12.父の追憶
翌日、私はお兄様と一緒に、両親が眠る墓地に向かった。
お墓の周りの雑草を取り除き、持って来た花を手向けて祈りを捧げる。こうしていると、どうしてもお父さんの事を思い出してしまう。
お母さんが亡くなり、私がお父さんの仕事を手伝うようになると、次第に私とお父さんの二人で山に入るようになった。お父さんと一緒に魔獣を倒し、回収した魔石を売って、順調にお金を稼ぐ日々の中で、私は自分でも気付かないうちに、慢心してしまっていた。
あの日も、お父さんと一緒に大蛇の魔獣と戦っていた。お父さんと私の雷魔法で魔獣を黒焦げにした所で、もう倒せたと油断した私は、不用意に魔獣に近付いてしまったのだ。
「クリス、危ないッ!!」
まだ息があった魔獣が一瞬のうちに私に襲い掛かり、咄嗟に動けなかった私を庇ったせいで、お父さんは、魔獣に咬まれてしまった。
大蛇の魔獣の牙には、毒がある。咬まれたら、命を落とす事だってある。魔獣の特性も、その瞬発力の恐ろしさも、頭では分かっていた筈なのに、十分に注意していたつもりだったのに。
頭が真っ白になりながらも、大丈夫だからと言うお父さんに励まされて、まずは魔獣に止めを刺した。魔獣の持つ魔石には目もくれず、応急処置をして、お父さんが持っていた連絡魔石で、ガイルおじさんに窮状を告げる。既に身体に毒が回り始めているお父さんに肩を貸して山を下り、途中でガイルおじさんと合流して、急いで診療所に連れて行ったけれども、お父さんは助からなかった。
死の間際、号泣しながら謝る私に、お前のせいじゃない、とお父さんは優しい言葉を掛けてくれたけれども、私は自分を責めずにはいられなかった。今でも、あの時私が油断しなければ、と思わずにはいられない。その後、シルヴァランス伯爵家に引き取られ、とても恵まれた生活を送らせてもらっていながらも、自分のせいでお父さんを死なせてしまったという思いが消える事は無かった。
今でも時々、お父さんの夢を見る。お母さんと一緒に並んで微笑んでいるお父さんに、ごめんなさいと声を掛けると、いつも困ったような、悲しそうな顔になってしまって、私は居た堪れなくなる。
「クリス、そろそろ帰ろうか」
「あ……、はい、お兄様」
目が潤んできた所で、お兄様に声を掛けられた。
あまり長居をすると、私が泣き出してしまう事を知っているお兄様は、今も困ったような微笑みを浮かべて、私に手を差し出してくれている。有り難くその手を取って、両親のお墓を後にした。
「クリス、お腹が空いたね。昼食は何にしようか?」
「私は何でも良いですわ。お兄様のお好きな物を」
「ふふ、クリスは優しいね。大好きだよ!」
往来のど真ん中で私を抱き締めるお兄様。いつもと同じような言動ではあるけれども、普段以上に明るく大袈裟な振る舞いは、私を励ます為である事を知っている。
「お兄様、公共の場ですわ。お気持ちは有り難いですけどお控えください」
ほんの少しの間だけ、大人しく抱き締められてから、お兄様の胸を押して離れようとした時、突然痛いくらいの力で腕を引かれた。
「レオンハルト殿。クリスが嫌がっています。止めてください」
私の腕を掴む手の持ち主は、あの男だった。
「ライアン殿!? どうしてここに?」
「偶々通りかかったら、貴方方がいらっしゃったので」
私は頭を抱えたくなった。
何なんだこの男は! 偶然にも程がある。まさかストーカーじゃないだろうな。
「ライアン様、痛いです。腕を離してもらえませんか」
「あ、ああ、悪い」
慌てて手を離した男を、腕をさすりながら一瞥する。
「後、一応訂正しておきますが、私は今の抱擁は単に恥ずかしかっただけで、別に嫌がっていた訳ではありませんわ」
「えっ……」
「クリス! 大丈夫、僕はちゃんと分かっているよ!」
絶句する男を尻目に、喜色満面で再び抱き付こうとしてくるお兄様から、今度はさらりと身を躱した。公共の場だから控えてと言ったばかりなのに。
