。

 おれたちはバラバラに引き離された。


 そして、おれ。

 若くして当代最強の剣聖と謳われたコガネは、謀反の罪で拘束されたのである。

 ほかの者がどうなったのかは、わからないが……。


 押しつけられた罪状は百をゆうに越える。

 どうやらおれは、とんでもない大罪人であったらしい。

 すべて、身に覚えのない罪だった。


「反逆者コガネを、無期幽閉刑に処する」


 ときの皇帝の命令で、おれは悪名高い監獄城の最上階に幽閉された。

 霊気を封じる刻印の描かれた魔導具、封印鎖で、その身を何重にも縛られて。

 膂力にはちょっと自信のあったおれが、いくらちからを込めても壊せないほど頑丈に、ぐるぐる巻きにされて。


「コガネ。おまえは、もう用済みなのだよ」


 おれを勇者のひとりとして取り立ててくれた第一皇子が、牢の扉の向こう側で告げる。

 きみこそが大陸最強であると肩を叩いてくれたその舌が、おれを「用済み」という。

 あざ笑っているわけでもなく、悲しんでいるわけでもなく、淡々とした口調だった。


「ユーフェリアとの婚約は破棄だ。あれは降嫁させる」


 出世欲がなかったかといえば、嘘になる。

 それ以上に、おれは第七皇女であるユーフェリアさまに惚れていた。

 孤児院出身のおれが彼女にふさわしい男となるには、でかい功績が必要だった。


 普通の者ならば、絶対に不可能な功績を成し遂げる必要がある。

 おれにとっては、それが邪竜退治だった。

 仲間にも恵まれ、おれは前人未到のその偉業を達成した、のだが……。


 その結果が、これか。

 帝国に奉仕し続けた男の末路が、これなのか。


「処刑できるなら、したかったのだがね。邪竜の血を浴びたおまえたちは、殺すこともできない」


 拘束されてから、苛烈な拷問を受けた。

 だが……どれほどの怪我も、あっという間に治癒してしまう。

 試しにと心臓を杭で撃ち貫かれたが、十を数える間に杭が抜け落ち、胸の傷はあとかたもなく消えてしまったほどである。


 思い出すのは、邪竜の断末魔の声と、あのとき周囲にばらまかれた膨大な霊気、そしてそれらをまともに浴びてしまった仲間たちの姿。

 神に達しようかというほど高められた竜の血は、脆弱な下等種に呪いと恩恵を与えると伝承は伝える。

 結果、おれたちは死のうとしても死ねない身体となってしまったようだった。


「なぜ」


 おれはひとことだけ、第一皇子に問うた。

 いいたいことは山ほどあったが、口にしても無駄だとわかっている。

 それでも、ひとことだけ、訊ねたかった。


「おれを、おれたちを始末する必要があった」

「預言があった。帝国にとって、過ぎたるちからは騒乱の火種となると。邪竜を打ち倒した七人の勇者は、いずれ帝国を滅ぼすだろうと」

「預言? いったい、誰が」


 教会の神託であれば、仲間のひとりであるミル、聖女と謳われた彼女に伝わらないはずがない。

 もしや、ミルが裏切ったということは……いや、彼女に限って、それはないだろう。

 はたして第一皇子は無言で、話を打ち切った。


 ブーツの足音が、牢から遠ざかっていく。

 通路の先で、重い鉄扉が締まる音が響く。

 次にあの扉が開くときは、はたして来るのだろうか。


 ひとつきりの狭い窓から差し込む陽の光だけが、昼夜を区別する手段だ。

 いまのおれには、水も食べ物も必要ない。


 仲間たちは、どうなったのだろうか。

 おれの身に起こったことを考えれば、おのずと予想はできるが……。


「ミルだけは、教会が動いて確保したって話だったか」


 彼女は、教会を代表とする聖女だ。

 いくら大陸を支配する帝国といえど、教会権力に逆らうことはできないだろう。

 せめて彼女だけでも無事であってくれと、心から願う。


 おれはあぐらをかき、目をつぶる。

 呼吸を整え、瞑想する。

 大気に交じる微量の霊気を少しずつ吸収していく。


 いまやれることは、これくらいしかなかった。

 無意味とわかっていても、暇をつぶせればそれでよかった。

 時間だけは、山ほどあるはずだった。



        *



 一昼夜がたったころ。

 ふたたび、通路の鉄扉の開く音がする。

