26.十七歳の誕生日
日に日に暖かくなり、漸く春の訪れが実感できるようになった頃、私は十七歳の誕生日を迎えた。
「十七歳おめでとう、クリス!」
「ありがとうございます、お兄様!」
「お誕生日おめでとう、クリス」
「おめでとう」
「ありがとうございます、伯母様、伯父様!」
家族を始め、皆に祝福されて、プレゼントまで頂けて、私は本当に幸せ者だ。夜にはパーティーも開いてくださって、沢山の方々にもお祝いしていただいた。
「クリス、十七歳の誕生日おめでとう」
「ありがとうございます、ライアン様」
勿論、婚約者であるライアンも、パーティーに来てくれた。手渡されたプレゼントを、断りを入れて開けて見ると、一年前の誕生日に貰った首飾りと合わせた、エメラルドが付いた銀の耳飾りだった。
「ありがとうございます! とても嬉しいですわ。早速着けてみますわね」
高価なプレゼントに緊張しながらも、早速耳に着けてみる。今日の私の格好は、白地に銀糸の刺繍が入ったドレスに、銀色の靴。そして、一年前にライアンに貰った首飾りを身に着けている。ドレスと首飾りに、丁度合うと思うんだけれども。
「如何でしょうか? ……似合いますか?」
「……ああ。とても、綺麗だ」
ドキドキしながら尋ねてみると、ライアンは頬を染めながら、蕩けるような笑顔を見せてくれた。こちらまで赤くなってしまいそうで、目を逸らしたくなりながらも、プレゼントが嬉しかった私は、はにかみながらそっと微笑んでみた。
そうしたら、ライアンは一瞬で首まで真っ赤になったかと思ったら、勢い良く横を向かれてしまった。
え、えー……。何なんだ、もう。
少しの間困惑していたが、ダンスに誘われたので、ライアンと一曲踊る。今日のライアンは、何故か緊張しているみたいで、動きが何処か固かった。
どうしたんだろう。いつもなら、もっと余裕を持って上手にリードしてくれるのに。
踊り終えて、伯父様方の所に戻ろうかと思っていると、尚もライアンに引き止められた。
「クリス、大事な話があるんだ。二人きりで話がしたい。少し時間をくれないか」
「ええ、構いませんけれど」
何だろう、と思いながらも、休憩用の部屋にライアンを案内する。二人きりになると、ライアンは真剣な、だけど何処か思い詰めたような表情で、私の目を見つめてきた。
「クリス、俺は先日、父上に、そろそろ全ての仕事を引き継いでも良い、と言われたんだ」
「そうなの? 凄いじゃない! この冬はとても頑張っていたものね。ライアンの努力の賜物だわ」
ライアンがくれる手紙で、勉強漬けの毎日を送り、どれ程努力していたかを知っている私は、素直に称賛する。ライアンは照れたように頬を染めたものの、表情は真剣なままだった。
「それで、俺もそろそろ、身を固めたいと思っている」
ライアンの言葉に、私は固まった。
……え、身を固めるって……、そういう意味、だよね?
硬直していると、ライアンは跪き、懐から小さな箱を取り出して、私に向けて開いて見せた。中には、大粒のエメラルドが輝く指輪が鎮座している。
え、これってまさか……!?
「クリス、俺と結婚して欲しい」
突然のプロポーズに、私は何も言葉を返せなかった。両手で口を押さえたまま硬直していると、緊張気味のライアンの表情が、徐々に歪んでいく。
「……やっぱり、嫌か? 俺の事は、まだ嫌いなままなのか……?」
今にも泣き出しそうなライアンに、私は焦って口を開いた。
「べ、別に、嫌でも嫌いでもないわよ!」
思いの外大きな声が出てしまった。ぽかんとしているライアンを前に、徐々に顔に熱が集まっていく。
「その……いきなり過ぎて、心の準備が何もできていないだけだから……」
「じゃ……じゃあ、俺と結婚してくれるのか?」
期待と不安の入り混じったライアンの眼差しに、私は息を呑む。
「そ……そりゃあ、一応……婚約者な訳だし」
呟くように答えると、弾かれたように立ち上がったライアンは、私を力一杯抱き締めてきた。
「ありがとう!! クリス!! 嬉しい……!!」
「……ッ苦しいッ! ちょっとッ、放して……!!」
「わ、悪い!」
慌てて力を緩めてくれたライアンは、それでも私を放そうとはしなかった。暫くの間抱き締められたままでいた私は、恥ずかし過ぎて頭がぼうっとしてくる。
あの……いい加減、放して欲しいんだけど。
「好きだ、クリス。愛している」
熱が込められた声で、耳元で囁かれ、心臓が爆発するかと思った。
顔を真っ赤に染めて立ち尽くす私の左手を取り、ライアンは薬指に指輪を嵌める。愛おしそうに私の頬を撫でたライアンは、そのまま頤を持ち上げて、ゆっくりと顔を近付けてきた。
「え……ちょ、ちょっと待って!!」
キスされる寸前の所で、咄嗟にライアンの顔を両手で押さえた。
「……何で止めるんだよ」
「こ、心の準備ができていないって言ったでしょ! いくら何でも、急過ぎるのよあんたは!」
「でも、俺の事が好きなんだろ?」
直球過ぎるライアンの言葉に、私は頭から湯気が出るかと思った。
「わ、わ、私は別に、あんたの事、好きって言っていないじゃない!!」
思わず怒鳴ってしまった私に、ライアンは狼狽える。
「で……でも、俺の事は嫌いじゃないんだよな……? プロポーズだって受けてくれたし、心の準備ができていないだけで、俺の事は好きなんだろう?」
「し、知らないわよそんな事! 勝手に決め付けないでよね!!」
顔を背けてはぐらかす私を、ライアンはじっと見つめてくる。
「……照れ隠し、だよな? 顔を真っ赤にしながら言われても説得力ないし……。第一、本当に俺の事を疎んでいるなら、お前の性格からして、雷魔法で攻撃してくるんじゃないのか?」
「あら、お望みならそうしても良いのよ?」
「すみません調子に乗りました」
仏頂面で右手を掲げ、バチバチッと電撃を走らせて見せると、ライアンはすぐさま頭を下げて謝ってきた。
「ハァ……。仕方ない、今日の所は諦めるか。……だけど何時か、気が向いた時で良いから、お前の気持ちを、ちゃんとお前の口から聞かせてくれよな」
ライアンは肩を落として、深く溜息をつきながらそう言うと、私の肩を抱き寄せて、止める間も無く、頬にキスを落としてきた。
色々限界だった私は、頬を押さえて顔を真っ赤に染め上げ、口をパクパクさせながらも、絶句するしかなかったのだった。