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21.憧れと現実

 よ、良し……! この部分は、これで完成っと……!


 作業が一段落し、私はどっと疲れを覚えて、自分の部屋の椅子の背もたれに身を預けた。

 少しずつ進めている刺繍も、大分形になってきた。……まだあまり上手くはないけど。


「失礼致します、お嬢様。奥様が、そろそろ休憩にされては如何かと」

「あ、もうこんな時間なのね。すぐに伺いますとお伝えして」


 タイミングを計っていたかのように、自室の扉をノックして入って来たリリーに促され、私は机の上を簡単に片付けた。階段を下りて、既にテーブルに着いている伯母様の向かいの席に座る。すぐにリリーが紅茶を注いでくれた。


「何だか、こうしてクリスと二人でゆっくりお茶を飲むのも久し振りね」

「確かに、そうですわね」

 伯母様と微笑み合いながら、カップを傾ける。


 言われてみれば、婚約が決まってからと言うもの、淑女教育に加えて、ライアンが訪問して来たり、出掛けたりで、伯母様とゆっくりする機会が以前よりは減ってしまったように思う。

 娘が欲しかったと言うミア伯母様は、血の繋がりが無い私を、本当の娘のように可愛がってくれている。最初に二人でお茶をした時、『娘と談笑しながらお茶をするのが夢だった』と本当に嬉しそうに語ってくださった伯母様の笑顔が忘れられない。それからと言うもの、時間が合えば伯母様とお茶をする習慣になっていたけれども、最近はその機会をなかなか作れなくて、少し申し訳なく思った。


「刺繍の進み具合はどう? クリス」

「大分できてはいますけど、腕前はまだまだですわ。形はそれらしく見えるようにはなりましたが、お世辞にも綺麗とは言えませんもの」

 困り顔で伯母様に答えると、伯母様はくすりと笑う。


「相変わらず、刺繍だけは苦手なのね。他の淑女教育は、こちらが驚く程早く習得したのに」

「私にも、苦手な物くらいありますわ」

「あら、膨れているクリスも可愛らしいわね」

 伯母様にくすくすと笑いながら言われて、私は軽く頬を膨らませる。


「伯母様には、苦手な物はありませんの?」

「あら、沢山あるわよ。私はダンスも上手く踊れないし、乗馬も苦手だし」

「そう仰る割には、夜会で素敵なダンスを披露されていましたけれども」

「あら、あれはジークがとても上手にリードしてくれるからよ!」

 頬に手を当て、とても可愛らしく赤面される伯母様に、私は微笑ましくなった。


 私のお母さんと同じ、銀の髪に紫の目のジーク伯父様と、蜂蜜色の髪に藍色の目のミア伯母様は、社交界でも評判のおしどり夫婦だ。政略結婚だと聞いているけれども、恋愛結婚かと思う程、本当に仲が良い。見ていて羨ましくなるくらい、お互いを大切に想っているのが、手に取るように伝わってきて、やっぱり憧れてしまう。

 お父さんとお母さんも、凄く仲が良かった。お互いを思い遣って、労わり合って、笑顔の絶えない家庭だった。私も何時か、あんな素敵な家庭を作りたいと思っていたものだ。


「ジークは昔からダンスが上手なのよね。いいえ、ダンスだけじゃないわ。仕事も剣も魔法も、何でも完璧にこなしてしまう美形の彼は、他のご令嬢方からもとても人気があったのよ」

「分かりますわ。きっと今のお兄様のような状態だったのでしょうね」


 伯父様に似て美形で、何でも完璧にこなしてしまうお兄様は、社交界でも一、二を争う程の人気者だ。私と居ると残念な部分がつい目に付いてしまうのだけれども。


「そうね。レオンハルトや、ライアン様のような状態だったと言えば、分かりやすいかしら?」

「ラ、ライアン様、ですか?」

 急に意外な人物の名前が挙がり、私は目が点になった。


「そうよ。この間の王宮の夜会でも、かなりの人気で、婚約者である貴女の所に来るのが遅れた程だったでしょう?」

「そ、そうでしたわね……」


 言われてみれば、婚約者同士であれば、パーティーの初期の時点でダンスを踊っているものだ。あの時は私もライアンもデビュタントで、どちらも一家の長に連れられて挨拶回りに行っていたとは言え、もっと早く顔を合わせていてもおかしくはなかった。

