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14.心の傷

『クリス、危ないッ!!』


 あの時も、そうだった。

 私を庇ってくれた逞しい腕に、魔獣の牙が深々と突き刺さり、目の前で血が飛び散っていく。


 ソシテ、ソノ後ドウナッタ?


 大丈夫だから、と何度も言われた。こんな事で死んだりしない、とも言われた。だから助かると信じて、必死で魔獣を倒して、応急処置をして山を下りて、急いで診療所に駆け込んで……。


 ダケド、オ父サンハ助カラナカッタ。


「嫌アアアアァァァ!!」


 私は頭を抱え、絶叫しながらその場にへたり込んだ。身体が勝手に震え、視界が滲んでいく。

 私を庇ったせいで、お父さんは死んだ。私が慢心して、油断したせいで。


「……ク……ス……」


 お父さんを殺したのは、私だ。


「ク……おいクリス!!」


 ハッとして顔を上げると、辺り一面火の海だった。あの男が……ライアンが、私の顔を心配そうに覗き込んでいる。


「大丈夫か!? 顔色が真っ青だぞ!?」

「大丈夫って……あ、あんたの方こそ大丈夫なの!? 魔獣に腕を咬まれたじゃない!! 見せて!!」


 言うが早いか、ライアンの右腕を取って、上着から腕を抜き取り、血に染まったシャツの袖を捲り上げる。痛々しい傷口に顔を歪めながら、震える手でハンカチを取り出し、巻いて縛って止血した。


「一先ずこれで良い筈よ。兎に角、すぐ山を下りなくちゃ! 魔獣……は、あんたが倒してくれたの?」


 漸く魔獣達の姿が見当たらない事に気付いて、ライアンに問い掛ける。私達の周囲を囲む火の海は、きっと火魔法を使うライアンの仕業だ。


「いや、倒した訳じゃない。炎の壁を出して、一時的に俺達に手出しできないようにしただけだ。炎の向こう側では、まだ俺達の事を虎視眈々と狙っているだろうよ」

「そんな……」


 私は絶句した。一刻も早く、ライアンをお医者様に診せなきゃいけないのに。あの時でさえ、すぐに山を下りて診療所に駆け込んでも、解毒が間に合わなかったのだ。こんな所で足止めを食っている場合じゃないのに!

 いや、違う。

 狼の魔獣の牙には、毒が無い。早急に診療所に行った方が良い事には変わりはないけれども、あの時よりも時間に余裕はある筈。何を焦っているの? 私。冷静にならなきゃ。

 自分を落ち着かせるように、一度深呼吸をした。


「何とか、ここから脱出する方法を考えないと……!」


 火の海の向こう側の気配を探る。魔獣の数は少ないけれども、先程とは違う気配が幾つか混ざっているように感じた。きっと、鼻の良い魔獣達が、ライアンの血の臭いを嗅ぎ付けてしまったのだろう。夜は魔獣の活動が活発になる。早く何とかしないと、魔獣達がどんどん集まって来て、事態は悪化していく一方だ。

 どうしよう。どうすれば良い?


「クリス、落ち着け」

 気が付くと、肩にライアンの手が置かれて、顔を覗き込まれていた。


「さっきから顔色が悪いぞ。お前本当に大丈夫か?」

「あ……あんたの方こそ! 私のせいで、腕を咬まれたのに……!」

「俺は大丈夫だ。こんな事で死んだりしない」


 お父さんと、同じ台詞。

 目を見開いた私は、次いで顔を歪めた。


「……お父さんも、そう言っていたわ」

「え……?」

「大丈夫だって。死なないからって。……でも、でも助からなかった……!」

 堪え切れなくなった涙が、ボロボロと零れていく。


「私を魔獣から庇ったせいで、お父さんは死んだのよ!! あんな思いをするのは、もう嫌なの!! 何とかしてあんたは助けたいのに、ここから脱出する方法が思い付かない……っ!!」


 取り乱した私は、子供のように泣きじゃくってしまった。暫くの間そわそわしていたライアンは、やがて怪我をしていない方の左腕を私に伸ばして、ゆっくりと抱き寄せた。


「泣くな、クリス。お前を守る事ができて、俺は嬉しいんだ。俺が望んでした結果なんだから、お前は気に病まなくて良い。それに、二人で脱出できないのなら、助けを呼べば良いだろう。だから一人で抱え込むな」

 ぽんぽん、と優しく背中を叩く手が、私を少しずつ落ち着かせていく。


「グレン君と連絡を取ってみてくれないか?」

「え……ええ」


 ライアンに諭され、涙を拭きながら連絡魔石を取り出し、グレンに窮状を訴える。


『何!? 今何処に居るんだ!?』

『待っていてクリス、すぐに行くからね!! うわああぁっ!?』

「お兄様!? どうかしましたか!?」

『悪いクリス、こっちにも魔獣が出た! お前結界魔石持っていたよな!? 暫くはそれで何とか凌いでくれ! また連絡する!』


 慌ただしく通信が切れ、私は不安になりながらも結界魔石を取り出した。魔石に魔力を流し込み、周囲に結界を張る。これでたとえ魔獣が火の海を越えて来たとしても、私達に手出しはできない。


「一旦これで、助けが来るのを待つしかないわ……。グレンもお兄様も強いから、あちらの方は心配ないと思うけど……。だけどもう真っ暗だし、下手をすれば明日の朝まで助けに来られないかも知れないわ。それまで本当に大丈夫なの?」


 額に汗を掻き、浅くて早い呼吸を繰り返しているライアンに尋ねる。応急処置は済ませたものの、果たして本当に助けが来るまでもつのだろうか?


「俺なら問題ない。お前がちゃんと手当てをしてくれたからな」

 ライアンはそう言って、私に笑顔を見せた。


「……ごめんなさい、ライアン。私を庇ったせいで」

 私が謝ると、ライアンは目を見張り、そして微笑みを浮かべた。


「……やっと、名前で呼んでくれたな」

「え?」

「いや、何でもない」


 別に、今までも名前を呼んだ事くらい、と思い返して、私は気付いた。確かに、人目がある所では様付けで名前を呼んではいたが、二人きりの時は大概あんた、と言っていたような気がする。

 だけど、それがどうかしたのだろうか?


「怪我の事は、気にするなと言っただろう。それに、お前に謝られるよりも、お礼の言葉の方が、俺は嬉しいんだがな」

 ライアンに言われて、私は少し戸惑った。


「えっと……、助けてくれてありがとう?」

「どう致しまして。お前に怪我が無くて良かった」


 嬉しそうに笑みを浮かべたライアンは、私を安心させるかのように、ぎこちない動作で頭を撫でてきた。いつもなら振り払っている所だろうが、今はとてもじゃないがそんな気にはなれなかったので、好きにさせる。ライアンの手は大きくて、温かくて、お父さんの手に少し似ている気がした。

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