18.コルヴォ村のお祭り
「へえ、凄いな! 夜になったら、これに火が点けられるのか?」
お祭り当日。
村の中心に位置する広場で組み立てられつつある、巨大な櫓を見上げたライアンが、目を輝かせながら尋ねてきた。
「ええ、そうよ。年に一度のこのお祭りは、山で亡くなった冒険者達の弔いが発端なんですって。って言っても、しんみりした空気とは無縁だけどね。コルヴォ村には、山にいる魔獣が持つ魔石目当てで、あちこちから冒険者の人達が集まって来るんだけど、皆賑やかなのが好きな性分なのよ。亡くなった人達の思い出話をしながら、酒場でどんちゃん騒ぎをしていたのが、何時の間にかこのお祭りになったらしいわ」
「賑やかなお祭りで、死者の魂を呼び寄せて、皆で一緒になって騒いで、またその魂を送り出すんだよね?」
「その通りですわ、お兄様」
「流石に詳しいですね。クリスも、レオンハルト殿も」
ライアンが感心したように言う。
私も子供の事から、このお祭りは大好きだった。色々な屋台を食べ歩いたり、ゲームで競争しながら遊んだりと、櫓の火が消えてお祭りが終わるまで、目一杯楽しんでいた。今も毎年のお墓参りのついでに、お兄様を付き合わせてしまっているくらいなので、このお祭りを楽しみにしているらしいライアンの気持ちは分からなくもない。何せ昨日、思い詰めたように案内を乞われ、了承したら満面の笑顔を見せられ、恩に着るとまで言われてしまったし、今日も会った時からずっと上機嫌なのだから、余程お祭りを待ち望んでいたのだろう。ならば元村民として、しっかり案内して、心行くまで楽しんでもらわなくては。
「よう、クリス! もう大丈夫なのか!?」
屋台の準備をしていた男の人達が声を掛けてきてくれた。先日、先発隊として子供達を捜索してくれていた、顔馴染みの冒険者達だ。
「ええ、もう平気よ。この間はありがとう!」
「なら良かった。そっちの怪我したって言う兄ちゃんはもう良いのか?」
「あ、ああ。その節は世話になったようだな。礼を言う」
「僕からも礼を言わせてくれないかな。あの時は、色々とありがとう」
お兄様が目が笑っていない笑みを浮かべると、冒険者達が目に見えて狼狽え出した。
「い……いやぁ……こちらこそ、色々とすみませんでした……」
「緊急事態だったとは言え、手荒な真似をしてしまいまして……」
「お兄様? まさかとは思いますが、先日お兄様が暴走していらっしゃる所を止めてくださった恩人である方々を、お腹を殴られたからと言って、逆恨みなさっているなんて事は無いですわよね?」
「違うよクリス! 僕のクリスへの愛故の行動を妨害した彼らに腹を立てているのであって」
「余計性質が悪いですわ」
私が冷め切った目でお兄様を睨み付けると、しゅんとしてしまったお兄様は、大人しく彼らに謝っていた。
「あ、あの、お兄さん達ですよね? 僕達のせいで、危ない目に遭った人達って」
背後からおずおずと声を掛けられて振り向くと、数人の男の子達が、緊張した様子で私達を見上げていた。
「迷惑を掛けてしまって、本当にごめんなさい!」
「僕達、お母さんの誕生日プレゼントにするつもりで、果物とか探していて、つい調子に乗って奥まで入っちゃって……!」
「あの、怪我はもう大丈夫ですか……?」
勢い良く頭を下げ、恐る恐る様子を窺ってくる子供達に、ライアンは膝を折って目線を合わせた。
「ああ。俺もクリスも、もう大丈夫だから気にしなくて良い。だけど、次からはちゃんと気を付けるんだぞ」
「「「はい!!」」」
一斉に元気良く返事をし、顔を見合わせて笑顔になった子供達は、はしゃぎながら駆けて行った。
「あの子供達は、兄弟だったんだな。お母さんの誕生日プレゼントだなんて、良い子達じゃないか」
「そうね。あの子達が無事で、本当に良かったわ」
