~自主学習(インプット)~
「ふあぁ」
間抜けな欠伸がこぼれる。
ここ数日、寝ないで作業をしていたせいだろうか?
使用人の人たちの食事に招待された翌日、少女に頼み込んで手に入れた紙とインクは既に底を付きかけていた。
それこそ、パソコンでプログラムを組むのであればいくらでも実行して間違いを見つけることが出来るのだが、高価な設計書が必要では、そう簡単にはいかない。
日中は少女に教えてもらった情報と自身の記憶を照合し、メモを取る。
そして、日が暮れたら空想したプログラムを紙に書いてみる。
そんなことを繰り返しているのだ。
もちろん、少女だって僕につきっきりというわけではない。
どころか、設計書について教わるのは日に2時間あるかないかだ。
では、それ以外の時間に僕が何をしているのかといえば、城の掃除・洗濯などの雑務だ。
身寄りも記憶もない僕にとっては、住み込みで働かせてくれる職場など好待遇どころの話ではない。
張り切って侍女長に掃除を請け負うなどと宣言した日は、城の広さに呆然としたものだが、結局は分担に入れてもらうことになった。
幸いに僕は一通りの家事はできるようで、迷惑になるようなことがなくて済んだ。
自分の仕事が早めに片付いたときには図書館に寄ってみたりもしたのだが、研究が進んでいないせいか、はたまた機密扱いなのか、教わった以上の収穫は得られなかった。
この数日で教わったことは大きく2つ。
これは意外と重要なことだったのだが、設計書に記述する文字は判読が容易かつ綺麗な字でないとならないらしい。
違うものに読める字を書いてしまうと、終端が謎の暗号を宙に映して停止するのだと。
上質な設計書は食料3日分と等価らしいから、これは大きな損害だ。
しかも、偶に想定外の物が生成されることもあるようで、案外リスクのある作業なのかもしれない。
ちなみにその時は、鞄を生成しようとして犬が産まれたそうだ。
この注意点が意外と厄介で、普段使い慣れている文字であれば気を付けるだけで綺麗な字が書けるだろう。
しかし、ここの住人は英語を知らないのだ。
暗号に使われる文字を覚えることから始めなければならない。
少女の習得は早い方だったが、それでも完全に書けるようになるには数ヶ月を要したらしい。
僕にとってはそれは好都合で、英語が得意とはいえないものの、アルファベットくらいなら大文字小文字関係なく書くことが出来る。
……綺麗さは保証できないが、まあ設計書に書くときは気を付ければよかろう。
そして、大事なことはもう一つ。
設計書に書くために必要な知識は、遺跡から発掘されるということだ。
少女も、少女の父親も、それらしいことは言っていたが、やはり誰かに教えてもらった類の技術ではないようだ。
発掘される資料は、ざっくり分けて2種類に大別され、暗号の記された設計書そのものと、設計書に書かれているのとはまた別の暗号で記された文書らしきものだ。
前者はまだ解読が進んでいるが、後者に至っては国内外問わず理解できるものがおらず、ほとんどがただ保管されているだけか放置されているのが現状だという。
しかも、前者の解読についても、今までに見つかった設計書との照合と、とりあえずの実行、勘で変更しただけなど、まるで初心者がコピペでプログラムを組んでいるような有様だ。
もしかしたら読める言語で書かれているかもしれないという期待から、国外に販売した設計書の回収を行ってもらう約束を取り付けることが出来た。
これらの情報は実に興味深いものではあったが、実際の記入にはあまり関係はなさそうだった。
そう言えば少女は、平民は設計書一面にびっしりと生成暗号を書くのだと言っていたな。
もちろん、平民に限らず王家も行っているが、その密接さが比では無いらいしい。
やはり設計書を製造できないという点から見ても、書き込める面積というものは大きな問題だな。
裏面に記入しても効果がないことは実証されているようだし。
やはり、ここは一つ攻めてみるか。
失敗すれば少女の父親に追い出されかねない……というか普通に貴重な財産の無駄遣いなわけだが。
成功すれば終端の学者か何かとして格上げも夢ではないかもしれないし。
自分の知っているプログラミング言語と、設計書の書式が100%同一であるとは限らない。
だが、さすがに繰り返し文の文法ぐらいは勘でも動くだろう。
明日提案しに行こう。うまくいけば認めてもらえる。
結局そんな期待は、大きな壁にぶつかることになったのだが……。