7.十六歳の誕生日
「十六歳のお誕生日おめでとう、クリス」
「おめでとう」
「おめでとう、クリス!」
「ありがとうございます! 伯父様、伯母様、お兄様」
今日、私は十六歳になった。ゴールディー王国では十六歳で成人と見なされるので、この日は盛大にお祝いをする。勿論、我がシルヴァランス伯爵家も例外ではなく、私は家族から貰ったプレゼントを身に着けて、パーティー会場である広間に足を踏み入れた。
伯父様からは、私の青い目と同じ色の青いドレス。袖口や胸元には白のフリルが付いていて、可愛いくもあり大人っぽくもある。伯母様からは、髪の色と同じ銀色の靴。お兄様からは、青い髪飾り。どれもこれも、素敵なプレゼントでとても嬉しい。
招待客の方々からも、お祝いの言葉を頂いたり、プレゼントを頂いたりして、とても嬉しく、楽しい時間を過ごしていた。
「クリス。誕生日おめでとう」
「……ありがとうございます、ライアン様」
あの男からも声を掛けられ、私は淑女の笑みを返した。家族は勿論の事、招待客の目もあるのだから、いつものように睨み付ける訳にはいかない。一応、仲の良い婚約者に見えるようには振る舞わなければ。
「……そのドレス、良く似合っているな」
「ありがとうございます。伯父からのプレゼントですの。ライアン様も、正装が良くお似合いで、いつもより素敵ですわ」
「そ、そうか?」
貴族の挨拶代わりのお世辞の遣り取り。だけど、男の動きが何処か固い。
緊張しているのだろうか? いやいや、主役の私がするなら兎も角、何故この男が緊張するのだ。それに、この男が緊張しようがしまいが、はっきり言ってどうでも良い。
「……これ、プレゼントだ」
「ありがとうございます。開けてみても宜しくて?」
「ああ」
男に貰ったプレゼントを開けた私は、ギョッとして目を剥いた。中身は、大粒のエメラルドが付いた銀の首飾り。それも、一目でとても高価だと分かる代物だった。
「気に入ってくれたか?」
「……ええ。とても素敵ですわ。ありがとうございます」
何とか笑みを浮かべて、お礼を述べる。
侯爵家であれば、これくらいのプレゼントは当たり前なのかも知れないが、漸く貴族の生活に慣れてきたばかりの元平民の私に、こんな高価なプレゼントなんて心臓に悪い。普通の貴族令嬢なら大喜びするのだろうが、私は見ているだけで、冷や汗がダラダラ流れ出てきそうだ。確かに素敵だし、有り難いけれども、こんな高い物、怖くて身に着けられない。
「それは良かった。クリス、俺と一曲踊ってもらっても?」
「ええ、構いませんわ」
正直に言うと、気分が乗らなかったが、一応は婚約者の間柄なのだから、一曲くらいは踊らなければなるまい。プレゼントはリリーに預け、差し出された男の手を取って、広間の中央へと足を進めた。音楽に合わせてステップを踏む。
「……ダンスは上手いんだな」
「練習しましたから」
元々お転婆だった私は、運動は得意だ。その運動神経が活かされたのか、淑女教育でダンスだけは、先生から早々にお褒めの言葉を頂いた。毎回嬉々として練習相手を務めてくださったお兄様のリードが上手いという事も、一因だったと思うけれども。
一曲踊り終えて、伯父様やお兄様達の所に戻ろうとしたが、男が手を離してくれなかった。不思議に思い、男を見上げる。
「クリス、もう一曲どうだ?」
「生憎、少し疲れてしまいましたの。それに喉が渇いているので、何か飲み物を取って来ますわ」
「そうか。なら俺も行こう」
断る間もなく、男は私の腰に手を添えてエスコートする。一瞬固まってしまったけれども、公衆の面前で振り払う訳にもいかないので、仕方なく従い、男から初心者でも飲みやすいと言う、果実酒の入ったグラスを受け取った。
「疲れたのなら、少し外に出るか?」
「……そうですわね」
婚約者としてのアピールなのか、今日はよく絡んで来るなと思いながら、再び男にエスコートされ、私達は庭に出た。周囲に誰もいない事を確認して、大きく息を吐き出す。
今日は主役と言う事もあって、招待客の相手等、色々気を張っていたから、流石に疲れた。喉を潤す果実酒が心地良い。
視線を感じて見上げると、男がじっと私を見つめていた。
「……何よ」
「今日は怒っていないんだな」
「失礼ね。私が常に怒っているとでも?」
憤慨したものの、よくよく思い返してみれば、この男に会っている時、私は常に怒っていた。と言うか、私を怒らせるような言動を、毎回この男がしてくるからだけど。
「それなら、改善は成功したと思って良いみたいだな」
目を細めた男の言葉に、私は目を丸くした。
そう言えば、確かにこの前、そんな事を言ったような……。期待なんて全然していなかったから、うっかり忘れる所だったけれど、この男なりに色々考えて、態度を改めてくれたのだろうか。一応、私の為に、努力はしてくれているのかな、と少しだけ男を見直した。
「そうね。……だけど、あんたは疲れるんじゃない?」
今度は男が目を丸くする番だった。
「今日はずっと動きが固くて、緊張しているみたいだったわよ? そんな事では、継続は難しいんじゃないかしら。それに、私の顔色を窺い続けるあんたなんて、何考えているか分からなくて、気持ち悪いわ」
「きっ、気持ち悪いだと!?」
心外だ、とでも言いたげに、男は声を荒らげる。
「そう。あんたなりに色々考えてくれたみたいだから、それはそれで有り難いけど、私に気を遣われても、今更、って感じだし、そうやって言いたい事言っていなさいよ。その方が余程あんたらしいわ」
「……」
唖然とする男を尻目に、私は勢い良くグラスを傾けて空にした。
可愛くない良い方だったけれども、柄にもない事を言ってしまった。飲み物も無くなった事だし、そろそろ戻ろう。パーティーの主役が、あまり長い間中座する訳にもいかないだろうし。
「……お前、意外と俺の事、ちゃんと見てくれていたんだな」
その言葉に顔を上げると、男が嬉しそうに微笑みを浮かべて私を見ていた。その優しげな声色と視線に、一瞬胸が高鳴った。
忘れていた。この男、顔だけは良いのだ。中身はとんだ脅迫最低男のくせに。
「意外とって失礼ね。私、もう戻るわ」
「なら、俺も戻ろう」
男がまたエスコートの手を差し出して来る。私は一瞬戸惑って、その手を取った。戻る時に婚約者と一緒でありながら、エスコートが無いなんて不自然だろうし。
ちらり、と横目で男を見上げる。隣に立つ男は、紳士然とした態度で、優雅に私を会場まで連れて行ってくれた。本当にこの男、外面だけは良いのよね。
伯父様方の所に戻り、漸くあの男から離れる事ができて、人知れず溜息をつく。今日は何事も無かったけれど、やっぱりあの男と一緒にいると、何だかピリピリして疲れてしまう。
だけど、努力した甲斐があったのか、どうやらアピールは成功したようで、仲が良くて何より、等と招待客から冷やかされてしまった。内心で思いっ切り否定したが、まさかおくびにも出す訳にはいかないので、取り敢えず笑顔を浮かべて受け流すしかなかった。