 意外なことだな、とおれは眉をつりあげた。


 おれに用がある者など、もう誰ひとりとして存在しないはずだ。

 天涯孤独の身の上で、財も名誉もすべて失った。

 偽りの罪状で何重にも貶められ、政治的な利用価値もない。


 その、はずだったのだが……。

 牢の扉の向こう側から聞こえてきたのは、若い女性の声だった。

 おれはその声の主をよく知っていた。


「ユーフェリアさま」


 思わず、呼びかけていた。

 第七皇女ユーフェリア。

 おれの婚約者だった、今年で十六になる少女である。


 だがいまや婚約は解消され、赤の他人となったはず。

 帝都から離れた監獄城にあるこの牢まで、わざわざ足を伸ばす理由など、なにひとつないはず。


「ごめんなさい。ごめんなさい、コガネ」


 少女は、泣きながら謝罪した。

 なんども、なんども、謝り続けた。

 自分のちからが足りなかった、いや自分にはなんのちからもないのだと、嘆き続けた。


 あげくに、牢の扉を無理にでも開けようとして、お目つけ役の男たちに取り押さえられる始末だった。

 コガネと彼女を隔てる扉には、頑丈な鍵がかかっている。

 封印の魔導具という、特殊な魔術師でなければ開けない魔導具を用いた扉であると説明されていた。


 厳密には、部屋全体が魔導具による結界で覆われているのだという。

 よって壁を破壊するようなこともできないのだと。


「わたしは諦めません。手を尽くします。あなたにかけられた偽りの罪を晴らし、この牢から出すためなら、なんだってしてみせましょう」


 少女はそう誓い、立ち去った。

 通路の鉄扉の閉じる音が響く。



        *



 数日後、彼女はふたたびやってきた。

 なんの進展もなかった……どころか彼女の手からあらゆる権限がとり上げられ、身動きができなくなってしまったという。

 彼女をさっさと降嫁させるべく、準備が進んでいるとも。


「ごめんなさい。ごめんなさい、コガネ。無力なわたしを許してください」


 なんどもなんども、少女は謝罪する。

 彼女のまっすぐな気性は知っていた。

 だが、ここまでとは思っていなかった。


「愛しています、コガネ。この先、なにがあっても。ずっと」


 なにを、いまさら。

 やめてくれ、と叫んだ。

 おれのことなんてさっさと忘れてくれと。


 少女は、また来ると約束して去っていった。

 けっして諦めないと。

 希望を捨てないでくれと。



        *



 希望など、なかった。

 報告のたびに、少女は打ちひしがれた声で謝罪した。

 彼女が悲しむのは、自らの身体に鞭うたれるよりこたえた。


「もういい」


 おれはなんども、そういった。

 だが少女は、魑魅魍魎うずまく宮廷でただひとり、果敢に戦い続ける覚悟を示した。

 そんなことをしても無駄などころか、余計に皇帝や貴族たちの反感を買うだけだというのに。


「だって、コガネ。あなたがたのおかげで、国が、大陸が救われたのですよ」


 それが政治なのだ、と彼女もわかっているはずだった。

 しかしユーフェリアは諦めなかった。

 それでも……。


 終わりのときは来る。

 あるとき、彼女は憔悴しきった声で告げた。


「ごめんなさい」


 もう無理だと、もうダメなのだと、ただそのひとことでおれは理解してしまった。

 彼女の心は、ついに折れてしまったのだと。


 これでいい、と思った。

 無駄な努力でこれ以上、彼女の人生まで台無しにしたくなかった。


 不意に、そうかと気づく。

 おれは彼女のことを、愛していたのだと。

 こんなときに至って、そう気づいた。


「三日後、わたしの婚約が発表されます。ここに頻繁に来ることは、もうできないでしょう」

「もういい。二度と来るな」


 ぶっきらぼうに、突き放した。

 なんとも不器用なことだなと、口もとを歪める。

 おれも、彼女も、愚かだなと。


 別れのとき、彼女は泣かなかった。

 きっと、もう涙は枯れ尽くしたのだろう。

 鉄扉が閉まる音を黙って聞いた。


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