公爵令嬢と兄
「…」
「…」
「…」
「いいんじゃない?」
しばらくの沈黙後、ジェラルドはあっさりと答えた。
「え?」
「田舎かー。僕も行ってみたいなー」
「え?え??」
「ちなみにセルティナはどのあたりがいいの?うちの領地で田舎って言うとウェーブルかノスタンディ…あとブルネロあたりだけど」
「あ…その、ウェーブルの町に行きたいなって思ったんだけど」
「ウェーブルか…ちなみに理由は?」
「理由?」
「そ。田舎は田舎だけど、ノスタンディやブルネロなんかは一応観光地になるようなところもあるのに、なんで何もないウェーブルに行きたいのかなって思って」
「兄さまよくご存じで…」
たかが九歳にして自分の家の広大な領地の事をここまで知っているとは。末恐ろしいこと限りない。
「あー…そのー…」
口ごもる私をジェラルドは静かに見守る。
ここはきちんと言わないといけないだろうか。できれば何も言わずにひっそりと田舎に行ってしまいたかったのだが。
「ねえ、セルティナ。どうして急に田舎に行きたいなんて思ったの?」
「ん?」
「セルティナ前に言ってたよね。王都から出たくないって」
「え?そ、そんなこと言ってたっけ??」
私そんなこと言ってたのか?記憶がないのだが…。
自分の記憶にないことを言われ私が聞き返すと、ジェラルドはふわりと笑ってみせた。
「忘れちゃったの?去年の誕生日に父さんが田舎に別荘なんてどうかなって言ったらそんなものよりもドレスと宝石がもっと欲しいって、田舎には行く気なんてないからそんなものあってもいらないって。そう言ったのセルティナじゃないか」
「えー…」
セルティナぁぁぁ!!
別荘よりもドレスと宝石だと??
五歳にしてその傲慢さ、一体何なのだお前は!!
思わず頭を抱えたくなった私に対し、ジェラルドはおかしそうに笑った。
「随分と考えが変わったみたいだけど、一体どんな心境の変化なのかな?」
「…」
ずいっと顔を寄せたジェラルドの真剣な顔に、思わず私は後退った。
「……君は、本当にセルティナ?」
「な、何を、言っているのですか…兄さま。私はセルティナですよ…?」
日の影った廊下の真ん中。
今まで見たことのない兄の顔。
私の心の中まで見透かすようなまっすぐな瞳。
怖いまでに真剣な目をまっすぐ見返し、私は口を開ける。
「私がセルティナですよ?」
「そ?なんだか最近のセルティナ、前より余所余所しくなった気がしたから。僕が何かしちゃったのかと思ったよ」
「そんなことないですよ」
まあ、記憶が戻る前の私はジェラルド大好きで四六時中一緒にいたがったが、今は適度な兄妹の距離で接しているつもりだ。
別に余所余所しくなったわけではない。これが本来の兄妹の距離感だ。今までのはちょっと、いやかなりジェラルドに甘えていただけだ。
「私ももう六歳ですから」
「そうだったね」
そう言ってふわりと笑うジェラルドは本当に綺麗にな顔をしているなと兄妹ながら感心してしまった。