令嬢のお金感覚
さて、この金貨三十五枚。どうしようか。
役所を出てからおじさんに手渡された麻袋の中にぎっしりと詰まった金貨。その中から一枚取り出してみる。
五百円玉より少し大きいくらいかな。表には兜をかぶった人物が描かれ、裏はこの国の形と国花である六弁の花が描かれている。
「…誰この人?」
「英雄王リュディアン・アステリアだよ。セナも知ってるでしょ?」
「建国の王様か」
英雄王リュディアン・アステリアの名前と来歴は公爵家の書庫にあった歴史書で読んでいるから知ってはいたが、自分の見た挿絵とは随分違うなあという印象だ。
「挿絵と違うね」
「多分こっちの方が有名だよ。王都の中央公園にある銅像もこっちの感じだったし」
「へえ…あの挿絵だともっと、こう、筋骨隆々の大男みたいな感じで書いてあったよね」
「あれ、かなり誇張されて書かれてたんじゃない?」
「なるほど。建国物語はひょろい王様よりもゴリラの方が読者には好ましく、でも華やかな顔の優男の方が美術品にするにはいいという訳か」
「……なんだろ、セナの言い方だと全てが台無しになりそう…」
写真なんて物のない世界だ。昔の人が実際どんな顔をしていたかなんてわからないものである。肖像画だって、画家がまじめに描いてみても、いちゃもん付けられて実際よりも美人に描かされたなんてことよくある話だ。そういうところはどこの世界でも変わらないものだよなぁ。
私は呑気にそんなことを考えながら、麻袋の中から金貨を十五枚取り出した。
「はい。おじさん」
「ん?なんだ?」
「ここまでの案内ありがとうございましたのお礼。みんなでお酒でも飲んで使ってね」
「は?」
「サイラス。そろそろ帰ろう」
「そうだね」
「じゃあ、またね。あ、くれぐれもうちのメイドと執事には話さないでくださいね」
私とサイラスは、ぽかんと口を開けて渡された金貨と私たちを交互に見るおじさん達を置いて家へ帰ることにした。
* * *
町から戻った私たちは昼食後にフレデリカの授業を受けていた。
フレデリカは王女の家庭教師をしていただけあってとても分かりやすい。
王宮作法なんてちんぷんかんぷんの私でもわかるようにとても丁寧に説明してくれる。
そんなフレデリカの授業を聞きながら、私は今日手に入れた金貨をどう使おうか考えるが、今の私は公職令嬢。欲しいものはみんなパパ公爵が買ってくれるし、ぶっちゃけ今欲しいものがない。
貯金しようにもこの世界に銀行なんて物はないし、箪笥貯金しようにも私の衣装箪笥は私以上にエミリアがその全容を把握しているので勝手なものを入れれば即バレる。自室の可愛いだけの机に収納スペースを求めてはいけない。あの机の引き出しなどちょこっと物を入れたでけで仕舞えなくなるのだ。使い物にならない。だからと言って堂々と机の上に放置すればそれこそ一瞬でバレる。バレた後の説明が面倒なので森で魔物を狩ってしまったことは黙っているつもりだ。
いっそおじさんに全額あげてくればよかったな。
金貨十五枚はおじさん達に上げ、残りをサイラスと半分こにしたので私の手持ちは今、金貨十枚だ。本当は残りは全部サイラスに上げるつもりだったのだがサイラスに断られ、しぶしぶ半分貰ってもらったのだ。
金貨十枚。
日本円に換算するとざっと十万円と言ったところだろうか。
今までの私の生活は現物支給。欲しい物は欲しいだけ与えられていたので買い物をしたこともなければ、欲しいものの価格を見たこともない。
「…」
前世の六歳児だったら一人でお使いぐらいしているお年頃なのにこの箱入り感。
ゲームのセルティナがあんな世間知らずの我儘令嬢だったのはこの生活環境も原因なのではなかろうか。
思わず頭を抱えたくなった。
お父様お母様、そしてお屋敷の使用人たち、お嬢様はおだてて甘やかすだけではだめなのですよ。きちんと教育をしないとダメ人間になるのです。周りの大人がきちんと導かないと子供はおかしな方向へと進んでいってしまうのですよ。
と、前世では子供を産んだこともなければ育てたこともない私は思うのです。
構い過ぎたり、干渉しすぎたりするのも問題かとは思うけど、そこは皆さんの匙加減で頑張ってもらいたいものである。
そんな事をつらつらと考えていると、フレデリカと目が合う。
「?」
「お嬢様。私の話は聞いていましたか?」
「ぅえ?あー…」
途中まで聞いていたが完全に意識が違う方向に飛んでいたせいで頭に入ってきていなかった。
「……すみません」
「遊ぶのも子供の仕事ではありますが、お嬢様は公爵家のお嬢様であることを重々承知してくださいね。では少し戻って…」
そう言って再び授業を再開したフレデリカに私は小さく首をすくめた。
フレデリカの話を聞きながら私は教書に落書きをして再びフレデリカに叱られるのはそれから数分後の事だった。
や、あの勉強が嫌とかじゃないのだ。ちょっと飽きちゃっただけ。ほら皆もやったことあるでしょ?教科書に落書きって!




