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1.最悪な再会

 少しずつ暖かい日も増えてきて、漸く冬から春への移り変わりが実感できるようになってきた、そんなある日の事だった。


「クリス、お前に縁談が来ているんだが……」


 久し振りに入った、伯父様の執務室。大きくて重厚感のあるテーブルを挟んで、物憂げな表情で椅子に座る伯父様と向き合えば、自然と緊張感に包まれる。その中で、何処か遠慮がちに切り出した伯父様に、私は空気を和らげるように微笑みを返した。


「進めてくださって構いませんわ、伯父様」

 何も訊かずに答えた私を、伯父様は怪訝そうに見上げる。


「どんな相手かも、訊かないのかい?」

「伯父様が持って来てくださった縁談ですもの。余程の好条件か、断り切れないお話なのではありませんか? 下手なお相手であれば、私にお話ししてくださる前に、伯父様の方でお断りされている筈ですもの。違いまして?」

 私の考えを述べれば、伯父様は苦笑した。


「ああ。流石だ、その通りだよ。お相手は、我がシルヴァランス伯爵家より格上の、ブラッド侯爵家の長男だ。ブラッド侯爵家とは古くからの付き合いもあるし、私自身も侯爵とは仲良くさせてもらっていてね。彼の息子なら、悪くない話だとは思うのだが……」

「ブラッド侯爵家のご長男……確かライアン様でしたわね。私と同い年だったと記憶しておりますわ。ブラッド侯爵領は金属加工を得意としており、鉱山資源に恵まれている我がシルヴァランス領の最大の取引相手ですものね。私も良いお話だと思います。流石は伯父様ですわ」

 淑女教育の成果を披露すれば、伯父様は満足そうに頷いた。


「……ですが、本当に私で宜しいのでしょうか? 侯爵家は私の出自を知った上で、お話を持って来られたのですか?」

 念の為に確認してみると、伯父様は眉間に皺を寄せた。


「勿論だ。だがそんな事は気にしなくても良いと、いつも言っているだろう。お前は私の自慢の可愛い娘なのだから。それに、断ってくれても構わないのだよ? いくら好条件且つ断れない相手だろうと、お前の意思を無視してまで勧める気は無いからね」

 何処までも私を思い遣ってくださる伯父様の言葉に、今度は私が苦笑を漏らす。


「伯父様は私に甘過ぎますわ。四年前に両親を亡くした私を引き取ってくださり、愛情たっぷりに育ててくださって、私は言葉では言い表せないくらい、とても感謝していますの。伯父様方のお役に立てるのでしたら、喜んでこのお話、お受け致しますわ」

「……そうか、分かった。では相手方に返事をしておくよ。だけど、もうクリスもそんな歳なのか。お嫁に出したくないなぁ……」

「伯父様ったら」

 盛大に溜息をつく伯父様に、微笑みながら淑女の礼をして、私は執務室を後にした。


 私の名はクリス・シルヴァランス。以前は平民だった為、苗字は無かったのだけれども。

 何でも、伯爵令嬢だったお母さんが、平民のお父さんに恋をして、家族の反対を押し切ってお父さんと駆け落ちしたんだとか。私はそんな事は露知らず、子供の頃は近所の男の子達と泥だらけになって遊んだり、冒険者であるお父さんの後を追い掛け回したりと、随分とお転婆だったものだ。だけど言われてみれば、お母さんは随分と気品があり、立ち居振る舞いが優雅で、マナーに厳しかったような……。

 そんなお母さんは身体があまり強くなく、私が十歳の時に流行り病で他界。それ以来、私はお父さんを手伝って冒険者稼業に勤しんできたが、私が十二歳の時に、私を庇ったせいでお父さんも亡くなってしまった。その時にお母さんの実家が伯爵家である事を初めて教えられ、お父さんの遺言でお母さんの形見を返しに、伯爵家を訪ねたのが四年前。私の両親の仲を大反対し、駆け落ち後はお母さんを病死扱いにしていたと言う祖父は既に亡くなっており、シルヴァランス伯爵を継いでいた伯父様が私を引き取ってくれた。それ以来、クリス・シルヴァランスとなった私は、可愛がっていた妹の忘れ形見だと言う伯父様と、女の子が欲しかったのだと言う伯母様、そして弟妹が欲しかったと言う従兄のレオンハルトお兄様に、たっぷりと愛情をかけて育ててもらったのだ。私もそんな新しい家族の愛情に応えたいと、貴族社会で生きていく為に、必死で淑女教育を習得してきた。

 そんな私も、もうすぐ十六歳。我がゴールディー王国では、十六歳から成人と見なされる。貴族令嬢の結婚適齢期は、十六歳から十八歳とされるので、そろそろ結婚の話が出てきても、おかしくない年齢なのだ。


 ライアン・ブラッド侯爵令息……。どんな方かは知らないけれど、伯父様が持って来てくださった縁談なのだから、悪い方ではないと思う。私の出自も承知の上でのお話だって言うし。

 元平民のボロが出るのが怖いけれど、きっと大丈夫だろう。私だって、あれだけの淑女教育を受けてきたのだ。男勝りでかなりお転婆だった私だけれど、今では立派な貴族令嬢の皮を被るくらいは朝飯前。私の恥は伯爵家の恥となるのだから、お世話になった伯父様方に、恥をかかせる訳にはいかない。よし、頑張るんだ、私! 伯父様方の為にも、必ず両家の縁を結んでみせる!

 私はその日から、より一層、熱心に淑女教育を受けるようになった。


 だけどこの時、私はもっと注意するべきだったのだ。

 ライアン・ブラッドという名前に、聞き覚えがなかったかと。


 ***


 そして、顔合わせの日がやってきた。

 朝から侍女のリリーに磨き上げられ、頭のてっぺんから足の爪先まで整えられた私は、鏡の前で全身を確認する。

 父親譲りの青い目は薄化粧のせいか、いつもよりもぱっちりして大きく見えるし、母親譲りの艶やかな銀髪は編み込まれながらハーフアップに結われ、色白の肌は何処までも滑らかだ。ぎゅうぎゅうに締められたコルセットが苦しいけれど、鏡の中の私は、何処からどう見ても完璧な貴族令嬢だった。

 仕上がりに満足しつつリリーに感謝する。それでもやはり緊張を拭えないでいると、執事のセドリックが私を呼びに来たので、二階の私室から一階の応接室へと向かった。


「失礼致します」


 ノックをして部屋に入ると、待ち兼ねていたように革張りのソファーから立ち上がった、伯父様と伯母様とお兄様、そして見慣れない男性二人が目に入った。短い赤髪を後ろに撫で付け、琥珀色の目をした、伯父様と同じくらいの年代の男性は、おそらくブラッド侯爵だろう。もう一人は、と視線を移した所で、私は思わず固まった。


 赤い短髪に、緑色のはっきりした二重の目。整った顔立ちの若い男性。だけど、この顔に見覚えが……!!

 私の思い出したくない黒歴史が、脳内を猛スピードで駆け巡っていく。


「あ……んたっ、あの時の最低男ーッ!!」


 あれだけ努力した淑女教育は何処へやら。

 一瞬で理性を失った私は、絶叫と共に雷魔法を放ち、相手を黒焦げにして気絶させてしまった。

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