公爵令嬢と雷獣1
それぞれソファーに座り、気に入った本を読む。
サイラスは歴史物が好きなのかここ最近はこの国のみならず、大陸の他の国の過去の記述を集めた物なんかを読んでいる。
まあ、この世界の歴史書ってファンタジーだからなぁ。
読んでて楽しいのは分かる。
どこの国の王様も皇帝もおっさん無双を地で行くような内容なので教科書というよりもフィクションノベルを読んでいる感覚になる。
ふと、何かを感じ、私は顔を上げた。
「ん?」
「どうしたのセナ?」
「んー…雷の音がする」
「え?かみなり?」
ゴロゴロとあの雷特有の地響きのような低い音がする。
「うん。聞こえない?」
「んー僕は分からないかな…セナ耳いいんだね」
「そうなのかな…なんか呼ばれてる感じがする…」
私は本を置き、窓を開けて空を見上げる。
青い雲一つない空だ。
「聞き間違えじゃない?雷雲ないよ?」
「んー…そうだったのかな…」
私の隣から空を見上げたサイラスに、私は先ほど聞いた音が嘘だったのかと思いながらも未練がましく空を見上げた。
「っ!?」
「っ!?」
窓の外、私の鼻先寸前を白いスパークが駆け抜けた。
次の瞬間、鼓膜を割るような大きな音と強い光が瞬いた。
空は青空から一転、黒々とした雷雲が湧くように立ち込め空を覆い隠していく。
まるで龍が走るかのように雲の中を光が走っていくのが見える。
「セナ窓閉めよう!」
「待ってサイラス!この雲変だよ!!」
「変でもなんでもいいから危ない!!」
サイラスに無理やり窓を閉められたので、私は窓越しに雷の鳴る空を見上げた。
「……」
「セナ?」
「サイラス、アレなんだと思う?」
「あれ?」
窓の外、雲を指さす私につられ、サイラスも顔を上げて目を見張った。
「なんかいる」
雲の中、大きくうねる雷を追いかけるように蠢く影。
強い光が瞬く一瞬見える黒い影に私とサイラスの目はくぎ付けになる。
大きな影だ。
まるで踊るように蠢くそれから目が離させない。
「雷獣ですね」
「「え?」」
いきなり割り込んできた第三者の声に私とサイラスは驚いて振り返る。
「フィオルドさん!?」
「兄さん!?」
「お嬢様もサイラスもそこは危ないですから、もう少しお下がりください」
丁寧な口調で私とサイラスを窓から引き離すフィオルドさん。
「大丈夫です」
「ここから見ていたいんだ。駄目?」
「しかし、今現れているのはかなり危険な魔獣と言われる雷獣です。何かあってからでは遅いです」
「自己責任ってことで」
「しかし…」
渋るフィオルドさんを無視することに決め、私とサイラスはまた窓に目を遣った。
雲の中、雷を纏った獣が縦横無尽に駆け回っている。
「……苦しい」
「ん?何セナ?」
「あの雲の中のあの獣からかな、『苦しい』『痛い』って声が聞こえる」
「セナ?」
話しかけてくるわけじゃない。
私の頭の中に直接感情を流し込んでくるような一方的な声がする。
痛い。苦しい。助けて…
いろんな感情が激流のように流れ込んでくる。
「サイラス、フィオルドさん。手を貸して。あの子を助けたい」
幼子のような声を聴き、助けずにはいられない。
私は二人にそう言った。