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15.ライアンの寝言

 グレンから連絡がきたのは、それから暫く経った後だった。


『クリス、連絡が遅れてすまない』

「グレン、そっちは大丈夫だったの?」

『ああ。偶々山を下りて来た先発隊と合流できて、魔獣は追い払えた。だけど、皆で話し合ったんだが、二次被害の危険がある以上、今はそっちに行く事はできないという結論になった。お前達の救助に向かえるのは、早くても明日の朝になる』

 グレンの声色は、苦渋に満ちている。


 そうなるだろうな、とは薄々思っていた。

 もう既に夜になってしまった以上、腕利きの冒険者でも山をうろつくのは危険過ぎるのだ。救助は明け方を待つべきだと、私でも思う。だけど、実際に言われてみると、覚悟していたよりも失望感が強かった。


「……ですって。ねえ、本当に腕は大丈夫なの?」

 胸を痛めながら、山道の端の草むらに並んで座るライアンを見つめる。


「ああ。俺なら問題ない」

 先程よりも顔色が悪いライアンに心配になりながらも、私は連絡魔石を握り締めた。


「分かったわ、グレン。お父さんの結界魔石があるから、明日の朝までは何とかなると思う。だけど、ライアンが怪我をしているから、夜が明けたら、できるだけ早く助けに来てね」

『分かった。すまない、クリス』

『ふざけるな!! 僕は一人でも行く!! クリス、待っていて、今行くからね!!』

『おい止めろ、貴族の坊ちゃん!! 夜の山がどれだけ危険か分かっているのか!?』

『放せ!! 止めるな!!』

『おいお前ら、手を貸してくれ! この坊ちゃんを止めるんだ!!』


 連絡魔石の向こう側の騒がしさに、私は頭を抱えた。

 すみません、兄がご迷惑をお掛けしているようで。


「グレン、お兄様が手に負えないようなら、腹パンでもして、明日の朝まで気絶させておいても構わないからね」

『ええ!? そんな事して、本当に良いのかよ!?』

「大丈夫よ。私が許可するわ。お兄様に文句があるなら、私に言ってと伝えておいて」

『……だってよ。クリスの許可が出た』

『よし、助かる!』

『止めろオォォグハッ!?』

 向こう側が静かになった。


『……クリス、取り敢えずお前の言う通りにしたけれど、後でちゃんと責任取ってくれよな』

「ええ。その点については問題ないわ。後で私が、お兄様をきっちり叱っておくから」

『……じゃ、取り敢えず、また明日な』

「ええ」


 何故か呆れているような声のグレンとの連絡が終わると、ライアンまでもが呆れ果てたような目で私を見ていた。


「お前、相変わらずレオンハルト殿に容赦ないな……」

「人様にご迷惑をお掛けしている以上、仕方ないでしょ」

「扱いが雑過ぎるだろ」

「昔丁寧に接してしまった成れの果てが今なのよ。雑にもなるわ」

「レオンハルト殿にちょっと同情してしまうな……」

 ライアンは額を押さえて溜息をついた。


「兎に角、助けが来るのは明朝よ。ここで一晩耐えるしかないわ。炎の壁と結界魔石があるから、これ以上魔獣に襲われる心配は無いとは思うけど……」


 私はライアンの左手に隠された、右腕の怪我を見つめる。額にも汗をびっしり掻いているし、呼吸も早く、時折密かに顔を顰めている。


「何だよ? 何度も言うが、俺なら平気だって……」

「ねえ、ちょっと良い?」


 ライアンの額に手を当て、風魔法を使って微風を当てる。本当はお兄様みたいに、水魔法か氷魔法が使えたら良かったのだけど。


「あー、助かる、気持ち良い……。お前、手冷たくないか?」

「あんたが熱いだけよ。やっぱり熱があるんじゃないの?」


 私は平然と答えたけれど、多分両方だと思った。夜になって周囲の気温は下がってきている。身体が冷えているのは間違いない。


「大丈夫? 寒くない?」

「俺は平気だ。やっぱり熱があるのかな……。お前、寒いならこれ着ておけ」

「ちょ、ちょっと!?」

 上着を脱ぎ出すライアンに、私は慌てる。


「それはあんたが着ていなさいよ! 熱があるなら尚更よ!」

「けど、このままじゃお前まで風邪を引くぞ。……仕方ない、こうするか」

 何を思ったのか、ライアンは上着の前を開けると、私に覆い被さって抱き締めてきた。


「ちょっと!? 何するのよ!?」

「この方が少しは温かいだろ?」


 いや、確かに温かいけど! 温かいを通り越して一気に熱くなっちゃったけど!


