第二回瀋陽総攻撃 その2
瀋陽、そこはかつて奉天と呼ばれた清朝の都であり、その後の日露、日中の国際情勢の影響を色濃く受けた都市でもある。第二次大戦後は中華共和国北部の物流の中心都市として発展し、大二次日中戦争勃発以前は高層ビルの並ぶ未来的な都市として世界から見ても大いに発展していた。
しかし、現在車内の窓から見える瀋陽の光景に発展の文字はなかった。何十階とあるビル群は崩れ去り、或いは中程から折れてその切っ先を天に向けていた。度重なる砲撃や銃撃により都市としての機能は停止していた。
「これが瀋陽...中華の誇る物流都市の跡か...」
その惨状に周は思わず呟いていた。輸送車両は残党対策本部の置かれた地域へ向かっている途中だった。
「ふむ...」
結局鶴喰は鵲に試験搭乗すらできずにここまで来てしまった。
(ただでさえ不安要素満載の試作機に本番一発で乗れってのか...)
本来ならばここに来る前日に乗る予定だったのだが、どうも整備面でまだ安定しておらず調整が間に合わなかったようだ。
(パイロットが一番金のかかるパーツなんだがな...)
手に持っている何度も読んだ資料に視線を落とすがこれ以上読む気にならない。溜息をしつつ窓の外を眺める。しかい、相も変わらず寂しい景色が右から左へ流れていくのみだった。
「瀋陽の地図はこれが最新なんだよな?」
タブレット端末を操作し、資料を地図に変えて岡田少尉に問う。
「はい。つい先日更新されたものです」
「ふむ」
いくつかの道は瓦礫や建物の残骸により封鎖されているが、陸戦機であれば問題ない物が多く、恐らくこういった場所からの奇襲攻撃で陸戦機を持たない第一階突入部隊は被害を受けたのだろう。敵もこちらの動きを理解していないわけではなさそうで、今度の攻撃にも必ず何か仕掛けてくるに違いない。
揺れる車内でそう言った思考を巡らせ続ける内に対策本部の置かれた瀋陽市中心部から約2.6㎞離れた元々大学だった場所だ。広いグラウンドと塀を持ち、校舎を本部としたもので簡易的な駐屯地としては十分過ぎるくらいだった。
「やっと着いたか」
車が止まるとすぐに後方ドアが開き小隊員がそれぞれ降りる。すぐに並び点呼を終える。他の小隊車両も続々と到着し、集まり次第点呼と報告を終えた。全員が揃ったのを確認し、本部の置かれた校舎へ向かった。
「敬礼!!」
刑部中佐の号令でバッと中隊各位が陸軍式の敬礼し、それに合わせて対策本部司令官通山陸軍中将が敬礼を返す。小太りで目が垂れているが、その眼光は強く前を見据えている。
「よく来てくれた。諸君らの奮戦に期待しよう」
通山大将は低い声でそう言った。
「は!」
「お前らは先に戻っていろ。私は中将殿と話がある」
刑部中佐の命令に従いそれぞれが司令室を退出していった。
◇ ◇ ◇
既に車両や陸上機で埋め尽くされているグラウンドとは別の校舎の裏側に陸戦機は待機させられていた。陸上機や戦車等による攻撃は日夜行われているものの、第一回総攻撃以来敵陸戦機は確認されていないらしい。
「鵲の調整は終わったのかね?博士?」
「やっと終わったヨ」
「中々かかったんじゃないか?」
「仕方ないネ」
「それより、これを見てくれないカ?」
そう言って石田博士は鶴喰に紙の資料を渡す。この時代に紙を媒体にするのは珍しい。
「これは?」
「キミだけに読んでほしい。意味はわかるネ?」
「なるほど」
そう言って一番上の何も書かれていない紙を捲る。さっと目を通してその内容に戦慄する。そこに書かれた内容を要約すると、
『中華民主党の動きが活発になりつつある。その背後に米の動き散見される』
とある。
「おい、コレほんとに俺が見ていい奴なのか!?」
「声が大きいヨ」
しまった、といった様子で肩をすぼめる。
「これは事実ダヨ。ワタシの方でも同じ報告が何件も来ている」
現在、中華共和国は中華共産党による一党独裁政治が続いているが、これはつまり戦乱に乗じてアメリカの息のかかった輩が何かしらを仕掛けてくる可能性がある訳だ。日本は先日アメリカを主体とする国連軍の受け入れを拒否しており、これに腹を立てた可能性は十分にある。
「奴らまだ大陸進出を狙って?」
「さあ?それは分からないケド優勢に進んでいる戦況がどう変わるか分からなくなってきたネ」
これは、民主党がクーデターを起こした場合何かしらの手段でアメリカが民主党を支援するだろう。事実、大東亜共栄圏には軍事的な穴がいくつかあるが、その致命的欠陥がフィリピンとベトナムだ。この穴から入ってくる可能性は十分にある。
「...最悪、帝國にアメリカと正面切って戦える戦力はあるのか?」
「こればかりは未知数ダネ。絶対防空圏構想がアメリカ相手にどこまで役に立つかにかかってるネ」
「イギリスを通じて...いや、ダメか。最悪の状況にならなければいいが...」
「首都陥落までもう少しなのに...クソッ」
「それだけじゃないンダ。ソ連の動きも気になる」
そう言われ、紙を捲る。
『ソ連参戦の動きあり。蘇中友好関係飛躍的にに向上中』
ソ連は一部資本主義を取り入れたことにより、純共産思想を掲げ、急速に遅れを取り戻しつつあった中華共和国と対立の兆しを見せていた。
「これは、まあ、予想はしていた」
「こうなると、戦争は渾沌を極めそうだネ」
「...」
流石の石田博士もこれにはどうしようもないといった様子で、ただ静かに笑っていた。
「...取り敢えず今は目の前の作戦を成功させない事にはどうしようもない...」
「鵲の性能...存分に試させて貰おうか!!」