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19.手作りクッキー

「父上、母上、只今戻りました」

「伯父様、伯母様、只今戻りましたわ」

「お帰り、レオンハルト、クリス」

「お帰りなさい、二人共。コルヴォ村は楽しかったかしら?」

「はい、お蔭様で!」


 コルヴォ村での休暇を終え、私達はシルヴァランス伯爵家に戻って来た。伯父様と伯母様、そして伯爵家で働いてくれている皆にお土産を渡し、荷解きを終えて一息つく。私の旅行に合わせて休暇を取っていたリリーも既に戻って来ていて、荷解きを手伝ってくれたので、思ったよりも早く片付け終わった。久し振りに味わう、リリーが淹れてくれたお茶が美味しい。

 帰って来た日はお土産話をしながら、家族全員でゆったりと団欒の時を過ごした。


 そして翌日、私は料理長に頼み込んで厨房の片隅を借りた。材料を分けてもらい、必要な道具も借りて、手順を思い出しながらクッキーを作る。コルヴォ村で、お兄様とライアンにお菓子を作ると約束してしまったし、何だかんだで旅行中、二人にはお世話になってしまったので、お礼も兼ねようと思ったのだ。お菓子を作るのも久し振りなので、少し心配だったけれども、焼き上がったクッキーは、我ながら中々の美味しさだった。

 冷めるのを待って綺麗に包装し、料理長達にお礼を言いながらクッキーをお裾分けする。お世辞かも知れないけれども、料理長達からも好評だったので一安心した。

 もうそろそろ領地の視察に行っていらっしゃる伯父様とお兄様がお帰りになる頃かな、と少し緊張しながらお待ちしていると、玄関の方から馬車の音が聞こえてきた。


「伯父様、お兄様、お帰りなさいませ」

「クリス! ただいま! 出迎えに来てくれたのかい!?」


 伯父様とお兄様をお出迎えすると、お兄様が喜色満面で飛び付こうとして来たので、するりと身を躱す。お兄様は勢い余って転んでしまっていた。


「お兄様、旅行中は色々お世話になり、またご心配をお掛けしてしまいましたので、お詫びとお礼を兼ねて、約束していたクッキーを作りましたの。良かったらお召し上がりください」

「こ、これ、クリスが作ったのかい!? うわあぁぁぁありがとう!!」


 感激したように涙を流しながら突進して来るお兄様に、思わず身の危険を感じて咄嗟に避けると、今度は壁に激突なさっていた。


「伯父様と伯母様も、もし宜しければ、お召し上がりください」

「ありがとう、クリス! 嬉しいよ!」

「まあ、私にも頂けるの? ありがとう! 早速頂こうかしら?」

「お口に合えば良いのですが」


 伯父様方にもクッキーは好評で、お褒めの言葉を頂いた。嬉しくなった私は、リリーやセドリック達にも少しずつお裾分けする。


「お嬢様、とても美味しかったです! ありがとうございました!」

「どう致しまして。私も喜んでもらえて嬉しいわ」


 皆から美味しいと言ってもらえて、段々自信が付いていく。これなら舌が肥えていそうなライアンに渡しても、恥ずかしくないに違いない。


「リリー、この間のハンカチを、出しておいてもらえるかしら? ああ、このクッキーと一緒にしておいて欲しいのだけれども」

「はい、畏まりました。お嬢様の手作りクッキーは、本当に美味しかったので、きっとライアン様も喜んでくださいますね!」

「!?」

 楽しそうに、にこにこと意味ありげな笑顔を浮かべるリリーに、次第に私は困惑していく。


「リリー、念の為に言っておきたいのだけれども、このクッキーはライアン様の為に作った訳じゃないわよ?」

「あら、そうだったのですか? 私はてっきり、お嬢様がライアン様にプレゼントする為にお作りになったのかと」

「違うから! そう言う訳じゃないからね!」

 がっかりしたような表情になったリリーに、私の顔は赤くなってしまった。


 別に、このクッキーをライアンに渡す事に、深い意味など無い。今回の旅行ではライアンには色々お世話になってしまったし、不本意ながらもお菓子を作って食べさせると言う約束もしてしまった。おまけに、まさかコルヴォ村で会うとは思っていなかったから、劇を見に行った時に借りたハンカチだって持って行かず、今も借りっ放しになってしまっている状態なので、ハンカチを返すついでとちょっとしたお礼のつもりでクッキーを渡すだけなのだ。お兄様に作って差し上げるついでにライアンにもあげるだけで、断じてライアンの為に作った訳では無い。


 ……筈なのに、翌日ブラッド侯爵家を訪れた私は、何故か何時になく緊張してしまっていた。

 もう、リリーが変な事を言い出すからよ!


「クリス! よく来てくれたな」


 通された広い客室で、ソファーに腰掛けてそわそわと待っていると、入って来たライアンが、私を見て笑顔になった。その笑顔に狼狽えつつも、動揺を悟られて堪るものかと、立ち上がって表情を引き締める。


「今日はどうしたんだ? 俺に何か用でも?」

「ええまあ。このハンカチ、ずっと借りっ放しになってしまっていたから、返しに来たの。後、約束していたし、ついでに作って来たからあげる」


 一応、お礼として渡すつもりだったのに、何だかつっけんどんに押し付けたみたいになってしまった。いくら何でも素っ気無さ過ぎたかな、とちょっぴり反省しつつ、そろりと見上げてみると、ライアンは目を点にして固まっていた。


「えっ……これ、お前が作ったのか!? 俺が貰って良いのか!?」

「嫌なら返して」

「嫌だ返さない!!」

「嫌なのか嫌じゃないのかどっちなのよ!」

「嫌じゃないに決まっている!!」

「だったら紛らわしい言い方しないでくれる!?」


 紛らわしい言い方をするライアンに文句を言いながらも、クッキーの包みをしっかりと大切そうに胸に抱え込むライアンを見て、それ以上怒る気にはなれなかった。


「さ……早速、食べてみても良いか?」

「す、好きにしたら?」


 再びソファーに腰を下ろし、お茶を頂きながらも、そっとクッキーの包み紙を開けるライアンに、ついつい視線がいってしまう。じっとクッキーを見つめ、おもむろに口に入れるライアンを、思わず固唾を呑んで見守った。


「美味い……!!」

 感動したように呟いたライアンに、どっと肩の力が抜けた。


「ありがとうな、クリス!! 大切に食べるよ!!」

「どう致しまして」


 クッキーを噛み締めてしっかりと味わうように食べながら、ライアンは幸せそうな満面の笑みを浮かべている。大袈裟だと呆れつつも、作ってあげて良かったな、と何だか微笑ましく思えてきて、何時の間にか私もすっかり表情を緩ませていた。

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