 と言うか、あの頃はライアンの事を嫌っていたくらいだから、全然気付かなかったけど。


 そっか……。ライアンって、人気あるんだ。

 考えてみれば、顔は整っているし、頭の回転も速いし、運動もできるし魔法も凄腕だ。性格に難はあるけれど、表には出さないから、余程の事が無い限り、大抵の人は気付かないだろう。人気があっても不思議じゃない。

 ……何でだろう。何か、複雑。

 胸がもやもやする感じを誤魔化すように、私は紅茶を口にした。


「でも心配しなくても、ライアン様はクリス一筋よ?」

「!?」

 口にした紅茶を危うく噴き出す所だった。


「お……伯母様、何を……!?」

「あら、だってライアン様は、他のご令嬢方に対する態度と、貴女への態度が全然違うもの。クリスの事を大切に想ってくれているのが良く分かるから、私達も安心して応援できるわ」


 た……大切!? 安心!? 応援!?

 ちょっと待って理解が追い付かない。


「最初はどうなる事かと思ったけれども、頻繁に会ったり、仲良くデートしているみたいだし。まだ先の事とは言え、結婚式が楽しみだわ。ウェディングドレスも今から考えておいた方が良いかしら? クリスの事だから、きっととても素敵で綺麗な花嫁さんになるでしょうね!」


 デート……結婚式……ウェディングドレス……花嫁……。伯母様、すみませんが私、キャパオーバーです……。

 キャッキャと楽しそうに私の結婚式を思い描く伯母様に、私は愛想笑いを浮かべたまま固まっていた。


 自室に戻った私は、ベッドに倒れ込んで溜息を吐き出した。お行儀が悪いかも知れないが、誰も見ていないので許して欲しい。


 この間の外出ですら、デートになるのだろうかと悶々としていた私にとって、伯母様の言葉は衝撃が強過ぎた。ライアンと結婚とか……考えた事も無い。

 いや、いくら実感が無いとは言え、婚約者ではあるのだから、このままだといずれはライアンと結婚する事になるのだろう。そうなったら、私はお父さんとお母さんや、伯父様と伯母様のような関係を、ライアンと築けるのだろうか?

 互いの家の利益になると言う理由もあったけれど、半ば脅迫されるような形で婚約を成立させてしまい、私はずっとライアンの事を嫌っていた。だけど思い返してみれば、ライアンから酷い扱いを受けたのは、あれくらいのものだった。後は何だかんだ言いながらも、婚約者らしく振る舞ってくれたし、コルヴォ村では自分の身を顧みずに、命懸けで私を庇ってくれた。それからはちょっと彼の事を見直して、態度を軟化させていたけど、結婚なんて……まだ到底考えられない。


 もし私が、愛し愛される夫婦関係に憧れていると言えば、ライアンは何と言うだろうか? そんな関係を、ライアンと築けるのだろうか? 私は今はライアンの事を嫌っている訳じゃないけど、ライアンは私の事をどう思って……いや、無理だな、絶対に。

 絶望的な事に気付いて、私は幻滅した。


 最初に出会った時、そして二度目に再会した時、私は二度もライアンを黒焦げにしてしまっている。向こうからすれば、完全に事故で、悪気が無かったにもかかわらずだ。その後も、私は彼に対してずっと冷たい態度を取り続けてきた。こんな女を、今更好きになってくれだなんて、虫が良過ぎるに決まっている。ライアンだって、いい加減愛想が尽きているだろうし、今もまだ私に付き合ってくれているのは、きっと世間体の為だけだろう。家の事が無ければ、私みたいなじゃじゃ馬娘を、わざわざ婚約者に選ぶ訳が無い。


 完全に、自業自得、だよね……。

 深く溜息をついた私は、のろのろと身を起こし、机の引き出しから刺繍道具を取り出した。続きをしないと、と頭では思っているのに、どうにも気分が乗らなかった。

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