23.突然の告白
『俺は、お前が、クリスが好きだ』
その言葉を理解するのに、暫く時間が掛かってしまった。
ライアンは、私が、好き?
「……何で?」
率直な疑問が、口を衝いて出る。
だって、私はライアンに好かれる要素が何一つ無い筈だ。出会いは最悪。再会も最悪。婚約だってお互いの家の為だし、しかも私は半ば脅される形だった。お蔭でライアンを毛嫌いして、その後も酷い態度を取り続けてきた。一体全体、何時、私の何処を好きになったと言うのだ。
「何でって……好きになるのに、理由がいるのかよ」
「え、だって信じられないもの」
「……」
少しの間、私達は無言で立ち尽くしていた。ライアンの表情が、少しずつ辛そうに歪んでいく。
き、気まずい。どうしよう。
「わ、私、今まであんたに結構酷い態度を取ってしまっていたと思うんだけど。そっちからすれば完全に事故なのに、二回も黒焦げにしたし、ずっと冷たくあしらってきたし。そんな私の事を好きだなんていきなり言われても、そんなの信用できな……」
目を伏せて話していた私は、その時ふと閃いた。
「あ、あんたっ、もしかして被虐趣味が……!?」
「違うわ!!」
後退りしながら尋ねたけれども、一瞬で否定されてしまった。
ええー、今思い付いた割には、結構筋が通っていると思ったんだけどなぁ。
「じゃあ、何で私の事好きなのよ?」
「それは……」
ライアンは顔を赤らめて、気まずそうに視線を彷徨わせたり、頭を掻いたりしていたけれど、やがてぼそりと、呟くように言った。
「……お前が俺と、結婚してくれたら言う」
「何でよ!」
理由を言うだけなのに、何故そこまで待たなければいけないのだ。理不尽じゃないか。
「何で今言ってくれないの? 何時、私の何処を好きになったのよ?」
「だから、お前が俺と結婚してくれたら言うって。兎に角もう戻るぞ。本当に風邪を引く」
「ちょっと! 誤魔化さないでよ! 教えてくれたって良いじゃない!」
「こんな所で立ち話していたら、ますます体が冷えるだろ。いいから行くぞ!」
「ちょ、急に引っ張らないでよ! 気になるじゃない教えてってば!」
ライアンに引き摺られるように連れて行かれながらも食い下がったけれど、ライアンは頑として答えてくれなかった。
口を尖らせながらも会場に戻ると、私を見付けたお兄様が歩み寄って来た。
「クリス、暫く姿が見えなかったけど、何処に行っていたんだい?」
ちょっと一人になりたかっただけなんだけど、正直に言ったら、心配されてしまうだろうか?
「以前お伺いした時に、ご案内していただいた庭園が素敵だったので、夜の庭園も見たくなってしまいましたの。ご心配をお掛けしてしまったようで、申し訳ございません」
「レオンハルト殿、クリスの身体が少し冷えてしまったようですので、温めてあげたいのですが」
「それは大変だ! クリス、暖炉の近くに行こう」
お兄様が私を暖炉の前までエスコートしてくれ、ライアンは温かい飲み物を持って来てくれた。勝手に外に出てしまったのは私なのに、至れり尽くせりで、何だか申し訳ない。
「ありがとうございます、お兄様。ライアン様も」
「しっかり温まるんだよ、クリス」
「レオンハルト殿、俺はまだ挨拶が済んでいない客人がいますので戻ります。クリスの事を頼みます」
「分かった。クリスの事は、僕に任せておいてくれ」
お兄様に頭を下げたライアンは、改めて私に向き直った。
「クリス、風邪を引いたら、承知しないからな」
「風邪なんて、ここ何年も引いていないので大丈夫ですわ」
私が自信満々で答えると、ライアンは僅かに眉を寄せた。
「……油断は禁物だ」
「今の間は何ですの? もしかして今、馬鹿は風邪を引かない、と思われたのですか?」
「そ、そんな訳ないだろう」
目を泳がせながら言われても、説得力無いんだけど?
疑いの眼差しを向けながらも、会場の中心に戻って行くライアンの後ろ姿を見送っていると、お兄様が話し掛けてきた。
「どうやら、クリスはライアン殿に大切にされているようで、安心したよ」
私は動揺のあまり、カップを滑り落としそうになってしまった。
た、大切にって……。そんな事を言われても、私はついさっき、ライアンに予想外の告白をされたばかりで、今一つ実感が湧かないんだけど……。
カップをしっかりと握り直してから、お兄様に尋ねる。
「どう言う事ですの? お兄様」
「クリスの姿が見えない事に、最初に気付いたのは彼だったんだ。僕が捜すから、主役の君は会場に居ろと言ったのに、自分も捜すと会場から抜け出してしまってね。だけどすぐにクリスを連れて帰って来たから、感心してしまったよ」
そ、そうだったんだ。まさか最初に気付いたのが、ライアンだったなんて。
先程告白された事も相まって、身体が熱くなってくる。
もしかして、ライアンは、本当に私が好き……なんだろうか。実感なんてないけど。理由も分からないけれど。
ちらり、とライアンの方を見遣る。爽やかな笑顔で客人の応対をしているライアンをじっと見つめていると、不意に目が合って、ライアンが柔らかく微笑んだ。
「!?」
心臓が早鐘を打ち出し、私は思わず目を逸らしてしまった。
や……やだ、私、絶対今顔が赤い。変な汗まで出てきてしまった。頭も何だかぼうっとするような気がする。
それもこれも、ライアンが私を好きだなんて言うからだ。変にライアンを意識してしまって、一向に心臓が静まらない。どうしよう。
もう一度、そっとライアンに視線を向けると、ライアンは何事も無かったかのように、来客の応対を続けていた。
……何よ、もう。自分一人だけ平然としちゃってさ。こっちの気も知らないで。
「……クリス? ぼうっとしているみたいだけど、大丈夫かい? 顔が赤いな……熱でもあるのか?」
「お、お兄様?」
私の額に手を当てたお兄様は、顔を顰めた。
「ちょっと熱いな。暖炉でのぼせてしまったかな? 大事を取って、今日はもう帰らせてもらおうか」
少し早い時間ではあったけれども、私達はお暇させてもらった。馬車を待つ間、火照った身体を冷ましたくて、私は少し夜風に当たっていた。
それがいけなかったのか、そもそも庭園で身体を冷やしてしまったのが悪かったのか、それとも慣れない思考回路を使い過ぎてしまったのか。
翌日、私は熱を出して寝込んでしまった。ライアンに大丈夫だと宣言した手前、居た堪れなかったのだけれど、取り敢えず馬鹿じゃない事は証明できた、と内心で屁理屈をこねながら、大人しくベッドの住人と化したのだった。