「……嫌か?」


 耳元で弱々しい声で訊かれて、私は嫌とは言えなくなってしまった。

 元々、この状況に陥ってしまったのは、ライアンが私を庇って怪我をしたからだ。腕は凄く痛むだろうし、熱まで出ていると言うのに、自分の事よりも私の事を気遣ってくれるライアンを、拒絶するなんてできない。


「……仕方ないわね」

 狼狽えながらも受け入れると、頭上でライアンが少し笑った気配がして、私を抱き締める腕の力が強くなった。


 それからの時間は、とても長く感じられた。

 私はライアンの身体と腕と上着にすっぽりと包まれてしまったお蔭で、ずっと硬直しっ放しで、早く夜が明けて欲しいとばかり願っていた。だけどふと気が付くと、ライアンの身体がやけに熱くて、息遣いも苦しそうになっている。


「ね、ねえ……、あんた、本当に大丈夫?」


 頭上のライアンの様子を窺おうと、ライアンの胸を押して少し距離を取る。ライアンはぐっしょりと汗を掻き、顔は苦痛に歪んでいた。


「ちょっと、ライアン!? しっかりして!!」


 やっぱり、朝まで待つなんて、悠長な事を言っている場合じゃなかったんじゃ……!!

 額に手を当て、その熱さに青褪めながら風を送ると、ライアンが薄っすらと目を開けた。


「ライアン!? 良かった、大丈夫!?」

「……クリス……?」

 だけど、私を認識したらしいライアンは、自嘲するような笑みを浮かべた。


「夢、か……? そうだよな……。俺を嫌っているクリスが、俺の看病なんかしてくれる訳が無いよな……」


 おいコラ、今何て言った。

 私は自分のせいで苦しんでいる人を見捨てるような、血も涙もない人間だと思われているのか? 心外だ。この男の喧嘩を売る才能は天才的だな。意識が朦朧としていても喧嘩が売れるのか。


 人が真剣に心配しているのに! と、かなり腹が立ったが、病人相手に喧嘩を始める気など無い。そんな事よりも、朝を待たずに、今すぐにでも山を下りる方法を考えた方が良いかも知れない。私達を取り囲んでいた魔獣達も、もういい加減諦めて去って行ったかも知れないと思い、魔獣達の気配を探る為に、ライアンから離れようとした時だった。


「行くな、クリス……!!」

 切なげな声を上げたライアンに、病人とは思えない力で抱き込まれた。


「ちょ、ちょっとライアン……!?」


 驚いた私は、ライアンの胸を押したけれども、びくともしない。それどころか、ますます強い力で抱き締められる。


「何するの!? 放してよ!」

「嫌だ! クリス、行かないでくれ……!!」


 じたばたと足掻こうとするものの、ライアンがぎゅうぎゅうと締め付けてくるものだから、全く身動きが取れない。

 一体何がどうなっているんだ。そろそろ苦しくなってきた。この男病人だよね? この馬鹿力は何処から出てくるの?


「クリス、頼むから側にいてくれ……! お前の事が、好きなんだ……!! 愛しているんだよ……!!」

「!?」


 あまりの衝撃で、一瞬、思考回路が停止した。

 え? ちょっと待ってこれどういう事!? 何が起こっているの!? 私の聞き間違い!? それとも夢でも見ているの!?


 パニックを起こしてしまった私が、漸く我に返った時には、既に空が白み始めていた。

 当然、一睡もできなかった。

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