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11.手料理とお菓子

 夕食の準備も粗方できた頃、ガイルおじさんが帰って来た。


「ガイルおじさん、お帰りなさい! お邪魔しています」

「クリス! 久し振りだな。よく来てくれた」

 ガイルおじさんは私に気付くと、嬉しそうに破顔した。


 黒髪黒目で筋骨隆々のガイルおじさんは、お父さんの冒険者仲間で親友でもあった。小さい頃から家族ぐるみの付き合いだった事もあり、私の事を本当の娘のように可愛がってくれていた。私もまた、お父さんに雰囲気が似ているガイルおじさんに良く懐いていたものだ。


「すみません、夕食をご一緒したいなと思って、準備してしまったんですけど」

「大歓迎だ。クリスの料理を久し振りに食べられるなんて、今日はツイているな」


 何の前触れも無しに、勝手に家に上がり込んで、台所まで借りてしまっているにもかかわらず、快諾してくれたガイルおじさんに、私もつられて笑顔になった。


 シチューは温め直し、料理を器に盛り付けて仕上げ、完成品を食卓に並べていくと、先程様子を覗いた時には怒っているように見えたあの男もお兄様も、今はお腹が空いているのか、目を輝かせて料理に見入っていた。シチューは得意料理で自信作。魚はムニエルにして、サラダも作り、マチルダおばさんのパンを添えた。配膳を終えて、五人で食卓を囲む。


「美味い……!」

 シチューを一口食べた途端、男が目を見開いて呻いた。


「夢みたいだ……! クリスの手料理が食べられるなんて……!」


 お兄様が感動したように打ち震えている。恥ずかしいから、涙は流さないで欲しいのだけど。


「久し振りに食べたけど、クリスの料理は相変わらず美味いな」

「作ってくれて嬉しいよ。ありがとう」

「いえ、どういたしまして。こちらこそ、台所を使わせてもらってありがとうございます」


 皆に料理の腕を褒められて安心した。貴族令嬢になってからは料理から遠ざかっていたけれども、私の腕はまだ落ちていないらしい。私もシチューを口に含んだ。ほろほろと崩れる柔らかいお肉に、とろりとしたルウが絡み合う。コクがあってまろやかなシチューは、お父さん直伝の味だ。


「イーサンの味そのものだな。野営の時は、あいつが料理担当だったんだ。お蔭で飯には困らなかったな」

「そう言ってもらえると、お父さんも喜んでいると思います」

「あいつの料理は、仲間内でも人気だったんだ。その味をクリスがしっかり受け継いでくれて、イーサンも嬉しかったと思うよ」


 ガイルおじさんは懐かしむように、お父さんとの思い出話をしてくれた。強くて、優しくて、料理もできたお父さん。とても嬉しくて、一緒に懐かしむ一方で、四年の歳月が流れた今でも、私には少し辛かった。


 ガイルおじさんとグレンの明日の朝食の分まで一緒に作っておいたつもりだったのに、予想以上に皆がお代わりをするものだから、作った料理は全て無くなってしまった。皆の食欲に呆気に取られつつも、作った甲斐があったな、と嬉しく思いながら後を片付ける。


「すみません、すっかりお邪魔してしまって」

「いや、クリスなら何時でも大歓迎だよ」

「また来いよ!」


 ガイルおじさんとグレンに見送られ、すっかり日が暮れてしまった帰り道を三人で歩く。貰った食材の大半は夕食に使ったので、荷物は大分減っていて、お兄様と男が全て持ってくれた。


「はあ……クリスの手料理、最高に美味しかった……」


 お兄様は先程から、蕩けるような、幸せそうな笑顔を浮かべたままだ。喜んでもらえたのは嬉しいが、涙はそろそろ止めて欲しい。


「本当に美味しかった。今日はありがとう」

「あら、どう致しまして」


 男まで素直にお礼を言ってきた。呼ばれてもいないのに勝手に付いて来たくせに、と思いながらも、お兄様が隣にいるので笑顔で受け答えする。


「クリス、グレン君から聞いたが、君はお菓子を作るのも得意らしいな。俺も是非一度、君が作ったお菓子を食べてみたいのだが」


 何だとー!?

 男の発言に、私は大声で怒鳴りそうになった。他の人なら兎も角、何であんたの為に作らなきゃならないのよ! と喉まで出掛かった言葉を呑み込む。

 確かに、料理からお菓子作りにも興味を持って、一時期自分で作っていた事もあったけれど……。グレンめ、余計な事を言ってくれたものだ。


「ライアン殿。抜け駆けは良くないな。僕だってクリスのお菓子は食べた事ないのに」


 お兄様まで参戦してきてしまった。何だか嫌な予感がする。


「ねえクリス、僕もクリスが作ったお菓子を食べたいな。今度少しで良いから、作って食べさせてもらえないかな?」

「グレン君には作ってあげた事があるのに、レオンハルト殿や俺には作ってくれない、なんて事は無いよな?」

「そんな事は無いよね? 僕にも作ってくれるよね、クリス?」

「レオンハルト殿のついでで良いから、是非俺にも食べさせて欲しい」


 両隣からぐいぐいと詰め寄られる。駄目だ、勝てる気がしない。性質の悪いタッグが完成してしまった。


「わ……分かりましたわ。今度、気が向いた時に作って差し上げますわ」

「本当か!?」

「やった!! 愛しているよクリス!」

「お兄様、こんな道端で抱き付かないでくださいませ」


 二人の気迫に了承せざるを得なくなった私は、遠い目になりながら、両手を広げて飛び付こうとしてくるお兄様から身を躱した。

 何だか溜息しか出てこない。一体どうしてこうなった。


 漸く宿に着き、荷物を部屋に運び入れる。勝手に付いて来られたとは言え、荷物を運んでくれた訳なので、一応男にはお礼を言っておいた。


「クリス、明日は何処に行くんだ?」


 別れ際に尋ねてきた男に、思わず口角が引き攣った。

 何故そんな事を、と苛立ちを覚えながらも、平然として問い返す。


「あら、どうしてですの?」

「折角こっちで会えたのだから、クリスにあちこち案内して欲しいと思って」


 ふざけるな! と胡散臭い笑顔を浮かべる男を怒鳴り付けてやりたかった。

 何でここに来てまで、この男の相手をしなくてはならないのだ。


「ライアン殿、申し訳ないが、明日は遠慮してもらえないかな。クリスの両親のお墓参りに行くんだ」

「そうだったのですか。分かりました。ではまた後日改めます」

 男があっさり引いた事に安堵し、答えてくださったお兄様に内心で感謝する。


 そう、お墓参りが、毎年のこの旅行の目的。明日は、お父さんの命日なのだ。

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