公爵令嬢、初めての魔法を使う2
「!?」
何が起こったのか全く分からず、唖然としている私の耳に聞き慣れない声が届いた。
「すっげー…あんた、何者?」
「え?」
振り向くと見慣れない少年が立っていた。
少し長めの亜麻色の前髪の隙間から覗く赤茶色の瞳が面白いおもちゃを見つけたように輝いている。
色白の肌に、整った顔立ちは将来きっと美形になることが予想できる少年だ。
そんな私と同い年ぐらいの見た目の少年は無遠慮に私に近付き、小さく首を傾げる。
「ん?どーしたの?」
「…あなた、えっと、ここの使用人の子供?」
「そ。」
「ふーん…名前は?」
「サイラス。あんたは?」
「セルティナ」
「セルティナね。よろしく」
「ええ。」
サイラス。どこかで聞いたことがあるような無いような名前に私が首を傾げていると、サイラスは私の手を掴んだ。
「なに?」
「血が出てる」
「ほんとだ。いつ切ったんだろ」
掌に小さな切り傷ができていて、赤い血が滲んでいる。
この程度なら洗って消毒でしておけば平気だろう。
「騒がないんだね」
「この程度で騒いでたら生活できないって」
「ふーん。…変な子」
普通に答えたはずなのに見ず知らずの子に変な子認定させた…解せん。
思わずむすっとしていると、多くの人が近付いてくる気配を感じ、私はサイラスの手を逆に掴んで、茂みの中に隠れた。
「なんで隠れるのさ」
「しー!見つかりたくないの」
サイラスの口を塞ぎ、じっと様子を窺う。
「…放してよ。息ができない」
「あ、ごめん」
口だけではなく鼻まで覆っていたようだ。
反射的に謝ると、サイラスはそれ以上何も言わず、私と同じように身を低くしながら集まってきた人たちの様子を窺っている。
「これは…」
「まさか…」
「一体だれが…」
集まった使用人たちは、私が多分、きっと魔法で爆破したのであろう瓦礫の山を見て、信じられない物でも見たように呟いていた。
「うわぁ…なんかヤバかったのかな…」
「そりゃあね…魔法なんて滅多に見るものじゃないし」
「え?そうなの?」
魔法がある世界なのだから見慣れているものじゃないのかと、サイラスを見れば、サイラスは呆れたように小さく溜息をついた。
「魔法が使えるのは貴族さまぐらいで、僕たち庶民に魔法は使えない」
「でも、魔石とかそーいうのは…」
「どれだけ高価だと思ってるのさ。滅多に使えないよ魔石なんて。そんなことも知らないの?」
「えっと、あー…度忘れ?してた…」
セルティナが日常的に魔石バンバン使って部屋の中明るくしてたからてっきり、みんなそうなのかと思ってたよ!!!
心の中で怒鳴り返しながら、私はそっとサイラスから目を反らし、検分している使用人たちに目を戻した。
「何してるんだろ…」
「わからないけど、たぶん、誰が使ったのか調べてるんじゃない?」
「調べられるの?」
「さあ」
「ちょ、そこ重要!」
「そんなこと言われたって、僕だってよく知らないし」
誰がやったか判っちゃうなら、ここに隠れているのが無意味になってしまう。
サイラスに詳しく聞こうにも、齢六歳(推定)がそこまでは知っていなくて当然で、突き放したように言われてしまう。
「…そうだよね。ごめん…」
「…僕の方こそ、強く言ってごめん」
私が謝ると、サイラスも素直に謝ってくれる。
なんていい子なんだろう。私が同じ年の頃はもう失っていたであろうその純粋さに目から汗が出てきそうだ。
「その、」
「よし、サイラス。移動しよう」
「は?」
「もし私がしたとバレてもここに居たと言わなければきっと大丈夫なはず!」
「え?意味わかんない」
「てなわけで、サイラス少年。アリバイ工作に行くよ」
純粋なサイラス少年を私のアリバイに使うべく、彼の手を引いて静かにその場を離れることにした。