24.ライアンからの手紙
ゴールディー王国に、冬が訪れた。
今年の寒さは思いの外厳しい上に、吹雪で外出ができない日々もあった。例年なら、雪が積もる日はあっても、吹雪なんて滅多に無いのに。
とは言え、豪雪地帯のコルヴォ村で生まれ育った私にとっては、これくらいの寒さなんて大した事は無い。だけど先日、一日だけとは言え、珍しく熱を出して寝込んでしまった事もあり、今年は皆に気を遣われてしまった。
「お嬢様、寒くはありませんか? 暖炉の火を強めましょうか?」
「私は平気よ、リリー。もしリリーが寒いのなら、強めても良いわよ」
「私は身体を動かしておりますので、大丈夫です」
リリーが淹れてくれた紅茶を、お礼を言いながら手に取る。ずっと書き物をしていたので、流石に疲れてしまった。淹れたての温かい紅茶は、丁度良い気分転換だ。
「今日はずっとお机に向かっておられるのですね。……そう言えばお嬢様、今朝ライアン様から届いたお手紙のお返事は、もう書き終えたのですか?」
「!?」
紅茶を噴き出しそうになった。ぐっと堪えて飲み込む。
何か、こんなこと前にもあったような……。まさかわざとタイミングを見計らって言っている訳じゃないよね?
「い、今書いている所よ。」
「そうですか。早めにお返事を差し上げた方が、ライアン様も喜ばれると思いますよ」
「わ、分かっているわ」
にこにこと、楽しそうに私を見つめてくるリリーから目を逸らす。何だか顔が赤くなってしまっているような気がするけれど、きっと気のせいだ。だから、生温かい視線を送ってくるのは、止めてもらえないかな?
居心地が悪くなってきた私は、さっさと紅茶を飲み干して、早々に休憩を終える事にした。微笑みながら退室するリリーを見送って、今朝届いた手紙と、新しい下書き用の紙を取り出す。
言えない。今朝届いたライアンからの手紙の返事に、ずっと悩んでいるだなんて。
『愛しいクリスへ
身体はもう治ったと聞いたが、その後はどうだろうか? 見舞いにも行けなくて、本当にすまない。今すぐ飛んで行って、自分の目で確認したいくらい、君の事を心配している。今年の冬はより一層寒さが厳しいが、元気に過ごしているだろうか?
こちらは、皆元気に過ごしている。この冬の間に、侯爵家の仕事を全て覚えるのが目標だ。少しずつ父上の役に立てるようになってはいるが、早く一人前になって、君に認めてもらいたい一心で頑張っている。
以前は頻繁に会っていたのに、今はなかなかクリスに会えなくなってしまって、とても寂しくて辛い。だがその分、また次に会える日を凄く楽しみにしている。
また風邪を引いてしまわないように、身体に気を付けて過ごしてくれ。
愛を込めて ライアン』
何だこのこっ恥ずかしい手紙はあぁぁ!!
ライアンの手紙を読み直して、私はベッドに突っ伏してしまった。
いや、恋人と言うか、婚約者に送る手紙なら、形式通りなんだけどさ! 『愛しい』とか、『愛を込めて』とか使われたら、私も使わなきゃいけないのかなとか思ったり!
私の事を心配してくれたりとか、私に認めてもらいたくて頑張っているとか、私に会えなくてとても寂しくて辛いとか、何かもう読んでいるこっちが恥ずかしくなっちゃったり!
……こんな手紙を貰ってしまったら、本当にライアンは私の事好きなのかな、なんてちょっと自惚れそうになってしまったり。私も同じような内容を返さないと、ライアンががっかりしちゃうかな、とか考えてしまったり。
そんな訳で、書き出しては上から線を引いて消し、また書いては塗り潰して消し、と言う事を繰り返しているだけで、結局一行も進んでいない。真っ黒になった紙がどんどん増えていくだけだ。そろそろ丸めた紙がゴミ箱から溢れそうなんだけど。
あーもう、何て書けば良いのよ……。
困り果てながら、私は渋々身を起こして机に向かった。
『愛しいライアン様へ』
いやもう既に何か違う恥ずかしい!
『ライアン様へ』
……愛想が無さ過ぎじゃないかな?
『親愛なるライアン様へ』
……まあ良い。これで行こう。やっと一行進んだ。
『ご心配ありがとうございます。私はもうすっかり元気です。以前暮らしていたコルヴォ村の冬に比べれば、これくらいの寒さは私にとっては大した事はありません。
伯母様が多少風邪気味ではありますが、温かくして過ごすよう気を付けているので、今の所は大丈夫との事です』
……ここまでは良し。まだ近況報告だから、すらすら書けた。
『私も少しでも立派な淑女になれるよう、淑女教育は勿論の事、苦手な刺繍も頑張っています』
……何か、これだけだと素っ気無いかな。どうしよう。
『私もライアン様に相応しい、立派な淑女になれるよう、淑女教育は勿論の事、苦手な刺繍も頑張っています』
……うん、やっぱり『ライアン様に相応しい』は余計だわ! さっきの文に戻そう。
『なかなかお会いできなくて寂しいですが』
べ、別に寂しくないし! 数日空けずに手紙くれている訳だし! これは消してと……!
『お会いできない日々が続いておりますが、私もまた、次にお会いできる日を楽しみにしております』
楽しみ……。少しだけ、ほんのちょっとだけ、会いたいかな、って思っているのは、事実だし。
『ライアン様もお身体には気を付けてお過ごしください。
愛を込めて クリス』
べ、別に愛なんて込めてないし!! 形式的なものだから、仕方なく書いているだけだからねっ!!
悩んで書いて、上から塗り潰してまた書いて、を繰り返し、漸く下書きが完成した時には、もう日が暮れてしまっていた。綺麗に清書し直して、盛大に溜息をつく。
あー、もう疲れた。何でこんなに悩まなきゃいけないのよ……。
「リリー、明日で良いから、この手紙をライアン様に送っておいてくれるかしら?」
「分かりました! お預かりしますね」
何故かご機嫌なリリーに、厳重に封をした手紙を渡し、疲れ果てた私はベッドの上に身を投げ出した。
やっと書き終わったは良いが、終わったら終わったで、ライアンの反応が気になってしまう。
素っ気無さ過ぎ、と言う事は無いと思うけど、一応、ちょっとは、ライアンの事を気に掛けている事くらいは、伝わったかな? 愛想が無さ過ぎて、もう手紙が来ない……なんて事は無いよね?
返事を書くのは大変だけど、手紙が全く来なかったら……、少し、寂しいかも。考えてみたら、ライアンに告白されてから、碌に会えていないし……。べ、別に、会いたいとかそんな事、思っている訳じゃないけれどっ!!
気付けばライアンの事ばかり考えてしまっていて、慌ててブンブンと頭を振った。だけど、脳内から完全に追い出す事はできなくて、少しすればまたライアンの事を思い出してしまっている自分がいる。
……って言うか、本当に、ライアンは私の何処が良いんだろう? やっぱり、よく分からないなぁ……。
コロンと回転して横向きになり、枕をぎゅっと抱き締める。
冬は嫌いではない筈なのに、今は少しだけ、春が待ち遠しかった。