「ではお兄様、参りましょうか。失礼致しますわライアン様」
「あ、クリス! 一つ頼みがあるのだが」
「……何でしょう?」
さっさと退散しようとしたが、男に呼び止められてしまった。お兄様に気付かれないように、じろりと男を睨み付ける。この男の頼みなんて、碌な事が無い。
「この辺りで昼食にしようと思っているのだが、良い店を知らないか?」
「この近辺でしたら、その角を曲がった所に大衆食堂がありますわ。後、この通りを真っ直ぐ行った所に軽食も出すカフェが、その先にはレストランもありますわよ」
「成程。クリスの一番のお勧めは何処だ?」
「ライアン様なら、この先のレストランの方がお口に合うかと思いますわ。避暑に訪れる貴族の方々にも人気がありますのよ」
「そうか、ありがとう。因みに、昼食はもう済ませたのか?」
「いいえ、まだですが」
「ならば一緒にどうだ?」
やっぱり、また面倒な事を言ってきた、と溜息をつきたくなる。
今日はお父さんを追悼したいのだ。間違っても、こんな男の相手などしたくない。
「……折角のお誘いですが、丁重にお断り致しますわ。今日は父の命日ですので、とても楽しく食事をする気分にはなれませんの。ライアン様にご不快な思いをお掛けしたくはありませんわ」
いくら婚約者の間柄とは言っても、このくらいの我儘は許されるだろう、と考えながら断った。これで引き下がらないようであれば、ここで喧嘩になっても構わない。
……あれ? そうなったら、この男の相手をしなくても不自然じゃないよね? 寧ろ望む所だったりして?
「そ、そうか。気が回らなくて、悪かった」
では俺はこれで、と私達に挨拶をして去って行く男の後ろ姿を見遣りながら、若干拍子抜けしてしまった。まあ、何はともあれ、これ以上絡まれなくて良かった。
「じゃあクリス、僕達も昼食にしようか」
「ええ、お兄様」
お兄様と私は連れ立って、レストランとは反対方向にある、角を曲がった所の大衆食堂に入った。食堂はあまり広くないし、お昼時のこの時間だと混雑していて騒がしいが、味は良い。何よりも、生前の両親と一緒に行った思い出があるお店だ。
昼食を終えて、以前住んでいた家や、思い出の場所を見て歩く。前の家のように、既に別の家族が住んでいて変わっている場所もあれば、大衆食堂のように、昔のままで変わらない場所もあった。
「お兄様、今日は付き合ってくださって、ありがとうございました」
夕方になり、宿に向かいながら、お兄様にお礼を言う。
「どう致しまして。僕の方こそ、クリスと一緒に、クリスの生まれた村を見て回れてとても嬉しいよ」
「毎年お兄様を付き合わせてしまっていますが、飽きませんの?」
「クリスと一緒だと言うのに、飽きる訳が無いだろう?」
楽しそうな笑顔を見せるお兄様に苦笑しながらも、安堵と感謝の念を抱く。
「クリス! レオンハルト様! 悪いけど手伝ってくれないか!?」
突然声を掛けられ、驚いて振り向くと、血相を変えたグレンが私達に駆け寄って来ていた。
「グレン、どうかしたの?」
「どうやら腕白坊主共が数人、昼間に山に入ったらしいんだ。そしてこの時間になっても、まだ帰って来ていない」
「何ですって!?」
私は一瞬で青褪めた。
山に棲む魔獣は、その大半が夜に活発化する。屈強な冒険者達でさえ、夜には山に近付かない。子供達だけで山で一晩を過ごすなんてまず不可能だ。日が暮れる前に見付け出さないと……!!
「今、手の空いている奴らに声を掛けまくっている。数人一組で連絡を取りながら山を捜索する。お前、親父さんの形見だって言う連絡魔石はまだ持っているか? 後、腕は落ちていないよな?」
「ええ、連絡魔石も、結界魔石も持っているから大丈夫よ。お兄様も手伝っていただけます?」
「クリスが行くと言うのに、僕が行かない訳が無いだろう?」
「ありがとうございます。じゃあ行くわよ、グレン!」
グレンの案内で、私達は山へと急いだ。




