~預言(フォーキャスト)~
「さて、じゃあこれから、僕の設計書に関する考察を発表させてもらいます」
そんな感じに話し始めたものの、聴衆は少女一人だ。
こういう時、いったいどのように話し始めたらいいのか、結構戸惑う。
眼前の少女なら、どのように切り出すのだろうか。
「少し待ってください。考察……とはどういうことですか?」
「言ってませんでしたっけ?僕、多分昔、設計書を書いたり読んでたことがあるようだって」
「聞いてません。というか、そんなに大事な話ならお父様にも聞かせればよかったです……」
「それはすみませんでした。まあ話を戻しますが、やはり物品を生成する際、必要な数だけ暗号を書かなければならないというのはとても不便だと思うんですよ」
「まあ、確かに。この街では設計書の供給量が多いことからそこまで問題にはなっていませんが、やはり高価であることに変わりありませんし、作業量だって馬鹿にはなりませんからね」
「そこで、僕は考えたんです。僕の記憶にある設計書の書き方が正しいなら、その問題を解消できることに」
「そんなことが……?」
「もちろん、まだ憶測の域を出ません。それに、必要な技術も足りない......。なので、精々”予言”とでもしておきます。しかし、必要な技術が発見されれば、世界を変えることが出来る」
「その、方法とは?」
「”繰り返し文”を使うんです」
「繰り返し文?」
「そう、繰り返し文。例えば、林檎が5つ欲しいとき、 this.add(new Apple()) と5つ書く代わりに、5回この文を実行してもらうことが出来るんです」
「でも、新しい暗号を覚えるくらいなら、普通に5回書いた方が楽なのではないですか?」
……来ると思った。
僕も初めてプログラミングを学んだ頃は、そう思っていたものだ。
昔の自分を見ているような感覚に、少し微笑ましくさえ思う。
昔?昔っていつだ?教室……オフィス…….。
だめだ。なんだか思い出せそうで思い出せない。
だが、昔の記憶が全くないわけではないのと同じで、全く思い出せないわけでもなさそうだ。
昔の自分がコレに勤しんでいたのは多分確かだし、続けていればいつか......。
「あの、早く答えてください」
意識が会話に引き戻される。
「すみません。では、これを使うメリットは、簡単です。5個生成という部分が、10個だろうが、100個だろうが、いくらでも生成できることですよ」
「いくらでも!?」
心なしか少女の目がとても輝いているように見える。
「そうです。いくらでもです。設計書1枚で、この国中に食料を行き渡らせることだって夢じゃないです」
「そういえば、技術が足りないと言っていましたよね。生成の暗号だけではダメなのですか?」
「そうそう、そうなんですよ。ここで、数をカウントする為の”変数”というものが必要なんです。数字自体は僕が書くことが出来るんですが、カウントするための箱が必要なんです」
「箱……とは一体?」
いけない。つい癖で箱と言ってしまった。変数を箱だと教えるなというのは、先輩にだって叱られたというのに。
「すみません。箱という表現はよくなかったですね。設計書上において、new Apple() は林檎を、this は終端を起動した人自身を、 addは生成を表しています。」
すでに少女は目を丸くしていたが、それでも僕は続ける。
「ここで必要な技術は、その個数を表すものを表現する技術です。理想としては、繰り返し文についても見つかった方がいいですが、そこは僕が勘で何とかします。だから、その変数に関する技術が見つかったら、僕に教えて欲しいんです」
「すごい……すごい。貴方は本当にすごいですよ。行き倒れている可哀想な方だと思っていましたが。少なくともここの誰よりも理解が深いです。分かりました。明日、お父様に掛け合ってみます。よろしければ、探索に一緒に連れていってもらいましょう」
そう笑う彼女は、出会ってから見たどの表情よりも悪戯で、楽しそうだった。