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25.二ヶ月振りのライアン

 暦の上では早春となり、まだ冬の寒さは残るものの、漸く少し暖かくなってきた。雪で外出できなかったり、お互い勉強で忙しかったりで、かれこれ二ヶ月近くライアンには会っていなかったけれども、今日は久々に、ライアンがシルヴァランス伯爵家に来てくれる事になっている。

 今朝は何故だかいつもよりも早く目が覚めてしまった。身支度を整え、リリーに髪を梳かしてもらう。


「お嬢様、今日は何だかご機嫌ですね」

「そうかしら?」

 私としては、いつもと変わらないのだけれど。


「いつもよりも、何となく嬉しそうにされているように見えますよ。ああ、今日は二ヶ月振りにライアン様にお会いできる日ですものね。楽しみですね!」

「べっ、別にそう言う訳じゃ……!」


 リリーの方を振り返って否定しようとしたが、その動きで髪が引っ張られてしまった。顔を顰めながら、仕方なく前を向き直す。鏡の中には、不貞腐れた表情をしながらも、顔を赤らめた私が映っていた。

 ……これはリリーに揶揄われたからだ。別に、ライアンに会うのが楽しみだと言う訳では無い。……ちょっとは、ほんのちょっとくらいは、久し振りに顔が見たいかな、とか思わないでもないけれど。


 午前中は、時間ばかりが気になって、そわそわして勉強に身が入らなかった。昼食の時も、伯父様方と会話をしながらも、何処か上の空で、気付けばライアンの顔ばかりが脳裏を過ってしまった。

 これじゃ、まるで本当に私がライアンの訪問を楽しみにしているみたいじゃないか! 違う別に楽しみとか会いたいとかそんな事思っていないから!

 自室で頭を抱えていると、リリーがライアンの到着を知らせてくれた。思わず勢い良く顔を上げそうになったけれども、咄嗟に思い止まって、淑女らしく優雅に返事ができた私、偉い。


 階段を下りて応接室に行くと、私の姿を目にしたライアンが、顔を綻ばせながらソファーから立ち上がった。


「クリス! 久し振りだな!」

「ええ、お久し振りですわね……」


 二ヶ月振りに見るライアンに、目を奪われる。

 もしかしてライアン、少し背が伸びた? 顔もこんなに精悍だったっけ? 身体も以前よりも筋肉が付いて引き締まっているような?

 些細なライアンの変化に動揺しながらも、淑女らしく取り繕って、ソファーに腰を下ろす。リリーが紅茶を注いでくれて、部屋の隅に下がるまでの間、何故かドキドキしてしまって、正面に座るライアンをまともに見られなかった。


「二ヶ月近くも会えなくて、すまなかった。元気にしていたか?」

「ええ、私はずっと元気だったわ。伯母様が風邪を引いて、数日寝込んでしまわれたけど、今は元通りお元気だし。そう言うライアンはどうだったの?」

「俺は全く問題なかった。勉強漬けの毎日だったけど、鍛練は怠っていなかったからな。冬はどうしても運動不足になりがちだから、鍛練の量も増やしていたんだ」

「そう、道理で以前よりも逞しく見える訳だわ」

 私がそう答えると、ライアンは目を丸くした。


「……クリスにそう言ってもらえるなんて、頑張った甲斐があったな」


 心底嬉しそうに、笑顔を見せるライアン。その笑顔が心臓に悪くて、私は思わず視線を逸らしてしまった。

 ちょっと褒めたくらいで、何でそんなに嬉しそうな顔をするのよ……。


「クリスも、綺麗になったな。女性らしくなったよ」

 ライアンの言葉に、私は眉間に皺を寄せた。


「あら、以前は女性らしくなかったと言いたいのかしら?」

「ち、違う! そう言う訳じゃない! その、女性らしい身体になったと言うか、身体が丸みを帯びたと言うか……!」

「信じられない!! 普通本人を目の前にして、そんな事言う!? 確かにちょっと太ったけど!!」

 激昂した私は怒鳴り付ける。


 冬の間は運動不足だったし、寒い季節ならではの料理が美味しくて、ちょっと食べる量が増えてしまったしで、身体にお肉が付いてしまった自覚はある。だけど、直に言葉にしてくるなんて、本当にこの男は失礼だ。デリカシーと言うものがまるで無い。


「違う!! 太ったとかじゃなくて、胸が大きくなったなと思って……!!」

「なっ!? 何処見ているのよこのスケベ!!」

 再び私は絶叫する。


 ああもう、本当に最低!! 何で私はこんなセクハラ最低男の挙動に振り回されて無駄に動揺しなきゃならないのよ!! 私の心の平穏を返せ!!

 頭に来てそっぽを向いていると、盛大な溜息が聞こえてきた。


「悪かった、クリス。その……要するに、クリスがますます魅力的になった、という事を言いたかっただけなんだ。だから、頼むから機嫌を直してくれ」


 ライアンの声色はすっかり意気消沈してしまっているが、あんな事を言われて、そう簡単に機嫌を直して堪るものか。そっぽを向いたまま、紅茶を飲む。


「この二ヶ月間、クリスに会う事だけを楽しみに頑張ってきたんだ。仕事は全部覚えたし、まだ父上のようにはいかないが、任せてもらえる事も増えてきている。やっとクリスに会えたのに、機嫌を損ねたままで居て欲しくない。この通り謝るから、頼む……!」


 縋るような声色に、ちらり、とライアンの方を見ると、切なげな眼差しで私をじっと見つめていた。その視線にどぎまぎして、また目を逸らしてしまう。


「……あんた、そんなに私に会いたかったの?」

「ああ。ずっと会いたかった」


 力強く即答するライアンの言葉に、顔に熱が集まっていくのを感じる。私、今絶対耳まで赤いに違いない。

 どうして何の躊躇いも無く、そんな恥ずかしい台詞を言ってくるのよ。もう。


「……クリスは、どうだったんだ? 少しでも、ほんのちょっとでも……俺に会いたいと、思ってはくれなかったのか?」

「べっ、別に……!」


 そんな事思っていない! と言い掛けて、思わず口を噤んだ。

 私を見るライアンの、憂いを帯びた表情を見てしまったら……、とても、意地を張る気になんてなれない。


「……あんたに会えなくて、ちょっとだけ……寂しかったわよ」

 呟くように答えると、ライアンの表情がパアッと輝いた。


「そ、そうか! 寂しいって思ってくれていたんだな!」

「ち、ちょっとだけよ! ほんのちょっとだけなんだからねっ!」

「それでも、そう思っていてくれて嬉しい! そうか、俺が居なくて寂しくて、会いたいって思ってくれていたのか!」

「そこまで言っていないわよ! 調子に乗らないでよね!」


 声を荒らげて否定しても、暫くの間、ライアンは気持ち悪いにやけ顔のままだった。

 何だか腹が立ったので、それ以降は一日中、私はずっと膨れっ面のままだった。

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