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17.言葉の意味

 翌日、私とお兄様は、ライアンが滞在している別荘を訪ねた。今回魔獣から庇ってもらった件で、改めてお礼を言う為だ。既に感謝の言葉を伝えているとは言え、それはそれ、これはこれ。手土産を持って正式に訪問するのが礼儀と言うものだろう。

 ……正直、あの言葉のせいで、ライアンの顔がまともに見られる気がしないので、非常に気が進まなかったのだけれども。


「本日はお越しいただき、ありがとうございます。ようこそ我が別荘へ」


 出迎えてくれたライアンが、別荘を案内してくれた。田舎にあるとは言え、流石はブラッド侯爵家の別荘である。夏場にしか使わないと聞いていたが、広い庭も立派な館も、きちんと手入れが行き届いていた。全体的に風通しが良い造りになっているのか、室内にいても涼しく感じて過ごしやすい。これ程贅沢な避暑地は、そうは無いだろうなと思った。


「先日は本当にありがとうございました。腕はもう大丈夫ですの?」

「ああ。この通り、もう何の問題も無い」


 ライアンは右腕の袖を捲り上げて見せてくれた。ラファエル先生の治癒魔法は流石で、魔獣に咬まれた場所はもう何の跡形も無く、何処を咬まれたのか分からない程で、私は改めて安堵した。


「僕からも礼を言わせてくれ。命を懸けて、妹を守ってくれてありがとう」

「いえ、俺は当然の事をしたまでです。礼には及びませんよ」


 お互いに微笑みながら、お兄様としっかり握手を交わすライアン。お兄様のライアンを見る目は、社交上の形だけのものではなく、何だか心からの信頼に満ちているような気がした。

 ……何時の間に、あんなに仲良くなったんだろう?


 二人の様子を見守っていたら、ライアンと目が合ってしまった。咄嗟に目を逸らしてしまう。駄目だ、やはり昨日と同じで、ライアンの顔がまともに見られない。


 手土産を渡して、お茶をご馳走になる。話題は何故か私の事ばかりで、主にお兄様が親馬鹿ならぬ兄馬鹿振りを発揮して延々と語り続け、ライアンがそれに相槌を打ち、羞恥で耐え切れなくなった私がお兄様を叱り飛ばす、の繰り返しだった。お蔭で精神が削られた。誰かお兄様を何とかして欲しい。


「お兄様、そろそろお暇しませんか?」

 そろそろ限界を感じ始めていた私は、漸く日が傾き始めた事に気付き、これ幸いと提案した。


「ええ? もっとクリスの可愛さについて、ライアン殿と語り合いたいんだけどな」

「お止めくださいこれ以上は私の精神がもちません」

 冷めた目で睨み付けたら、お兄様は渋々ながらも承諾してくれた。


「レオンハルト殿。お帰りになる前に、少しクリスをお借りしても?」

「うーん……。まあ、君なら良いだろう」


 多少考える素振りを見せながらも、あっさりと許可を出したお兄様に吃驚する。何時の間にライアンは、これ程の信頼をお兄様から勝ち取ったのだろう。目を丸くしながら、私はライアンに庭に連れ出された。


「どうしたの? ライアン。何か用?」

「……何で、俺と目を合わせてくれないんだ?」

 いきなり尋ねられて、私は咄嗟に目を伏せてしまった。


「今回の一件の前までは、お前はちゃんと俺の目を見て話してくれていた。なのに昨日、お前が目覚めてからは、目が合ってもすぐに逸らされてしまう。何故だ? 俺はまた、お前を怒らせるような真似をしたのか?」

「いいえ、別にそう言う訳じゃ……」

 そろそろと見上げたライアンは、苦しそうな表情をしていて、私は居た堪れなくなって俯いてしまった。


「俺が、お前の父君を思い出させてしまったからか? それともやっぱり、抱き締めたのが嫌だったのか? ……俺が途中で気絶して、お前を最後まで守り切る事ができなかった、弱い男だからか?」

「違う! そんなんじゃないわよ!」


 勢い良く答えたものの、ライアンの顔を見ていられなくて、やっぱり目を逸らしてしまう。

 あの言葉の真意について、容易に尋ねる事なんてできない。もし私の聞き間違いだったら恥ずかし過ぎる事この上ない。仕方がないので、何とか遠回しに訊けないものかと試みた。


「……あんた、私の他にクリスって言う名前の知り合いは居るの?」

「え? ……いや、心当たりが無いな。俺が知るクリスは、お前だけだ」

「……じゃあ、私に似ている知り合いが居るとか」

「……それも居ないが」

 どうやら、人違いと言う可能性は無さそうだ。


「それがどうしたんだよ? お前が目を合わせてくれなくなった事と、何か関係があるのか?」

「大有りよ。……その……、覚えて、ないの?」


 直接言うのは躊躇われたので、ライアンの顔を窺いながら尋ねてみたら、ライアンは赤くなったり青くなったりと、何故か挙動不審になった。


「え、いや、あの、えっとっ……。わ、悪い。何で怒っているのか、教えてくれないか?」


 私は肩を落として溜息をついた。

 どうやらこの分だと、言った本人は覚えていないようだ。……だったらあの言葉に、やはり意味など無かったのだろう。病人の寝言をまともに受け取ってしまった私が、勝手に振り回されてしまっただけの話だ。

 予想していた筈の事なのに、何故かがっかりしてしまっている自分が居て、思わず自嘲の笑みを漏らした。


「別に怒っている訳じゃないわ。私が馬鹿だったってだけ。用がそれだけなら、もう帰るわね」

「あ、おい待てよ!」

「何よ」


 腕を掴まれて、ライアンを見上げる。今度はちゃんと目を見ているのだから、これでもう文句はあるまい。

 案の定、ライアンは勢いを失くして狼狽えていた。


「あの、明日はコルヴォ村の祭りなのだと聞いた。一緒に行って、案内して欲しいんだが……。勿論、無理にとは言わない。お前がもし、良かったらで……」


 ライアンの声が尻すぼみになり、掴まれていた腕も力なく離される。何処か思い詰めたような表情を浮かべたライアンは、今にも主人に捨てられそうで必死に縋り付く子犬のような目をしていた。


「……良いわよ」

「……え?」

「良いわよ、って言ったの。間違いなくお兄様も付いて来たがるだろうから、それでも良かったらだけど」


 ライアンの目を見ていたら、断るのも気が咎めてしまった。それに、今回の件でライアンには非常にお世話になったのだから、これくらいのお礼ならお安い御用だ。そう思って答えたら、ライアンは徐々に顔を綻ばせていった。


「ありがとう……! クリス、恩に着る!!」


 これくらいの事で大袈裟だな、と思いながらも、心底嬉しそうな、満面の笑顔を見せるライアンに、悪い気はしなかった。

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