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22.ライアンの誕生日

「できました、お嬢様。今日もとてもお綺麗ですよ」

「ありがとう、リリー。今日も素晴らしい出来だわ」

 鏡の前で自分の姿を確認した私は、満足しながらリリーにお礼を言った。


 今日はライアンの十七歳の誕生日だ。婚約者である私も、そして家族も、パーティーに招待されている。

 今日の私の格好は、ライアンの目の色に合わせた緑のドレスに、私の誕生日に彼から貰ったエメラルドの首飾り。ライアンを意識し過ぎているようで、ちょっと気恥ずかしいけれど、今日の主役はライアンなのだし、婚約者として彼と並び立つ為だと、リリーに勧められてしまえば、拒否する理由なんてない。


 相変わらず大袈裟に褒めながら抱き付こうとして来るお兄様をスルーして、皆でブラッド侯爵家に向かった。流石は侯爵家主催のパーティーと言うべきか、沢山の人々が招待されている。ライアンはパーティーの主役なだけあって、人だかりの中心で、紳士的な笑みを浮かべながら、次から次へと来客の相手をしていた。


「ライアン様、お誕生日おめでとうございます」

「ありがとう、クリス!」


 伯父様方に付き添われた私が、近付いて声を掛けると、ライアンは目を輝かせて満面の笑顔を浮かべた。

 相変わらず、演技が上手い。さっきまでの紳士的な笑みとは違って、心からの笑顔に見える。愛しい婚約者の姿を見て喜ぶ演技、か……。


「今日の君は、いつも以上に綺麗だな。その首飾り……!」

 私の胸元に視線を落としたライアンが、首飾りを見て目を見開いた。


「はい。先日頂いた物を、着けてみましたの。如何でしょうか?」

「とても良く似合っている。やっと着けてくれたんだな……!」


 心底嬉しそうに私を見つめてくるライアンに、何だか胸が高鳴ってきてしまった。

 いや、確かにこれを着けるのは今日が初めてだけど。そんな所を一々気にされているなんて、思ってもみなかった。


「贈って良かった。想像していたよりも、ずっと綺麗だ」


 私の髪を一房手に取って口付ける、ライアンのキザな言動に、私は真っ赤になってしまった。

 恥ずかしいから止めてくれないかな。仲の良い婚約者の演技は、もうそろそろ十分だろう。周囲の生温かい視線に耐える精神力も、早くも底を突きかけている。


「あの、ライアン様にプレゼントを用意しましたの。受け取っていただきたくて」

「ありがとう! クリスから貰えるプレゼントなら、何だって嬉しいよ」

 蕩けるような甘い笑顔を見せながら、プレゼントを受け取るライアン。


 何なんだ今日のライアンは。新手の嫌がらせなのだろうか。甘い台詞はもうお腹一杯だから勘弁して欲しい。

 その場から逃げ出したくなる衝動に駆られながら、ライアンがプレゼントを開封するのを見守った。


「これ……!」


 ライアンに用意したプレゼントは二つ。私の目の色に似た、サファイアのカフスボタン。……それと、ブラッド侯爵家の家紋である赤獅子を象った……つもりの、多少歪な形の刺繍を施したハンカチ。


「ありがとう……!! 滅茶苦茶嬉しい!! これ、縫うの大変だっただろう!?」

「ええ、まあ……」

 あまり上手くないんだから、見せびらかさないでくれるかな!?


「両方共、大切にする!! ありがとうクリス!!」

「どう致しまして……」


 ライアンがハンカチを広げてまじまじと見てくれたお蔭で、近くに居た人には私の刺繍の腕前がバレてしまって恥ずかしい。だけど、大喜びではしゃぐライアンを目にして、頑張った甲斐はあったかな、と微苦笑を浮かべた。


「クリス、一緒に踊ってくれないか?」

「ええ、喜んで」


 ダンスは得意だ。今日の重大な責務をほぼ果たし終わって、気が楽になった私は、軽やかにステップを踏む。

 ……何だか、いつも以上に、ライアンが愛おしげな視線を送ってきているような気がするけれども……、きっと気のせいだ。どうせ、演技なんだろうし。


 一曲踊り終わると、ライアンはまた来客に取り囲まれていく。その後ろ姿を見送った私は、そっと会場を抜け出して、庭園に出た。足を進めて、庭園のベンチに辿り着き、腰を下ろして、満月に照らし出される草花を、ぼーっとしながら眺める。


 何だか、少し虚しい。

 ライアンの満面の笑顔も、熱が込められたように感じる視線も、まるで私を慈しむような言動も、全ては所詮、演技なのだ。ライアンが本当に私の事を想ってくれている訳では無い。頭では分かっている筈なのに、最近はライアンの演技に思わずときめいてしまっている自分がいる。

 ライアンが、私の事を好きになる筈が無いのに。


「……クシュンッ」


 小さくくしゃみをして、私は身震いした。晩秋の夜は冷える。このまま庭園に居たら、風邪を引いてしまうかも知れない。静かな所で一人になりたかったけれども、早々に会場に戻ろうかと、私が立ち上がった時だった。


「クリス? ここに居たのか」

「ライアン……!?」

 会場にいる筈の主役の姿に、私は唖然とした。


「な……何でここに居るのよ!? あんた主役でしょ!? さっさと会場に戻りなさいよ!」

「気付いたら、クリスの姿が見えなくなっていたから、捜しに来たんだ。一緒に戻ろう。夜は冷えるぞ」

 近付いて来て私の手を取ったライアンは、目を見開いた。


「おい、すっかり冷えているじゃないか! 取り敢えずこれ着ておけ!」


 ライアンは自分の上着を脱いで、私に羽織らせてくれた。紳士的なライアンに、体温が急激に上がっていく。


 何か、前にもあったな、こんな事。

 あの時も、ライアンは私の事を心配して、上着を貸そうとしてくれて。断ったら、代わりに抱き締めてきて。そのまま一晩過ごす羽目になって……。


『お前の事が、好きなんだ……!! 愛しているんだよ……!!』


 思い出したくない事を、思い出してしまった。

 意味も無いライアンの寝言に、勝手に狼狽え、振り回され、落胆させられた、馬鹿な私を。


「いい、要らない! 返すわ!」

 私は急いで上着を脱いで、ライアンに突き返した。


「な、何でだよ!? そのままじゃ風邪を引くだろう!?」

「あんたには関係ないでしょ! 放っておいてよ! 私の事好きでも何でもないくせに!!」


 完全に八つ当たりだと分かっている。だけど、優しくしないで欲しい。これ以上構わないで欲しい。でないと……ライアンを好きになってしまいそうだ。

 そんなのは嫌だ。ライアンは私の事を好きにならない。なる訳が無いのに。


「好きだ!! 俺はお前の事!!」

「……へっ?」


 突拍子もないライアンの叫び声に、私は間抜けな声を出してしまった。

 へ? え? 今何て?

 私が呆然としていると、ライアンは咳払いして、真っ直ぐに私の目を見て、再び口を開いた。


「俺は、お前が、クリスが好きだ」

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