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9.演劇デート?

 王宮の夜会から、二週間が経った。

 あの男は、お見舞いと称して毎日のように伯爵家に出向いて来る。靴擦れを悪化させてしまったのは自分のせいなのだから、と言う大義名分を掲げているが、あれは完全に意地を張った私が悪い。だから気にするな、わざわざ来なくて良いと何度も言っているのに、男は一向に引き下がらない。


「もう殆ど治っているのだから、これ以上のお見舞いは結構よ」

「いや、知らなかったとは言え、悪化させたのは俺なのだから、ここで放り出す訳にはいかないだろう。完治するまでは通わせてもらう」


 何度断っても、男には突っぱねられてしまう。私にとっては、いい加減鬱陶しいし、迷惑なので止めて欲しいのだが。

 だけど、伯父様も伯母様も、一見誠実に見えてしまう男の態度に感化されたのか、大事にしてもらえているみたいで良かった、なんて仰っているし、お兄様までもが、男が毎日訪問して来るにつれ、どうやらきちんと反省しているようだ、と評価して徐々に態度を軟化させていく始末だ。相変わらずあの男、対外的アピールには長けている。

 そして、治ったら治ったで。


「あまり外出できなくて、退屈だっただろう。今話題になっていると言う、演劇でも見に行かないか?」


 これである。

 即答で断りたかったが、家族がいる時に発言してくれたものだから、伯父様と伯母様にまで良い考えだと勧められてしまい、頭を抱えたくなるのを堪えつつ、頷かざるを得なかった。


 男のエスコートで侯爵家の馬車に乗り込んで、劇場に向かう。我が家の馬車よりも一段と良い乗り心地に少し感動しながらも、狭い空間の中に男と二人きりと言う現状には溜息しか出てこない。演劇のあらすじや出演俳優を簡単に説明してくる男に、景色を眺めつつ生返事をしながら、どうせならお兄様と一緒の方がまだ楽しめるのに、と思っていた。


 だけどいざ演劇が始まると、私は隣に男がいる事も忘れて見入ってしまった。流石は今巷で絶賛されている演劇と言うだけの事はある。対立する貴族の家同士に生まれた令息と令嬢の恋物語に、すっかり感情移入してしまった私は、最後の方は思わず涙を流してしまい、隣から差し出されたハンカチを借りて有り難く使わせてもらった後で、隣に座っているのはお兄様ではなくあの男だった事を漸く思い出して、顔を引き攣らせたのだった。


「思っていたよりずっと良かったわね。ハンカチは洗って返すわ」

 演劇が終わり、自分の醜態に顔を赤らめながら男に告げる。


「気にするな。何なら返さなくたって良い。それよりこの近くに有名なカフェがあるそうだ。ついでだから行ってみないか?」


 言われてみれば、小腹が空いている。それに甘い物は大好物だ。一緒に行くのがこの男である事に少し悩みながらも、行くという選択肢を選ばない手はなかった。

 カフェは劇場から近いらしいので、男に案内されるままに街中を歩く。色々なお店が建ち並んでいる中で、可愛い小物が置いてある雑貨屋を見付けた。つい入って中を見てみたくなりながらも、今度お兄様に連れて来てもらおう、と思いとどまり、店名と場所を記憶しておく。


 男が案内してくれたカフェも期待以上のお店だった。私が選んだ季節のフルーツタルトは、フルーツがぎっしりと乗っているし、カスタードクリームも濃厚だし、生地もさっくりしていて、とても美味しかった。他のケーキも美味しそうだったから、絶対にまた来たい。


 小腹を満たして満足しながらお店を出る。後はもう帰るだけだろう、と思っていたら、私が先程目を付けた雑貨屋の前で、男が立ち止まった。


「ここ、さっき気にしていただろう。ついでだから入ってみるか?」

 男の誘いに、私は目を丸くした。


「……あんた、意外と私の事、ちゃんと見ていたのね」

「この前、踵の事には気付いてやれなかったからな。同じ轍はもう踏みたくない」


 真面目な表情で答える男に、また一瞬胸が高鳴った。

 ……この男は、何を考えているのだろう。今は二人きりなのだから、世間体を取り繕う必要は無い筈だ。明らかに女性向けの可愛い雑貨屋に、この男が入るメリットなんて全く無い筈なのに、何故?


 首を傾げながらも、まあいいか、と思い直し、折角なのでお店に入る。可愛い動物の置き物、淡い色の文具、花柄の便箋等、見ているだけで心が躍る物が沢山並んでいてとても楽しい。順番に見て回っていた私は、目に留まった白百合のブローチを手に取ってみた。

 これ可愛い。リリーに似合いそうだな。お土産に買おうかな。

 そう思っていたら、不意に手の中のブローチが消えた。


「えっ? あ、ちょっと?」


 私からブローチを取り上げた男の後を追うと、男はさっさと会計を済ませてしまい、ブローチが入った小袋を私に押し付けてきた。


「それ、気に入ったんだろう?」

「え、いや、侍女のお土産に良いなと思っていたんだけど」

「え?」

「……何か良く分からないけど、お代は返しておくわね」

 何故か男は戸惑った様子で呆然としていたけれど、取り敢えずお金は押し付けておいた。


 帰りの馬車の中では、行き程気が重くなかった。演劇には感動したし、タルトは美味しかったし、いつもお世話になっているリリーに、良いお土産が買えた。カフェと雑貨屋は気に入ったから、是非ともまた行ってみたい。

 上機嫌の私に対し、男は何故か気まずげな表情を浮かべながら、外の景色を眺めていた。


 帰宅した私は、早速リリーにお土産を渡した。


「可愛いブローチですね! お嬢様、素敵なお土産をありがとうございます!」


 どうやら気に入ってくれたみたいで、良かったと胸を撫で下ろす。満面の笑顔を浮かべるリリーに満足しながら、リリーが用意してくれた果実水に口を付けた。


「それにしてもお嬢様、演劇だけでなく、カフェにも雑貨屋にも寄って来られたのなら、今日はさぞかし楽しいデートだったのでしょうね」

「!?」


 危うく果実水を誤飲してしまう所だった。何とか飲み下して、リリーの言葉を脳内で反芻する。

 デート? あの男と? 私が?

 確かに振り返ってみれば、二人で演劇を見に行って、お茶して、一緒にお店を見て回って……と、している事は男女のそれかも知れないが、あの男とデートとか……いや違う。断じて違う。これは単なる外出だ。偶々一緒に行った相手が、あの男だったと言うだけだ。異論は一切認めない。

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