私とライアンは微笑みながら、子供達の後ろ姿を見送った。
「クリス! 今年もまた勝負するか?」
その声に振り返ると、櫓の組み立てを手伝い終えたグレンが歩み寄って来ていた。
グレンとは、昔から屋台のゲームでよく競争したものだ。負けた方がお菓子を奢る約束をしたせいで、二人共ムキになってゲームにのめり込んで、お父さんやガイルおじさんに窘められた事もあったっけ。
「勝負って、あんた相変わらず子供みたいね」
「何だよ、逃げるのか?」
「受けて立つに決まっているでしょ!」
ニヤリと挑発するような笑みを浮かべるグレンに即答する。
「お兄様も参加しますわよね? ライアンはどうする?」
「お、俺もやる!」
と言う訳で、私達は早速、準備が終わったばかりのボール投げの屋台に向かった。ボールを五回投げて、何回的に当てられるか競うゲームだ。結果は、私が四回、グレンが五回、お兄様が三回、ライアンが五回。グレンとライアンの要望で、お兄様に飲み物を奢っていただきながら、得意顔をするグレンに、次は絶対に勝つと唇を噛み締める。
その後もあちこちの屋台を巡り、勝ったり負けたりを繰り返しながら、私達はお祭りを楽しんだ。私とグレンはいつもの事ながら終始良い勝負を繰り返していたが、意外にも、ライアンはどんなゲームでも割と強かった。
やがて夜になり、櫓に火が点けられる。周囲を取り囲んで、食べたり飲んだり歌ったり踊ったり、思い思いに騒ぐ人々と一緒になって、私達も話を弾ませた。
「ライアン殿は、ゲームが強いんだな。僕が初めて参加した時とは大違いだ」
感心したように言うお兄様に、ライアンは照れ笑いを返す。
今日の総合成績は、ライアンが一位、グレンが二位、私が僅差の三位で、最下位はお兄様だった。平民の遊びに慣れていないお兄様は仕方ないと思うけれども、何故ライアンが私とグレンよりも上なのだ。正直、悔しくて堪らない。
「実は、子供の頃は勉強が苦手で、よくこっそり家を抜け出して、平民の子供達に混ざって遊んでいたのですよ」
「そうなんだ。道理で上手い訳だわ」
多少決まりが悪そうに答えるライアンに、少しばかり親近感が湧いた。
そう言えば初めて会った時も、貴族の子供であるにもかかわらず、たった一人で山をうろついていたっけ。素のライアンの言葉遣いは、貴族にしては荒っぽいし、相当やんちゃな子供だったのかも知れないな、なんて想像を膨らませてしまった。
「ライアン、今日は楽しかった?」
「ああ。クリスのお蔭だ。ありがとうな」
嬉しそうな笑顔で答えるライアンにほっとしつつも、少しだけ胸が高鳴ってしまった。
うん、ライアンは本当、顔だけは良いんだよね。顔だけは。
……だけ、でもないかも。山で魔獣に襲われた時は、身体を張って私を助けてくれたし、酷い怪我を負ったにもかかわらず、ずっと私を気遣ってくれたし……。
「このお祭りって、亡くなった人々と一緒に騒ぐお祭りなんだよな?」
「え? ええ、そうよ」
燃え盛る櫓を見ながら尋ねてくるライアンに、物思いに耽っていた私は、少し慌てながら答える。
「……なら、お前の父君と母君も、来ていると良いな」
優しく微笑んで見つめてくるライアンに、何故かどぎまぎしてしまって、私はこくりと頷くのが精一杯だった。
その夜、私は両親の夢を見た。
いつものように、お母さんと一緒に並んで微笑んでいるお父さんに、ごめんなさいと声を掛けようとした所で、ふとライアンに言われた言葉が、私の脳裏を過った。
『お前に謝られるよりも、お礼の言葉の方が、俺は嬉しいんだがな』
「お父さん……、命を懸けて、私を助けてくれて、ありがとう」
そう口にすると、二人共目を丸くして……、そして嬉しそうに、満面の笑顔を見せてくれた。その笑顔を見て、私は漸く長年の胸のつかえが、取れたような気がしたのだった。